第4話 これはそんなお話です。

 事務所兼私と先生の自宅であるビルの一室を目指しながら、答え合わせをしていた。


「どこで気が付いた?」

「そもそも私、舞子なんて名前じゃないですよ」


 私は先生に、捕まったとしてもぎりぎりまで個人情報を隠すように指導されている。理由は今回のような事件の際、逃げても足がつかないためだ。つまり、逃げるが勝ちと思ったら、すぐに逃げられるように私は本名を明かしていなかった。


 そんな事情があったので、先生が私を偽名で呼んだとき、私は「あ、逃げる気だ」と思ったのだ。


「それで、どこまでが嘘なんですか?」

 私がそう聞くと、先生はやれやれといった感じで肩を落とした。すっごい腹立つ仕草だった。


「全部だよ」

「え?!」

「全部、君の言うところの真っ赤な嘘さ」


 先生はダッフルコートのフードを被り、前を向いた。おそらく私には見えないがまたにやりと笑っているはずだ。


「でも、カードが購入されたものなら、誰かが何かを仕組んだのは間違いないのでは?」

「あれは私が買ったものだよ。トイレに行ったときにね」

 私は驚きながら納得していた。先生が要求した金額は一万円――少なすぎると思っていた。しかし、謎は解けていないのだから逃げるのにかかった経費だけを要求したと思えば、すんなりと納得できた。


「監視カメラもなく、Gメンは帰っている。今日中に謎を解くのは不可能だ。だから私は、一番すんなりと帰れる選択をしたのだよ」

 先生は一切悪びれることなく、平然と、淡々と述べた。

「じゃあ、本当のところはどうなんでしょうね?誰が私を陥れようとしたんでしょう……」

「真実なんてどうでもいいが、君がいじめに遭っていると考えるのが妥当かな」

 先生は平然と残酷なことを言った。私は苦笑いを浮かべながら、それが真実ではないことを切に願った。


 私は先生の背中を見つめながら、詐欺師のような探偵だと思っていた。というか、ほとんど詐欺師そのものである。


 でも私は先生を悪く思ったりはしなかった。私や先生が生きていく為には、少しの罪もしょうがない。


 私と先生は、今日も今日とて暗い道を行く。

 世間一般の皆々様が通ることはない薄汚れた道を、ハイヒールを履いて傘を差してゆっくりと歩く。


 ここしか歩けないのだからしょうがない。ここにしか居場所がないのだから仕方がない。


 探偵だからと言って、ホームズみたいに万能ではないのだから。解けない謎があってもしょうがない。謎は解けなくても、迷宮に迷い込んでも、私たちは生きていかなくてはならないのだから。


 だから私は、この人の背中についていく。


 先生は私の人生に現れた、唯一の道しるべなのだから。


「さあ、早く帰ろう――京香」

「はい、先生」

 先生に名前を呼ばれ、あの舞子という偽名は私の本名から連想される京都から来ているのだと思った。


 申し遅れてすみません。私の名前は琴京香。

 私が歩く道では事件が起こる。時に窃盗、時に盗撮、時に密室、時に殺人――。

 血と欲で汚れたこの道を、先生と共に歩いていく。先生と共に生きていく。

 これはそんなお話です。

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