『ファンカデリック』⑤

 そうして路地裏から出ると、出た途端はずみがソフトクリームを食べていたヤンキーとぶつかって、ソフトクリームの帽子を被ったり(はずみを殴りそうだったヤンキーは、誠が顎を殴って気絶させ、弁償として千円をズボンのポケットに入れておいた)、


 イデア使い同士の戦闘から流れ弾を食らいそうになったり(誠と薫が制圧して黙らせた)という困難に出くわしながら、やっと占い師を視認できるところまでやってきた。


「くそったれが……! 面倒かけやがってよぉー……」

「なんかここ最近で、一番苦戦したイデアかもしれないね」


 誠はバットを肩に乗せ、薫は弾倉を開いて拳銃の残弾数を確認しながら、少し歩いた先にいる占い師をまっすぐ見つめていた。

 そして、逃げても無駄だぞと言わんばかりに、ゆっくりと占い師の前に立つと、二人はイデアを占い師へと突きつけ、ニヤリと笑った。


「よぉ、占い師――いや、ペテン師っつった方がいいかよぉー」

「この子にかけたイデア、解いてもらうわよ」


 そう言って薫は、後ろに立つはずみを親指で差した。


「そんな、証拠もないのにヤクザみたいな……」


 はずみは周囲の目が気になるのか、きょろきょろしている。さすがに、街中で人にイデアを向けている光景は注目を集めていた。


「そ、そうだよ、お兄さんがた。そっちの小さいお嬢さんの言う通りさ。俺がそっちの彼女にイデア攻撃? なにを馬鹿な話を」

「証拠だぁ? そんなもん警察に言え。いいか、俺らがやるべき事は、お前をイデオロギーのところに引っ張って行き、データベースでお前がどんな症状を抱えてるか確認させて、それがビンゴなら、お前の歯が総入れ歯になるまでぶん殴る。これで今回はハッピーエンドなんだよ」

「あぁ、痛くないように、一回殺しといてあげるから。無様晒さなくて済むよ」


 探偵って、ヤクザみたいだなぁ、と背後で怖がっているはずみなど気にも留めず、薫が占い師の眉間に向かって、銃を放とうとした。


 しかし、占い師は、座っていた机をひっくり返して誠と薫から一瞬身を隠した。それだけあれば、立ち上がり、走って逃げることくらいできる。


 覚束ない足で走り、人混みを掻き分けていく占い師。


「薫っ!」

「わかってますって」


 照準具で狙いを定め、薫は占い師の頭を狙う。


「街中で撃つ気か……!?」肩越しに薫が狙っているのを確認した占い師は、まだ通行人がいるのに銃を撃つつもりか、と驚いているのだ。

「万が一にでも、当たるわけにはいかんなぁ! ファンカデリック!!」


 占い師が叫んだ瞬間、彼の右手には先程はずみの掌を撫でていたボールペンが握られていた。そして、そのボールペンで、自分の左手に何かを書き込んでいく。


「何をしようと――っ!」


 薫は引き金を絞り、弾丸を占い師の後頭部へ向かって撃った。

 彼女の腕なら、人が行き交う中であろうと、誰かがわざとかばったりしない限り、確実に占い師の後頭部を貫き、脳みそをかき混ぜるはずだった。


 しかし、占い師の横を歩いていた、帰宅途中の男子高校生が、大げさ気味に銃を構えていた薫に驚いて、カバンを放り投げた。

 そしてそのカバンは、まるで占い師の後頭部を守る様に立ちふさがり、銃弾を防いだ。


「なっ!」


 驚いたのは、四人。誠、はずみ、薫、そして、いきなりカバンに穴が開いた男子高校生。騒がれる前に、薫はすぐに弾丸を戻し、破壊を巻き戻す。


「あのイデア――不幸だけじゃなくて、幸運も呼び寄せるのかよ!?」

「追わなきゃ!」


 薫が走り出し、誠も、その後を追って走り出そうとした。しかし、はずみの体力では、誠達に着いていくのは難しいだろう


 誠は舌打ちをして、はずみの背後に周り「スカート、股の間に挟み込め!」と言って、はずみの体勢を崩し、お姫様抱っこをして走り出した。


「うひゃっ! まっ、誠さん!?」

「黙ってろ! 舌噛むぞ! 不幸に襲われるお前を一人にしておけねえだろうが! 掴まってろよ!」


 そう言って、はずみを抱えながら、薫の後を追う誠。二人は並んで走り、占い師を追う。


 荒い息をなんとか整えようとしながら、誠は「野郎のイデアよぉ! まさかとは思うが、手相を書き込んでその通り運命を呼び込むイデア、じゃあねえだろうなあ!」と、隣を走る薫に怒鳴るような口調で問う。


