学園アイドルで美少女、西嶋可憐の暴走の日々

魔仁阿苦

第1話

【東條達哉side】


『ねえねえ、ホラあの人よ』

『えっ、本当? 何て言うか……普通?』


 クラスメイトである西嶋にしじま可憐かれんによる手厚い看護の甲斐あって、オレが風邪からの完全復活を果してから3日が経過した。

 そして何故だか知らないうちに、オレと可憐は恋人同士のように扱われている。

 こうやって3日ぶりに登校するというのは、久しぶりに現世に戻ったみたいな感じがして何となく気恥ずかしい感じがするよね。


『何だよ、全然イケメンじゃねーじゃんか』

『そんなこと俺に訊くなよ』

『だってよー、どう見ても俺の方がイケてるぞ』


 ……何だか周りが騒がしいなあ。

 まあ、いいか。コホン……3日間も寝込んだ経験を踏まえて言わせてもらえば、やっぱり健康って素晴らしいな、としみじみ感じている今日この頃です。


『絶対おかしいって!』

『あんなヤツと西嶋さんが……くうっ』

『おい、何泣いてんだよ』


 騒がしい上に何か妙に視線を感じるけど……。

 えーとそれでですね、これからは風邪なんてひかないように身体を鍛えようかな、なんて考えているところです……。


『きっと可憐の何か弱みを握ったに違いないわ』

『そうよね。そういうことしそうな顔してるもんね』


 何だか女子までこっちを見てるな……しかも、すごく睨まれているような気がするし。

 まあ、やっぱりですね……何て言うか、とにかく頑張ります……。


「ふんふん。いい心がけだと思うわよ、達哉」

「そ、そうかな?」

「それでこそ私の彼氏! もう二度と心配させないでよね」

「うん、そうだね……って違うだろおおおおおおおおおっ!!」

「ふえっ!? どうしたの突然!?」

「人のモノローグこころのこえにしれっと参加してんじゃねーよ!?」


 オレの腕に絡みついたまま、大きな目を見開いてオレの顔を凝視しているコイツは西嶋可憐。


容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群そして性格は極めて温厚で人当たりがいい、と欠点が見当たらないほどの完璧さを誇る、我が学園のアイドルだ。

 光の具合によってはダークブラウンにもダークグリーンにも映るツヤっツヤなロングヘアは背中まで伸びていて、今こうしてオレたちの横を通りぬけていくそよ風に揺られ、さらさらと綺麗な音とともに背中を流れている。

 長い睫毛まつげの下には、突然叫んだオレを心配そうな色をたたえた大きな目でオレの顔を見つめていて、若干着崩した制服と彼女の身体から、柑橘系の香りとともに彼女特有の甘いようないい匂いが鼻腔をくすぐる。


 時はもうすぐ夏休み。高校生活で最も楽しい時期ではあるが、でもその前に期末テストが控えているという、嬉しさ半分苦しさ半分の微妙な7月上旬。


 大勢の生徒が学校に向かう中、周囲の視線を一斉に集めているのが、現在オレの右腕に絡みついている西嶋可憐と、彼女に引きずられるように歩くオレ、東條とうじょう達哉たつやである。


 何故に学園のアイドルと呼ばれている絶世の美少女が、せいぜい自己評価で中の中を自認するオレとこんな関係になったのかは別に語る(『学園アイドルで美少女、西嶋可憐が暴走した日』参照)として、とにかく自分でもよく分かっていないというのが正直なところである。


「ところで達哉、今度の期末テストは大丈夫?」

「うっ……嫌なことを思い出させるなよ」


 さっきのオレの叫び声を気にしたそぶりもなく、可憐がにこやかな顔で嫌な話題を振ってきた。

 確かに、現在、オレの置かれている状況も頭痛の種ではあるが、それ以上に問題なのが期末テストなのだ。忘れようとしていたわけじゃないが、可憐が口にしたことで現実に引き戻されてしまい、暗い気持ちになる。


「えーと、もしかして達哉って……勉強が苦手?」

「……得意そうに見える?」

「うーん。そうねえ……」


 じーっ。


「……」


じーーーっ。


「……」

「人間何事も努力が大切ですよ!」

「……気を遣わせてごめん」


 今は周りからは恋人同士のように扱われているが、オレたちが本来の意味で知り合ったのがつい6日前のこと。

 風邪で寝込んだオレの看病がきっかけであり、それまで可憐にとっては俺がクラスメイトという認識がほとんどなかったらしい。


 片や学園のアイドル、一方のオレは友達も少ないぼっち寸前の冴えない男。クラスメイトなのにこの圧倒的な立場の違いは何なの? ……泣いてもいいかな? と涙目になっていると、優し気な目をした可憐がそっとオレの手を握って囁いてきた。


