第1話 誕生と出会い
目が覚めると、そこは見知らぬ場所だった。薄暗い部屋に、四つのよくわからない機械に不透明な水に満たされたガラスのカプセルが一つある。
「・・・あれ・・・・・・私は・・・」
頭がはっきりしない。靄が掛かった様に、記憶が深い水の底に沈んだ様に思い出せない。だが知識はある。自分は女で裸だ。白髪のセミロングに鋭い犬歯に鋭利で固い爪、やや筋肉質で引き締まった身体付き。耳は、何故か顔の横ではなく頭の上から生えていた。まるで・・・・・・・・・獣の様だ。
この知識は何なのだろう?どうして誰にも教わった事もない事を知っているんだろう?それに首に付いている首輪は何なのだろうか?「4」という数字が表示されている。
「・・・わからない。私は・・・・・・」
その時だった。何かが開く音が聞こえた。それは反射的に身構えた。腰を低くし息を殺し、何時でも相手に飛び掛かれる姿勢だ。本能で身体がこの姿勢をとった。
部屋に入って来たのは自分とそっくりの少女だ。頭に生えた耳に短髪の白髪、落ち着きのなさそうなキョロキョロとした瞳に人懐っこそうな愛嬌のある顔つきだ。何となく、頭を撫ぜたくなる。
少女は自分と違い、衣服を着ていた。白い白衣に橙色のズボン。しかし袖と膝の箇所を引き千切った様な跡があり、半袖半ズボンと化している。そして、少女の首には自分と同じ首輪がしてある。表示されている番号は「2」だ。
「あーー!やっと産まれたんだ!」
何処か幼くて明るい声が部屋の中に反響した。
「そんなに警戒しないでよ~。新しい私達の家族なんだから!大丈夫!他の二人も良い人だよ!」
屈託のない無邪気で眩しい笑みに警戒心など融解してしまった。
茫然としていると、少女は腕を掴んできて何処かに連れて行こうとした。
「あ、何処に行くの!?」
「二人の所だよ!早く外に出ようよ!こんな薄暗い場所にいたら元気が無くなっちゃうよ!」
有無を言わさない強引さで腕を引っ張られ、そのまま隣の部屋に連れられた。その時視界に入った部屋は閑散としていた何もなかった。
近づくと、手を触れていないのに扉が独りでに開いていく。開かれた扉の向こうから発せられる眩しい光に目が眩み、何も見る事が出来ない。
「やっぱり眩しいんだ。私も初めて外に出た時はすっごい眩しくてビックリしちゃったもん。一番最初の経験って感慨深いよね~」
ゆっくりと目が光に慣れていき、瞳を大きく開いた場所は余りにも美しい大瀑布が広がっていた。崖の上から流れ落ちる川の水が大きな水飛沫を上げ、空から照り付ける太陽も合わさって周囲に虹を作っている。
「す、凄い・・・」
「凄いよねぇ~。産まれて初めて見る景色がこんなに凄いと、他に凄いものを見ても感動しなくなっちゃうかもね!」
確かにこの景色は美しい。単純に迫力があるだけでなく、水が澄んでいて曇りのない鏡の様に透明なのだ。岩場に生える木々や鮮やかな花々も、この大瀑布を彩るのに一役買っている。
見惚れていた。只々茫然と立ち尽くして見惚れていた。言葉が出ない。なんと言い表せばいいのか?そんな無粋な事はせずとも、この光景は心に深く刻み込まれた。
「ほら行こう!早く二人に会わせないと!」
少女に腕を掴まれて連れていかれる。もし一人だったら、脚が痺れて立てなくなるまで見惚れていたかもしれない。
大瀑布を過ぎて腰ぐらいまである草むらを通り抜けると、目の前に広がったのは何処までも広大な青い海だった。太陽の光を浴びて輝き、ここからでも海底が見えるぐらい綺麗に澄んでいる。海中を動くあれは、魚だろうか?足元の砂浜も宝石の様に白く光り輝いている。
絶景!それ以外何の言葉で言い表せようか?言葉で語らずとも、心で感じている。
そんな浜辺に、一人の少女が佇んでいる。自分と同じ獣耳でうなじが隠れる程伸びた白髪の少女だ。
「ファースト!サード!四番目の子がやっと産まれたよ!」
腕を引っ張られ佇む少女の元に連れていかれる。こちらを振り向くその顔は、その鋭い爪や犬歯が不釣り合いな優しくて穏やかそうだ。何処か夢を見ている様なタレ目は、見ていると細かい事なんてどうでもよく思えてきそうだ。そして、首輪をしてある。首輪には「3」と表示されている。
自分と連れて来た少女と同じく、白衣と橙色のズボンを着ている。だが引き千切ったりはしていない。そのままだ。暑そうだが当人は平気そうだ。
「本当セカンド!?」
「うん!半年経って産まれたよ!あれ?ファーストは?」
「今沖で魚を捕ってるわ。
あなたが四番目の子ね。・・・ふふっ、色んな事が立て続けで驚いちゃった?私もそうだったもの。ファーストが戻って来たら教えてあげるわね」
話し方もゆったりとしている。一緒にいると和めそうだ。
会話から察するに、自分をここまで連れて来た少女の名が「セカンド」、この穏やかでゆったりしている少女が「サード」、沖で魚を捕っているのが「ファースト」と言う事になる。
だが、人の名前にしては変だ。名前とはもっと・・・名前とは・・・・・・名前・・・
「痛ッ!」
一瞬頭に鋭い痛みが走り顔をしかめた。そうだ・・・名前は・・・
「どうしたの!?何処か痛いの!?」
「だ、大丈夫・・・。ちょっと、眩暈がしただけ・・・」
