第2話 世界一の名探偵は野菜が苦手
万引きGメンのGはGovernmentのGなのだが、この場合は公的機関以外の役人を差しているので、本来の意味からは違ってしまっている。
私の頭はそんな雑学を思い浮かべながら、どうにか冷静さを取り戻そうとしていた。
そして、万引きGメンって本当にいるんだなあ、などと馬鹿みたいなことを考えたりもした。テレビでしかその存在を確認したことがないので、実際に遭遇するとは思っていなかった。というか、まさか取り締まられることになるとは……。
「で?なんで盗ったの?」
そして、いつの間にか目の前にいた、公的機関の役人さん――もとい警察官が不機嫌な声色でそう言った。
私はうつむいて、ただ黙っていた。腕時計をちらりと見て、もう少しで先生が来ることを確認した。
私が警察官と向き合って座っている場所は、スーパーの事務所なのだが、彼の睨みの鋭さで取調室に見えてきた。目の前の机にかつ丼の幻まで見えてくる始末だ。
そういえば、お腹減ったなあ……。
私のお腹は空っぽで、その空洞さゆえに大きな音を鳴らした。年頃の乙女である私は恥ずかしさで顔を赤面させた。
その時、先生が事務所のドアを開けて現れた。まるで私の腹の虫に呼ばれてやって来たかのようだった。
長く伸びた栗色の髪は、抑え目の寝ぐせで四方八方に飛び散っていた。もしかしたら寝てから来るというのは何かの嘘かもしれないと思った私がいたのだが、本当に二時間睡眠をとってから来たらしい。
「お疲れ様です警官さん。ちょっと二人で話したいので出ていて貰えますか?」
先生は欠伸混じりにそう言った。もちろん警察官は反対したが、先生が飄々とした話術で説得するとため息をして出て行ってしまった。この二時間口を割らない私に嫌気が差していたんだろう。
「それで、なんで盗ったの?」
目の前に座った先生は、警察官と同じ質問をした。
「盗ってないですよ!」
私は精一杯叫んだ。先生は耳を塞いで、目で喧しいと語っていた。そんな冷たい反応に、私は下唇を噛んで押し黙った。
「というか、なぜ通報されたんだ?普通いきなり通報はしないだろ」
先生は小指の爪で目ヤニを取りながら言った。私は見かねてポケットティッシュを先生に渡した。
「私が盗っていないと主張したから……」
私が目に涙を浮かべてそう言うと、先生はうんざりした顔で言った。
「分かった分かった。とりあえず、時系列順に話してくれ」
学校からの帰り道、私は夕飯の買い出しの為スーパーに寄った。最近先生が野菜を食べてくれないので、ピーマンの肉詰めを作ろうと思ってその材料をかごに入れた。
「そこはいい、要点だけ話せ」
「でも先生本当に野菜食べてくれないじゃないですか」
先生は私を睨み、私は要点だけを話すことにした。眠たい時の先生は特に機嫌が悪いので要注意だ。
私はかごに入れた商品をレジに持って行き、ちゃんとお金を払って店の外に出た。その瞬間、パーカーを着た男性に腕を掴まれ、スクールカバンの中身を見せろと言われた。混乱した頭のまま、カバンを男に渡すと、側面にあるポケットから電子マネー用のカードが出てきたのだ。
「そんなに課金したかったのかい?」
先生はドン引きしているようで、口をひん曲げて瞼をぴくぴくさせていた。
「私まだガラケーですよ。課金なんて興味ないですよ」
ちなみに先生は携帯電話を持っていない。でも事務所には固定電話があるし、先生はほとんど事務所にいるのでさして問題はない。さっきかけた電話も事務所宛だ。
「それにこんな物盗むほど馬鹿じゃないですよ」
「こんな物?見たところカードには一万ポイントと書いてあるから、相当価値があるんじゃないのかい?」
「レジ通さないと使えませんよ、これ。盗んでも使えないもの盗みませんよ」
先生は口元に手を当てて考え込み始めた。この仕草をするとき、先生は推理モードに入る。正直ちょっと地味だ。単語を書いたたくさんの半紙を、びりびりに破いてまき散らすくらいしてほしいものだ。
「確認したいことがあるから、誰か呼んできてくれ」
先生は私にそう命令した。私は恐る恐る内側からドアをノックして、警察官に店長を呼びたいと伝えた。警察官はむっとした表情で私を見た後、近くを通ったお店の人に私と同じことをお願いした。
「いつまで待たせるんだ?」
警察官にそう言われ、私は咄嗟に「店長が来たら私の無実を証明します」と言ってしまった。
私は鼻息を荒くしながらもとの椅子に戻った。
「おいおい、いいのか?あんなこと言って」
「でも、先生ならもう解けているんですよね?」
私がそう聞くと、先生は鼻で笑いながら「当然だ」と言った。
私はそれを聞くと安心した。先生に対する信頼感から、すぐに安堵できた。先生は生活力は皆無だし、決して優しいとは言えないけれど、謎を解く力は世界一だから。
世界一の名探偵だから。
私は先生以外に探偵というものを見たことがないけれど、そう断言出来た。
「あ、しかし今日の晩御飯にピーマンを出すなら、私は推理を披露しない」
しかし、先生は世界一子供みたいな大人でもあった。
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