「大丈夫。私が付いているわ」

「にしj、いや、か、可憐……」


 『西嶋』って言いかけた瞬間、鋭い眼光を感じたオレは慌てて言い直す。

 何故なら看病された3日間に徹底的に下の名前で呼ぶようにしつけられたからだ。


『彼女なのに名前で呼び合わないなんてあり得なくない!?』


 そう叫びながら詰め寄られて、何度も下の名前を言わされて……それは厳しいものでしたよ、ええ。

 当時の様子を思い出してため息をついている間に、可憐が意気込んでぶち上げたのは。


「というわけで、今日から勉強会ですよ!」

「はあ?」

「いいですね異議は認めません反論はもちろんのことサボったら即死刑です」

「……わ、分かりました」


 うう、高スペックな彼女を持つ彼氏って大変です。


「よーし! 頑張るぞー、おー!」

「お、おう……」


 周囲の視線を余所に、高々と右手を突き上げる可憐をさらに深いため息をつきつつ眺めるオレであった。



【西嶋可憐side】


「おはよー」

「あ、可憐。おはよう」

「うん、今日もよろしくね」


 変な注目を浴びたくないと、教室に入る手前で組んでいた腕を達哉に無理矢理外されてちょっと落ち込んだけど、クラスメイトの顔を見ているうちに気分が持ち直してくる。


 その私から少し遅れて教室に入ってきた達哉は、自分の席に着くと同時に周りの男子にわっと囲まれて楽しそうに会話しているみたい。


『てめえ、朝から見せつけやがって!』

『このやろこのやろ!』

『抜け駆けは死すべし!』


 ときどきヘッドロック? とかいうプロレス技をかけられているけど、やっぱり男子の付き合いってちょっと荒っぽいくらいがちょうどいいのかな。

 そんな様子を微笑ましく眺めていると、親友の美香が近寄ってきた。


「おはよう、可憐」

「うん。おはよう」

「今日も東條くんと一緒に登校?」

「うん♡」

「そうなんだ……」


 何故か引きつったような表情を浮かべる美香。ここ最近、達哉の話をする度、私を見る目の色が違ってきている気がするけど……ま、まさか……。


「ダメよ! 達哉は渡さないから!」

「ちょ、いきなり何を言い出すのよ!?」

「いくら親友の美香とはいえ、譲れないものがあるのよ!」

「勝手に泥沼恋愛劇に巻き込まないで!?」


 あら、違ったかしら。てっきり私みたいに達哉の魅力にやられちゃったのかと思ったのに。

 なにせ達哉は私から見ても凄く格好いいし!


「あのね、はっきり言っておくけど、わたしは別に東條くんに興味ないから」

「そう。それならいいけど」

「うわあ、そこはどうでもいいんだ……」


 何だろう、美香への疑いが晴れたというのに、彼女はまだジト目のままだ。


「あのさ、可憐って本当に東條くんと付き合ってるの?」

「ええもちろんよこうやって行き帰りも一緒だし顔を見ると微笑んでくれるしときどきだけど優しい言葉を掛けてくれるし毎日とても充実しまくりの幸せですが何か?」

「いや、別に疑っている訳じゃないから……」


 達哉との仲を疑われているように感じて、つい早口になっちゃった。でも、美香ってば言いたいのかよく分からない。

 達哉に興味ないって言ってる割にこの話題にこだわっているようだけど。


「あのね、可憐。怒らないで聞いてちょうだい」

「ええ」

「何ていうかさ、可憐ってすっごくモテるじゃない」

「そうね」

「認めるんだ……でね、それなのにどうして東條くんなのかなって」

「それはね……」

「それは……」

「うふっ♡」

「いや真っ赤な顔でクネクネしても分かんないから!?」


 美香は、もういいわ……とか言ってトボトボと自分の席に戻ってしまった。

 えーっ、せっかくこれから達哉との馴れ初めとか二人で歩むべき人生設計とか、まだまだ話したいこといっぱいあるのに。

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