「そうっぽいね……。見てよ、なんか、あいつの通った後からどんどん人混みが激しくなってってるみたいだし」


 薫の言う通り、占い師の前には人混みがないのに、何故か背後には行き交う人々が群がっていた。まるで、彼と誠達を阻む壁のように。


「こうなりゃ、頼りは薫のラヴィアン・ローズだけだ。俺のザ・キラーじゃあ遠距離攻撃はできねえ。追いつけりゃいいが、あいつ、足も速ぇわ」

「だったら、これでどうっ!」


 薫は、右斜め上へと――ビルへと向かって、弾丸を放った。彼女の狙いは、跳弾。壁に当たって跳ね返った弾丸が、占い師の頭頂部から頭蓋骨を砕く――はず、だった。


「幸運で防げるかな……?」


 勝利を確信した薫。しかし、弾丸は跳ね返ってこない。


 当たったのは、排水用のパイプ。しかも、長年酷使され、メンテナンスもされていなかったのか、腐敗していて、弾丸を受け止めるだけの耐久力がなかった。だから跳ね返らず、角度によって楕円の穴を開けただけで終わったのだ。


「くっ、はっは。ははっはは!!」


 いきなり、占い師は大声を上げて、立ち止まった。何がなんだかわからない、彼が止まっていても追いつける保証はない。しかし、それでも誠と薫は走った。


「いいか、お前さん達。ワシのファンカデリックはな、手相を書き込む事でその手相に対応した運勢を呼び寄せる。ワシはいま、逃走の運勢を書き込んだ! つまり、ワシを捕まえられる人間など、もういない! 小さいお嬢さん! イデアを解いてほしければ十万払うんだな!」


 腰に手を当て、がっはっは、と小柄な体躯に見合わない豪快な笑い方をする占い師。


 札よりも値上がりしてんじゃねえか、と舌打ちしながら、誠は、違和感を抱いていた。


 知られてしまう前に相手の手に手相を書き込めれば、はずみの様に不幸を背負い込む羽目になる。自分に書き込めば、望んだ運勢を引き寄せることができる。


 確かに優秀な症状だ。誠が欲しい、とさえ思う。


 しかし――その割には、ステージが進んでいないように見えたのだ。


 もちろん、人格汚染が出るような事をしていない、というのもあるだろう。しかし、この街では狂気こそが強さであり、まともに会話ができている時点で、ある程度なんとかなる相手。


 それがこうまで翻弄されている、というのは、誠の経験からすると違和感がある。


「じゅっ、十万なんて払えるわけないじゃないですか!」


 誠の腕の中で叫ぶはずみ。

 占い師はがっかりしたように眉を歪めて、肩を竦めた。


「やれやれ。ならば、不幸に怯えて暮らすんだな。ワシの勝ちだよ、若者達」


 そこまで言われて、誠はやっと気づいた。

 占い師が立ち止まっているのは、バス停だ。誠たちの背後から、バスが走ってきている。このペースでは、間に合わない。誠達がバス停で占い師を捕まえる前に、バスに乗られて逃げられる。


「まっ、まずいですっ。か、薫さん、バスのタイヤパンクさせましょう!」

「……そんなことしても、また幸運の邪魔が入るだけだろうし、仮に成功してもイデオロギー呼ばれたりゴタゴタの隙に逃げられるよ」


 よほどテンパっているのだろう。はずみの普段からは考えられないほど破天荒な発言が飛び出す中、誠はまっすぐ占い師を見て、考え込む。


 よく考えれば、今まで一つだけ、成功していない不幸があった。


 それははずみの頭に、植木鉢が降ってきた時。あれは誠が気づき、薫が撃ち抜いたから、当たらずに済んだ。


 さらによく考えると――今までの不幸だって、成功していたのかは疑問が残る。


 もし、はずみが一人だったならば、彼女は今頃、財布を無くしていて、金が無いから寿司屋には寄らず、帰ろうとしたら植木鉢に襲われ、それで無事だったとしても今度はヤンキーに襲われていた。


 それが結果的に、財布をスられて、頭に烏龍茶やソフトクリームを被っただけで済んでいる。


 死体を発見したのも、不幸と言えば不幸だろう。通報すればイデオロギーに取り調べを受けて、一日を費やすだろうし、逃げたところを目撃されれば、痛くもない腹を探られることになる。


