第3話
【東條達哉side】
―――詰んだ。オレの人生は終わってしまった。
可憐から『エッチな本とか全部処分した』と言われたときはそう思った。
誰だって可愛い彼女からそんなこと言われたらショックを受けるだろ?
そりゃオレだって健康な男子高校生だし、そういった本を持っていても当たり前だと思うけど、それはあくまでも彼女に知られていないか、薄々気付いていてもお互いに口にしないことが前提だ。でも……。
「今日は暑いよねー」
自分の彼女、しかも学園のアイドルと言われる美少女がオレのベッドの上で横になっているんだけど、どう思う? 別に意味深な視線で見つめてきたり、エロいポーズをとっているわけではないんだけど。
「あのさ、可憐」
「うん? 何かしら」
「……そろそろ勉強再開しない?」
おいおい。普通立場が逆だろ……しかも今の可憐の格好がこれまた凄い。
淡いピンクのノースリーブシャツに赤と緑のチェック柄ミニ。そして黒のニーソってめっちゃ可愛いんですけど!
もう胸の部分ははち切れんばかりに盛り上がっているし、チラチラと見える白い太腿が目の毒だ。
しかも、休憩と言ってオレの本棚からマンガ本を抜き取り、
「そうね。今日はお勉強会だもんね」
オレの言葉に反抗することなく、にこりと笑顔のまま大人しくベッドから降りてテーブルに着くのかと思い、ホッとすると。
「ふむふむ。調子はどうかね?」
と言いつつ、背後からその豊かな胸を押しつけてきたのだ。
きゃあああああーーーっ!?
「あ、あの……可憐さん? どうして後ろに?」
冷や汗をだくだくと流しながらも心の叫びを押し殺し、努めて動揺を抑えつつ問いかける。
「だって、前にいたら字が見えづらいんだもん」
「あ、そうか……そうだよね」
一瞬納得しかけたけど、それなら横に座ればいいんじゃね?
少なくとも今みたいに体中の神経を背中に集中させなくて済むし。しかし、オレの言葉をスルーされた。
「それじゃあ、さっき教えたところ、もう一度やってみて!」
「あ、はい」
いかんいかん。
せっかく可憐が教えてくれてるんだから、もっと集中しないと。
えーとこの問題は……さっき教わったようにこの公式を当てはめて……。
「うん、そうそう……分かってきたみたいね」
「え、そうかな?」
「そうだよ! これならテストもバッチリだね」
可憐に褒められるとどんどんやる気が出てくるのが不思議だ。授業では分からなかった部分が可憐から教えられたことで
「……やっぱり凄いな可憐は」
「えっ?」
思わずオレの口からこぼれた言葉に反応する可憐。オレの肩に回していた手にギュッと力がこもっているのに気付いた。
「みんなは可憐のことを、凄い凄いって言うけど、それに応えるためにきっといっぱい努力したんだな」
「達哉……」
「教えている様子を見て何となく分かったんだ。あれは自分が苦労して掴んだ知識だからこそ、自分なりに伝えられるんだなって」
「……達哉……ありがとう」
耳元で囁いた言葉と同時に暖かい息が首筋にかかって何ともくすぐったい。
「それでさ可憐……ちょっと近すぎじゃないか」
「……そうかなあ。そんなことないと思うよ」
「まあ……いいけど」
何となくオレたちは押し黙ってしまったけど、それは決して嫌な静けさではなかった。
【西嶋可憐side】
ど、どどどうしよう。
さっきから心臓がうるさい。
気が付けば私の胸と達哉の背中が密着しているから、今の鼓動の激しさも筒抜けになっているかもしれない。
そう考えるとすぐにでも離れなきゃ、と思う反面、何言ってるのせっかく達哉が私のことを認め
てくれたんだからここでいかなきゃいついくの! と尻を叩く私もいて。
本当のことを言えば、達哉が私と付き合っているのは、私が暴走したあげくの有耶無耶のうちにそうなったということに気付いていた。
みんなは知らないだろうけど、私には少し変わったところがある。
それを自覚したのはつい最近―――そう、達哉が風邪を引いて学校を休んだことがきっかけだった。
『あなたはお父さんに似て、感情のまま突っ走るタイプかもね』
それまでクラスメイトということすら頭になかった達哉のために、三日の間毎日彼の家に看病に通った私に対して、お母さんはそう言っていた。
お母さんは冷静沈着を絵に描いたような人で感情に流されるタイプではない。
じゃあ、お父さんに似てる、ってことになるんだけど……。
『だってねー、結婚式を挙げる前にあんたを授かったんだから』
自分の出自を聞いてしまい、何ともいたたまれなくなったことを思い出す。
そして、今の状況を冷静に考えると急に恥ずかしさでいっぱいになってしまった。
「そ、そういえば達哉のご両親ってどうしているの?」
何とか誤魔化そうと違う話題を振ったみたのだけど。
「あれ言ってなかったっけ? オレの両親は既にいないんだ」
「えっ?」
両親がいない?……知らなかった。
確かに看病したときも会うことはなかったし、きっと仕事とかで忙しいんだと思ってたんだけど。
「そ……それはいつから?」
「え、ああ、3年前かな。交通事故に遭ってさ」
「……っ!?」
ということは、達哉が14歳……中学生のころにはもう……一人だったんだ。
知らなかった。そんな辛い過去があったのに……私の暴走に付き合ってくれたなんて。
今の私はきっと凄い顔をしていると思う。
それは達哉がこれまでどんなに辛い思いをしてきたのか、という悲しい気持ちと、そんなことを想像すらせずにのほほんと過ごしてきた自分への怒り。
本当はこんなこと訊いてはいけなかったのかもしれない。
でも知ってしまった以上、私は黙っているわけにはいかない。
「……達哉」
「うん?」
「ごめんなさい……」
「何で謝るの?」
「だって……」
どうしてそんなに優しい目で見るの? もしかしたら私は迷惑を掛けているかもしれないのに。
ふっと視界がぼやける。
それが涙のせいだと分かっていても、
「気にすんなよ……今は可憐がいてくれるだけでいいんだ」
「た、達哉ぁ……」
「それより、勉強を続けようぜ。赤点なんてことになったら夏休みが台無しだし」
何気なく、本当にさり気なく頭に手が置かれて、優しく撫でてくる。
達哉の手は大きくて、温かい。
心の中に切なさと愛しさがない交ぜになって溢れてくる。
「う、うんそうだね」
出来るだけ動揺を表さないように笑顔を作る。
そしてまた一つ、私の気持ちが達哉に引き込まれていくのを実感した。
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