ばらばら
第1話 先生の疑問
事務所の台所でハンバーグをぐつぐつと煮込みながら、私は先生と笹部刑事の会話を聞いていた。盗み聞きと言えば聞こえは悪いけれど、台所と応接間として使っている場所は繋がっているので、勝手に聞こえてきたというのが正しい言い方だ。
どうやら笹部刑事はまた、先生に事件の相談をしに来ているみたいだ。最初は警察に協力を依頼されるなんてすごいと、子供みたいに思っていたものだが、今となっては見慣れた光景だった。
「つまらん。帰れ」
そして先生のこのセリフも聞きなれた言葉だった。
先生は長引きそうな事件を好む。理由は単純明快、お金になるから。先生は報酬を時給で受け取る。つまり、事件解決までどれだけ時間がかかったかで報酬が決まる。
だから先生は、簡単そうな事件には手を貸さない。前に聞いたが、最低でも解決に三日かかるもの、それ以外は受けないらしい。
しかし、先生にとっては解く価値のない謎でも、他の人にとってはそうじゃない。笹部刑事にとっては、どんな謎でも先生の頭を必要とする。先生が却下した謎でも、どうにかして解いてもらわなければならない。
だから笹部刑事はいつも通り言った。
「不足分は俺が出す」
私は中年の真面目な刑事さんが、溜息混じりにそう言うのを見て、可哀そうだと思いながらハンバーグをお皿に盛った。そして同じフライパンで付け合わせの野菜を炒め始めた。
先生はおそらく、その言葉を待っていたのだろう。すぐに了承して、笹部刑事から捜査資料を受け取った。笹部刑事は踵を返して歩き出した。
そして出口を目指して歩きながら、私の近くに来たところで「君も大変だろう」と、心配の声をかけてくれた。
「慣れていますから」
私は笑顔でそう言って、付け合わせの野菜をハンバーグの横に盛った。
笹部刑事を見送った後、私は新しいお皿を出して、ごはんを平たく盛ってハンバーグと一緒に先生のデスクへと運んだ。
「はい先生、ご飯ですよ」
先生は角をホッチキスで止められた資料をぺらぺらと捲り、目を通していた。捲られた紙が私の目に飛び込んできた。そこには凄惨な写真が印刷されていた。言葉を選ばずに言うなら死体の写真だった。
「先生、食事の時くらい死体の写真はしまってください」
まるでゲームのやりすぎを注意する母親みたいだなと思った。
「はいはい」
先生は私をイラつかせる反応をしながら、資料を机のわきに置いた。そして私がハンバーグとライスをデスクに置くと、すぐさまフォークを使って野菜をわきに追いやった。
死体の写真が印刷された資料と同じ扱いを受けた野菜を不憫に思いながら、私は先生のデスクの前にある机に自分の分の料理を置いた。そしてお客様用の黒いソファに座り「いただきます」と両手を合わせて言った。
「ところで、君はどう思う?」
「何がですか?」
私はハンバーグにちゃんと火が通っていることを確認しつつ、投げやりに答えた。
「ばらばら殺人だとさ。どうしてばらばらにしたんだろう」
私は食事中にそんな話をしないで欲しいと、切に訴えた。
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