「そう・・・産まれたばかりだから不安定になる事もあるかもね。セカンド、あなた優しく連れて来たの?」
「えへへ・・・ちょっと強く腕を引っ張ちゃったかな」
「もう、私の時と同じ事するんだから」
その時浜辺から水が跳ねる音がし、海からファーストが上がって来た。厚く丈夫な木の葉を編んで作った籠を抱えている。
背中まで伸びた白髪に凛とした凛々しい顔つき、この四人の中で一番高いであろう身長、大人の女性という感じがする。海に潜っていたから裸体、例によって筋肉質の引き締まった身体付きだ。彼女の姿はまさに水も滴る良い女だ。首輪には「1」と表示されている。
「ファースト!四番目の子が産まれたよ!」
「やっとか。今回は随分と時間が掛かったな」
そう言ってこちらに視線を向けると、その顔は驚きに包まれた。
「お、お前は・・・!」
「どうかしたのファースト?」
「・・・・・・い、いや、何でもない」
セカンドもサードも訝しんだが、深く追及はしなかった。
ファーストはこちらに近づくと手を差し伸べて来た。それは握手だ。意味はわかるが、意味がわかる意味がわからない。とにかく握手には応じた。
「ようこそ私達の家に。今日からはお前の家でもあり、私達の家族だ」
微笑みを浮かべるその顔も美しく、慈しみを感じられた。
「家族?」
「あの場所から産まれた者同士、互いに初対面であっても何らかの繋がりを感じるだろう?私達はよく似ている。
共にこの地で産まれ生きる者同士、家族として手を取り合い生きていこう」
何処か暖かくホンワカした気持ちになる。安心感。自分の存在を認め必要としてくれるのだ。今この時より、この地が自分の家となった。
「素直に仲良くなろうって言えばいいのに~」
「セカンド!余計な事を言うな!」
「ファーストは恥ずかしがり屋さんだから」
「サード、お前まで何を言う!」
顔を真っ赤にして怒っている。落ち着いたクールな印象だったが、こうして見ると可愛らしくて苦笑してしまう。
自分に笑われている事に気づいたファーストは咳ばらいをして気を落ち着かせた。
「セカンド、何故衣服を着させない。サードの時と言い裸で連れて来るなと言っただろう」
「・・・あははっ、うっかりしてた」
「全くお前は・・・」
「セカンドはうっかり屋さんだから。私達がこの子に衣服を着させてあげるから、ファーストも着替えてきてね」
「頼むぞサード」
そう言い残しファーストは森の中に入って行った。
二人に連れられ再び大瀑布の場所まで戻ってきた。先程は周りの景色に見惚れていたから気づかなかったが、自分が出てきた物の全容がはっきりした。
先端が丸みを帯びた超巨大な機械。だが岩壁にぶつかって先端から途中まで真上を向く形でへし折れている。横から何か生えていたのか平たい部分の折れた後が存在する。後方には魚の尾びれの様なものが付いているが、とても動かせそうに見えない。水に濡れ続けた影響か、全体が赤黒く変色し始めている。
「私達の産まれた場所、あそこに衣服があるの。同じものしかないのに、セカンドったら動きにくいからって引き千切っちゃうんだから・・・」
「だって木に登ったり崖を登ったりする時に邪魔なんだもん」
「大切な物なのよ。あなたも大切にしてね。・・・そうだわ、まだあなたの名前を決めてなかったわ」
サードは思い出した様に言った。
「そう言えば、皆変わった名前なんだね」
「私達には名前がないから、首輪の番号を名前にして呼び合ってるの。これはファーストが決めた事なのよ。
えっと、あなたは「4」だから「フォース」かしら?」
「・・・・・・リン」
「えっ?」
「私は・・・リン・・・」
滝の音が響き渡るが、この時自分達の周りからは全ての音が消え去っていた。驚き、茫然、唖然、耳を疑う言葉に全ての音がかき消されていた。
「あ、あなた・・・自分の名前があるの・・・?」
「それは」
「本当かそれは!?お前は自分が誰かわかるのか!?」
草むらをかき分けてファーストが現れた。白衣にズボンを着た姿は知的な雰囲気も合わさってますます大人に見える。
「え、えっと・・・」
「教えてくれリン!私達は誰なんだ!?何故ここにいるんだ!?この知識は何なんだ!?私達が産まれたあれは何なんだ!?」
追及、もしくは尋問の勢いで詰め寄って来る。余りの勢いにリンは涙目になっていた。
「落ち着いてよファースト!リンはまだ産まれたばっかりではっきりしていないんだよ!そんなに詰め寄ったら可哀そうだよ!」
セカンドがリンの前に出て庇う。ファーストも自分の愚に気づき冷静さを取り戻した。
「あ・・・そうだな・・・。すまないリン、つい我を忘れてあんな事を・・・」
謝罪の気持ちは伝わって来るが、余りにも申し訳なさそうにしているのでこちらがもし訳なくなってくる。
「気にしないで。誰だって、気になる事だし」
「本当に申し訳ない・・・」
気まずい雰囲気に空気が重くなり何も言えなくなる。そんな空気を換える様にサードが穏やかな声で場を和ませるように口を開いた。
「ほら、皆でリンの服を取りに行きましょう。同じ服しかないけど、家族だもの。お揃いの方がいいもんね」
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