第3話 先生は人でなし

 店長はかなり苛立っていた。それもそのはずだ。万引き犯を捕まえたと思ったら、頑なに認めず、面倒にも警察を呼ぶ羽目になり、万引き犯は得体のしれない女を呼んだ。


 忙しい仕事に追われながら、こんな訳の分からない事態に巻き込まれたら、怒るのも仕方がない。


 でも、冤罪である以上、私が抵抗することも仕方がない。そう、仕方がないのだ。だから私は自分にそう言い聞かせながら、自分よりもはるかに年上の男性から向けられた、敵意のある視線をやり過ごしていた。


 まあ実際、この手の視線には慣れている。私の人生はそういうものだ。敵意ある視線、敵意ある言葉、それらを紫外線のように浴びながら生きてきた私は、肌が紫外線から身を守るために黒くなるように、心がどす黒く焼かれ全く気にしなくなってしまっていた。


 だから、本当のところ気にしたのは、早く帰れたらいいなというものだった。

 先生がぱっと話を終わらせて、相手がぱぱぱっと推理に納得して、私を開放してくれること。そうなったらいいなあと思っていた。


「私が聞きたいのは二つです。一つは、監視カメラを設置していない理由。二つ目、Gメンはもう帰られていますか?」


 ああまずい。長引きそうだ。そういえば先生はたっぷりと睡眠をとってきているみたいだし、体力は満タンだろう。疲弊している私と違って、先生は長話しも平気かもしれない。


 ちなみに店長はなぜ監視カメラが設置されていないことを知っているのか、ということを気にしていたけれど、私にとってはなんの驚きもないので割愛。


 店長は客商売でおまんまを食べているとは思えないほどの、不愛想な顔で先生の質問に答えた。

 一つ目の質問は、業者の手違いで新装開店日までに設置が間に合わなかったから。その為に雇ったのがGメンらしい。

 二つ目に対してはシンプルに、そして怒りを込めて「閉店時間だから帰った」と言った。その言葉には「お前たちも罪を認めてさっさと帰れ」という裏の意味を感じた。


「なら、犯人はGメンでしょう。はい、終わり。帰るぞ舞子」

 先生は勢いよく立ち上がったが、私は立ち上がれなかった。店長がそれを止めたからだ。


「ちょ、ちょっと待て」

 先生は溜息をつき「ご説明がいりますか?」と言った。店長はこくこくと頷いた。不信感を持っていながら、店長が先生に媚びへつらうかのような行為をしてしまったのは、その真実が強烈だったからだろう。流石に雇った人間が犯人だと言われて黙っていることなどできないだろう。


「おそらく,この子のカバンにカードを入れた人物がいるのです。その人物と、Gメンはグルです」


 店長はあんぐりと口を開けて、驚きを顔全体で表現していた。その表情を私は笑いそうになったけれど、なんとか堪えた。


「根拠はあなたの携帯を貸していただければ示せますよ」

 先生は右手を差し出し、いやらしい動きをして携帯を誘った。


 店長は事務所にある机の引き出しを開け、先生に差し出した。

 そして先生はなぜか手慣れた手つきで端末を操作した。そうして、なにかを画面に表示させた。


 先生はそれを店長に見せると、店長は青ざめた顔になった。それはまるで、赤いリトマス紙にアルカリ性の溶液をかけた時みたいだった。


「そうです。あなたが盗んだと言っているカードは、購入されているカードです」

 どうやら先生が見せた画面には、電子マネーカードが使えるという証拠が表示されていたらしい。


「買ったものを持っていただけなので、この子は捕まる筋合いはありません。けれど解説して欲しいなら、懇願してください」


 先生はにやりと笑った。


 あ、ドSスイッチ入ったな――と私は思った。先生の心の浅いところに眠る、割と入りやすい柔らかなスイッチ。そのスイッチが入ると、先生は自分の頭脳を求める相手に対して、頭を垂れろと要求する。


 店長は頭を下げてお願いし、私は先生の行き過ぎた行動に引いていた。


「おそらく、Gメンの目的はこの子を使って注目を集め、その間に仲間を使って商品を盗むことだったんだ。共犯者が事前に購入して用意したカードを、どんくさいこの子のカバンに忍ばせ、Gメンが捕まえる。あなたはこの子ばかりに気を取られ、その間に商品を盗まれたことに気づかない」


 店長は青ざめた顔を更に青くした。


「誤解してすまなかった。もう、帰っていい」


 先生はまたにやりと笑った。私は嫌な予感がした。


「帰っていい?この子を何時間も拘束し、軟禁しておいて、そんな謝罪一つで済むとでも?しかるべきところに報告してもいいんだよ」


 店長はぷるぷると震えながら、「どうすればいい?」と聞いた。先生が何を欲しているのか察しているようだ。


「事件解決の依頼なら、普通は数十万とっているのだがね。今回は特別に、福沢諭吉一枚で手を打とう」

 店長は下唇を噛みしめながら財布からお金を取り出し、惜しみながら先生に渡した。


 私はここにいることがいたたまれなくなって、先生の手を引っ張って店を出て行った。


「なんであんなことしたんですか?」


 すっかり暗くなった夜道を先を歩く先生の背中を見ながら、私は問いかけた。


「あんなこととは?」

 先生は惚けたように言った。私は溜息混じりに答えた。


「あれ、真っ赤な嘘でしょ?」


 先生は振り返り、またいやらしくにやりと笑った。

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