第2話 好きな名前

 綺麗だ。只々綺麗だ。満点の夜空には無数の星々が輝いている。夜空の星々が海に映りこみ地平線の彼方まで星の海が続いている様だ。まるで現実ではない夢の世界にいる気分になる。

 夢、そう夢の様だ。産まれ落ちた姿が幼児や子供ではなくある程度成熟した姿、誰にも教えてもらってもいない知識を備えている。現実味が余りにない、空想じみた出来事だ。

 そんな中で、自分だけ自分の名前を知っていると言う疎外感、枠の中から外された何処か寂しい感じがする。

 「・・・じゃあ、リンは自分の名前しかわからなくて、どうして自分の名前を知っているのかわからないのね?」

 「・・・うん」

 「それ以外で何かわかる事はある?」

 「・・・・・・機械」

 「キカイ?」

 「私達が産まれた場所、機械だってわかる。でも、意味が解らない・・・」

 知識も記憶も間違いなくある。だがそこに、理解が出来ない知識がある。この名前も頭に浮かんだけで、自分の名前かどうかわからない。自分が自分じゃない違和感にリンは言いようもない不安を感じていた。

 膝を抱えるリンの姿にサードも質問をするのをやめた。リンの気持ちはわからなくとも、不安を抱いているのはわかる。

 「そんなに気にしないのリン!ほら、これでも食べて元気出して!」

 セカンドがリンの傍に座り、焼き魚を差し出してきた。香ばしい臭いが鼻を刺激し口内に涎が溢れる。

 「いいの?」

 「いいのいいの!産まれたばかりでお腹空いてるでしょ!」

 一瞬の躊躇いの後焼き魚に喰らい付いた。程よく塩味が効いていてとても美味しい。肉厚で食べ応えがあり、これだけで満腹になりそうだ。

 食べていると気分がホッとする。先程まで抱いていた不安が見る間に小さくなり、知らぬ間に笑みを浮かべていた。

 「あはっ!可愛いよリン!やっぱり笑っている方が似合うよ!」

 「そうかな?」

 「そうよリン。お花みたいに明るくしていれば不安なんて何処か行っちゃうのよ。それに私達は家族なんだから、一人で抱え込まないで遠慮なく頼っていいのよ」

 「そうそう」

 暖かい。心に暖炉の火が付いた様な温もりを感じる。思わず涙が流れそうになったが、グッと我慢した。

 「二人は食べないの?」

 「私達は朝に一回食べれば充分なの。水は飲むけど、お腹が空く事はないわ」

 「そうなんだ。・・・そう言えばファーストは?」

 「リンに詰め寄った事気にして森の中で落ち込んでるよ」

 何処かふくれっ面でサードが答えた。

 「家族なんだから細かい事なんて気にしないで笑い合えばいいのに。それにあれはファーストが悪いんだから、そんなに気にするなら謝ればいいのに」

 「一番最初に産まれたから皆を守る責任感があるのよ。でも自分の失敗を気にしすぎる所もあるから塞ぎ込んじゃうのよ」

 元気づけてあげたい。二人が自分にしてくれた様に、自分もファーストを元気にしてあげたいと思った。だが、どうすればいいのだろうか?

 「ねぇリン、名前ってどう決めるものなの?」

 「えっ、名前?」

 「私達の名前って首輪の番号から取っているだけだから、名前って感じがしないんだよね。

だから、ちゃんとした名前を決めたいの!どう決めればいいの?」

 「え、えっと・・・・・・好きな事を名前にすればいいんじゃないかな?」

 これは知識関係なく、リンが素直に思った事である。

 「好きな事か・・・じゃあ私は「ウインド」!これが私の名前!」

 ほとんど即断即決で名前を決めてしまい、リンもサードも呆気に取られてしまった。

 「どうしたの?」

 「そ、そんなに簡単に名前って決められるものなの?」

 「好きな事でしょ?私は風が好きなの!何処までも吹く風、何にも遮られずに何処までも進む風、それが私なの!

 風に吹かれているとね、私も風になったみたいですごく気持ちいいんだよ!風みたいになりたいから私は「ウインド」なの!」

 「・・・・・・何て言うか、セカンド、いやウインドらしいわね」

 迷いがない。自分が好きな事に対する躊躇が無い。サードはやや呆れている様子だが、リンはウインドに惹かれ始めていた。

 「リン!一緒に来て!」

 「えっ!?何?」

 「いいからいいから!」

 有無を言わさぬ勢いで腕を引っ張られ森の中に連れていかれる。

 「待って二人とも!」

 ややワンテンポ遅れてサードも追いかけてくる。

 森の木々は大きく厚い葉っぱを生やし、それが星の光に月明かりを遮り薄暗くしていた。その森の中に明るい光がぼんやりと見える。それは焚火の明かりで、傍にファーストが膝を抱えて座り込んでいた。