 何故か。それは、誠達が居たから。


 そこまで考えが及べば、後は簡単だった。


「力、だ……」


 呟く様に小さな誠の声に気づいたのは、彼に抱きかかえられていたはずみだった。


「力って、なんですか!」

「何か思いついたの、誠」

「上手く行くかはわかんねえがなぁー! 薫、あれやんぞッ!」

「――っ! 了解っ」


 誠は、はずみをその場に下ろし、前ならえのようなポーズを取った。


 その先には占い師がいた。何か遠距離攻撃でも仕掛けるつもりなのだろうか、と思ったはずみ。しかし、彼のイデアは近距離でこそ効果を発揮する物。射程距離は短い。


 だから、攻撃するのは彼ではない。


 薫が誠の胸により掛かるように、誠の腕の中に入って、銃口を構える。まるで、誠の腕が銃身になった様だ。


「ほぉ? だが、何をしようと、ワシのファンカデリックの幸運は砕けんよ」


 占い師の、勝ち誇った顔。それを見て、誠はかなり腹が立った。負けず嫌いで、プライドが高い。その顔は俺がするものだ、と。


「ターゲット、ロックオン」


 薫の言葉に、ニヤリと誠が笑った。


「チャージ完了!」


 誠の手と手の間に、電気が走った。スタンガンのトリガーを引いた時のように。

 ズドン、と、ボクサーがサンドバックを叩いたような音と同時に、薫のラヴィアン・ローズから弾丸が発射。そしてそれは、誠が作った電力のレールが作った磁界を突き抜け、圧倒的な加速と貫通力を持って、占い師へとまっすぐ、閃光を纏って飛んだ。


「だっ、駄目です! 薫さん!」


 音速コエ光速タマに届かない。


 はずみがそう叫んだ時、すでに弾丸は発射されていた。すでに、占い師を守る幸運が、占い師と誠たちの間に人の壁を作っていた。


 はずみは知っている。弾丸は、ちょっとした事で起動を変えてしまう事を。体内に入った弾丸は、堅い骨はもちろん、柔らかい内臓に当たっただけで、その軌道は予測がつかなくなる事を。


 当たる事はいい。ラヴィアン・ローズは一発の弾丸で破壊するのなら、何をどれだけ壊しても巻き戻して治せる。


 問題は、人の壁に阻まれ、軌道が読めなくなること。そんなもの、間違いなく当たらない。軌道が読めないと言っても、まっすぐ飛ばない事だけは読める。


「いや、駄目じゃないよ、はずみちゃん」


 薫がラヴィアン・ローズをその手から消した瞬間、人混みは阿鼻叫喚の渦となった。当然である。巻き込まれた人間五人ほどが死んだり、もう少しで死にそうだったり、そういう銃創を負っていた。


 もっと先を見ると、占い師までも、肩に傷を負って、気絶していた。


「あっ、あれ……? なんで、だって、え?」

「あたしと誠の協力技、名付けて『スーパー・シューター』ま、簡単に言うと、レールガンってやつ。その貫通力、スピード、共にラヴィアン・ローズとは桁違い。だから人が何人いようと、突っ切ってターゲットを狙える」


 スーパー・シューターの説明など、誠には不要。だから、混乱している人混みを走り抜け、占い師の元に駆け寄って、彼の手と足を蝋で拘束してから、まるで山賊が村娘を拉致するときのように肩車して担ぎ上げる。


「おいお前らっ! とっとと引き上げんぞ!」


 そう、現在、誠と薫は十人近くを射殺したばかりの殺人犯。驚きから、誰もがとっさには動けず、誠たちの動向を見守ったり、悲鳴を上げて逃げたりしていた。


 はずみは誠と薫を見る比重が多いので誤解していたが、もともと医療都市にいる患者達は、ただ異能力を持っているだけの一般人。こんな状況で、落ち着いているはずみの方がおかしいくらいだ。


「はいはい、っと。ラヴィアン・ローズー」


 弾丸を巻き戻し、破壊を治す。

 すると、薫に撃ち抜かれた人々の傷口が血を吸い取って治り、弾丸が銃口に飲み込まれ、破壊はなかったことになった。


「お騒がせしましたぁー」


 ぺこりと頭を下げ、はずみの手を取り、走っていく誠の後を追いかける薫。

 一体それがなんだったのか、その場にわかる人間は残っていなかった。

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