第2話 

【東條達哉side】


 ブーッブーッ。


 いつものごとく退屈な古文の授業中、眠気を覚ますために窓の外を眺めているとスマホに着信があった。

 うちの高校は緊急時の対応とかでスマホの所持自体は認められているが、基本的に授業中の使用は禁止されている。つまり、こんな時間に連絡してくるなんて少なくともオレの知り合いからではないはずだが。


 そう思いつつも周囲にバレないように、こそこそとスマホを見る。


『やっほー。可憐ですよ。早速今日から勉強会を始めます。詳細は昼休みにお話ししますので屋上で合流です♡』


 いやいやいや。可憐さんってば、授業中にメールはダメでしょ。

 確かに休み時間に可憐から声を掛けられれば、周囲から嫉妬に狂った視線が突き刺さって話どころではないけどさ。

 そーっと送信元―――オレの右斜め後ろの席―――の方へ顔を向けると、笑顔を浮かべた可憐とバッチリ視線が合ってしまった。

 どぎまぎしながらも可愛い顔に見惚れていると、可憐はにっこりと笑顔を浮かべながら声を出さずに口を動かし始めた。


『め・え・る・み・た?』


 どうやら普段真面目な可憐にしては珍しく退屈だったのか、こんな他愛のない遊びを始めてきた。ここで突き放すのも何なので多少付き合うことにした。


『み・た・よ』

『わ・た・し・の・い・っ・て・る・こ・と・わ・か・る?』

『わ・か・る・ぞ』


 不思議なことに、可憐の口の動きで何を伝えたいのかがはっきりと分かってしまう。

 そうか。オレには読唇術の才能があったのか……何か将来役に立つかもしれないな、なんてことを考えていると。


「……何が分かるんだ? 東條」

「へ?」


 声のした方を見ると、すぐ目の前に鬼のような形相をした古文の先生の姿。

 と同時に周囲からくすくすと小さく笑うクラスメイトの声。


「さっきから西嶋と二人で何を囁き合っていたんだ?」


 どうやら二人とも知らず知らずのうちに声を出していたらしい。

 そうだよな、そうでなきゃ口の動きだけで相手の話が分かるなんて出来るわけ無いよな。

 まあ、とにかく。


「すみません」


 ここは素直を謝るのが最善だと判断して謝罪したのだが。


ガタン!


「先生! 東條くんは悪くありません! 悪いのは私なんです!」

「ふぇっ!?」


 見れば可憐が席を立って弁明を始めていた。

 突然の出来事に周囲のクラスメイトも何事かとざわめき出して、すっかりオレたちに注目している。


「そ、そうなのか?」

「はい! 私が勝手に始めたんです! でも東條くんはそれに付き合ってくれただけで」


 普段の可憐の真面目な優等生ぶりを知っている先生にとって、彼女の言い分は衝撃だったに違いない。さっきまでの鬼の形相がすっかり崩れて困惑の表情になっている。


「いや、でもな……」

「分かりました。では、私と東條くんは罰として廊下に立っています」

「へ!? いやそこまでしなくても……」


 慌てる先生を尻目に、可憐はオレに笑顔を向けて言い放った。


「じゃ、東條くん。廊下に行きましょうか♡」


 あの……何で嬉しそうなんですかね。



【西嶋可憐side】


 私と達哉は今、二人で並んで廊下に立っている。

 さすがにマンガみたいに両手に水の入ったバケツを持ったりはしてないけど、ほとんど人が通らない廊下で二人きりなんて……何だかドキドキする!


 達哉には迷惑を掛けたけど、こうでもしないと学校では二人きりになることがほとんどないし、せっかくのチャンスを無駄にするわけにはいかない!


「ごめんね、達哉。私のせいで巻き込んじゃって」

「いや、そんなこと無いよ」

「これからは気を付けるから……許してね」

「う、うん」

「ありがとう! 優しい人は好きよ!」

「わわっ!?」


 お礼を言いつつ抱きつくと達哉は真っ赤な顔になった。

 あーよかった。許してくれたみたい。嫌われたらどうしようかと思ったけど。

 それにしてもこのちょっと困ったような表情がたまらないわ……。

 はっ! ここで妄想にいそしんでいる場合じゃない!


「あの、それでねさっきメールでも伝えたけど……今日から勉強会ということでいいよね?」

「うーん、それなんだけど……」

「な、何か問題でも?」


 ま、まさか断られるの?

 朝は強気に『欠席は許しません』みたいに言っちゃったけど、本当は迷惑なのかな?

 ビクビクしながら彼の口元に注意を向ける。


「……オレの部屋、散らかってるから」

「えっ?」

「だって今日勉強会するなんて思ってなかったし」


 そうか。確かに、今朝私が突然言い出したから準備もしてないわけね。

 別に私が来ることが嫌な訳じゃないんだよね? よかった……。


「気にしなくて大丈夫よ! 何せ達哉の部屋に行くのは初めてじゃないんだから!」

「えっ?」

「だって私、達哉の看病に行ってたじゃない?」

「ああ、そうだったな……」


 今思えば、看病に行った初日は達哉が早く元気なるように、という思いだけだったけど、2日目以降は大分達哉の体調が回復してきたし……せっかくの達哉の部屋だから……そのいろいろと余裕があったわけで……。


「でも、さすがに可憐を招待するのに部屋が汚いままじゃ……」

「大丈夫! 何も問題ないよ。何なら片付け手伝うし!」

「いや、そう言われてもな……」


 うーん、はっきりしないなあ。別に気にすることないのに。


「本当に大丈夫だって! 前に行ったときにちょっとエッチな本とか全部処分したから!」

「ぬ、ぬああにいいいいぃぃぃぃぃーーっ!?」


 あれ、達哉ったら顔を赤くして涙目にしちゃって、どうやら喜んでくれているみたい。

 だって、ベッドの下にあんなに乱雑に置かれていたんだから、当然ゴミとして処分するつもりだったよね。

 うん。私ってば気が付くタイプだから、いいお嫁さんになると思う。


「お前ら、いい加減にしろ!」


 廊下に出てきた先生にこってりと怒られ、さらに放課後に居残りで説教されました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る