 こちらの足音に気づき振り向くと一瞬気まずそうで済まなさそうな顔をしたが、すぐに平時の顔つきになった。

 「セカンドにリンか。リン、焼き魚は美味しかったか?」

 「はい。とても美味しかったです。食べていると明るい気持ちになれましたよ」

 「そうか・・・それは良かったな」

 圧倒的に気まずい。どうにか話しを続けたいリンだが、この場の雰囲気が次の言葉を言い出してくれない。

 そんな気まずい雰囲気を破ったのはウインドの明るい声だった。

 「ねぇファースト!名前を決めようよ!」

 「名前?名前なら」

 「それは仮でしょ?リンが教えてくれたの、名前は自分の好きな事を名前にするんだって。だから私の名前は「ウインド」!もうセカンドって呼ばないでね!

 それで、ファーストはどんな名前にするの?」

 「ま、待ってくれいきなりすぎる。確かにこれは互いを呼び合う上での仮の名称だが、いざ本当の名前を決めるとなると・・・」

 ファーストは腕組をして考え出した。するとウインドが肘で付いてきて目配せをした。そう、ここだ。今話しをするならこのタイミングしかない。

 「ファーストの好きなものって、何なの?」

 「私の好きなもの?」

 「私、今日産まれたばかりだから皆の事よく知らないの。だから皆の事を教えてほしいの。家族だから、色んな事を分かり合いたいの」

 「リン・・・」

 「そうね。リンは私達の事何も知らないもんね」

 後から遅れてサードが現れた。

 「教えてあげましょうよファースト。私達の事やこの家の事、偶には夜更かしも悪くないわ」

 「そうそう!教えてあげようよ!夜更かしも偶にはいいでしょ?」

 「セカ・・・いやウインド!お前はいつも夜更かしをしているだろう!ちゃんと睡眠を取れと何度言ったらわかるんだ!」 

 「ごめんなさい!笑って許して!」

 笑い声が森の中にこだまする。先程の気まずい雰囲気は完全に霧散し、そこには和気あいあいとした和やかな雰囲気となっていた。

 「ファーストたらっね、私が産まれたのに気づかないで迎えに来なかったんだよ!すっごく寂しくて浜辺で泣いてたらファーストが海から上がって来たの!海で魚を捕ってたなんて信じられないよね!」

 「す、済まない。だがいつ産まれるかわかりようもないだろ?私も一日に一度はあそこに赴いているが、タイミングが合わなかったんだ」

 「ファーストは海が大好きよね。いつもいつも何時間でも海に潜ってるんだもん」

 「そうなんだ。・・・何時間でも潜っていられるの?」

 「ああ。一度の呼吸で一時間は潜っていられる。海が透明なお陰で色んな物を見つける事ができるしな。

 海は、何と言うか大らかなんだ。あらゆるものを優しく受け入れてくれる母親の様に見えるんだ。海に潜っていると、大きくて柔らかいものに抱き締められている様でとても落ち着くんだ」

 そう語るファーストの顔はとても穏やかで安心していた。

 リンは何となくファーストの気持ちがわかった。産まれ落ちたのが機械だから自分達には親はいない。自分は暖かく優しい家族が出来たから気にならないが、他人がそうとは限らない。一番最初に産まれ一人で過ごしていたファーストは自分を受け入れ包み込んでくれる親を求めているのかもしれない。

 「・・・・・・マーレ」

 「えっ?」

 「私は海が好きだ。だから私の名前は「マーレ」だ」

 「マーレ・・・とってもいい名前ね!あなたにピッタリよ!」

 サードに褒められてマーレは何処か照れ臭そうにしている。

 「サード。お前はどんな名前にするんだ?」

 「そうね・・・」

 「サードは普段どんな事をしてるの?」

 「マーレが捕って来た魚を干したりウインドが探索した家の情報を絵に纏めているのよ。それに私達が寝るこの森の管理ね。皆に心地よく過ごしてほしいから」

 「それにお花を見てるのが好きだよね。サードはどうしてお花が好きなの?」

 「お花を見てると穏やかで優しい気持ちになれるの。どんな荒んだ気持ちも静めてくれる、慈しみに満ちてるわ。でもそれだけじゃない。雨の日も風の日も懸命に咲き続ける力強さ、生命の力強さが好きなの。皆頑張って生きいるんだから、私達も頑張って生きなきゃって思うのよ。

 お花・・・・・・そうだわ!私はお花が好きだから名前は「フルール」にするわ!」

 花、穏やかで何処か上品な彼女にはピッタリな名前だ。

 全員の名前が決まった事を皆で喜び合った。たった一日で自分達は大きく変わった。明日から新しい日々が始まる。ウインドがそう言うと子供の様に興奮して皆眠れなかった。

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