カクレクマノミとイソギンチャク

タガメ ゲンゴロウ

第1話 呼ばせてください、探偵を。

 私には先生がいる。先生と言っても、学校の先生ではない。私にだけに指導を行う専属の先生がいるのだ。


 しかしそれは、家庭教師でもなければ、ピアノの先生でもない。そういう普通の先生とは違う。


 人は何かをしてくれる人を、先生と呼ぶ。そんな話を昔テレビドラマで見たことがある。

 教師は教えてくれる。弁護士は助けてくれる。政治家は稼がせてくれる。


 そして先生は――解いてくれる。教えを説くのではなくて、謎を解く。


 だから私は、先生を先生と呼ぶ。


 けれど、それは私から言い始めたことではない。先生が自分を先生と呼ぶようにと指示してきたのである。

 初めて出会った日、私の両親が殺された日、私に先生と呼ばせることで、私を生徒にしてくれた。いや、してくれたと言うのは正しくない表現だと思う。気づいたらそうなっていた、気づいたら巻き込まれていた、そんな表現が相応しい。


 先生は自由奔放で、型破りで、独創的だ。そんな先生に私は今日も振り回される。私はいつも疲れ果てる。

 それでも私は先生の元を離れることは出来ない。それは私が親なしで、先生が保護者だからではない。


 私の女子力は最早生活力と言っていいほどに成長しており、いくら高校生だからと言って一人暮らしが出来ないということはない。むしろ一人暮らしが出来ないのは先生のほうだ。先生は料理を始めとしたあらゆる家事ができない。


 料理はゆで卵しか作れず、ごみを燃える燃えないで分別することも出来ず、洗濯は下着も肌着も色物もまとめて洗って、私のシャツをピンク色に染め上げた。


 そんな私が先生のそばを離れず、先生の生徒でいる理由はただ一つ。


 私の前に現れる謎を、解いてもらうためだ。

 そのために私は先生のそばを離れない。離れたら、私は永遠に解けない謎に囲まれ、息も出来なくなってしまうから。


 だから私は携帯電話を取って、震える手で電話をかけた。

「せんせぇ、助けてください!」

「後二時間寝てから行くよ」

 私の耳元で、通話が切れた悲しい通知音が鳴っていた。


 私は警察官の方に「後二時間待ってもらえませんか?」と恐る恐る相談した。

「弁護士でも来るのかい?」

 私は人差し指を合わせてもじもじしながら、小さな声で答えた。

「探偵が来ます……」

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