『ファンカデリック』

『ファンカデリック』①

 誠の朝は、開かれたカーテンから差し込んでくる朝日と共に、薫からの罵倒を浴びることで始まる。


 体を揺すられ、顔を照らす朝日で目を覚ますと、目の前にはイラついた表情の薫がいた。


 今日は平日なので、彼女は高校の制服である灰色のブレザーを着ていた。胸元の赤いリボンが目を引く制服だ。


「おい、起きろちゃらんぽらん。お前が今日は早く起こしてくれって言い出したんだぞ」

「んー……俺、なんか言ったっけぇ……?」

「はずみちゃんの護衛だっ! ったく、お前、どうしてこうも朝が弱いんだか……」


 のそのそと、冬眠明けの熊みたいな動作で起き上がり、誠は自分の寝間着を乱暴に脱ぎ捨てていく。


「それじゃ、誠。とっとと着替えて、顔洗って、飯食え」

「あい……」


 ぼやけた頭で、クローゼットから制服のブレザーを取って、着替える。いつも通りの朝、である。

 顔を洗って、身支度を整え、リビングへ向かうと、薫がテーブルに座して、朝食を前に座っていた。


「味噌汁が冷める前には、間に合ったね」

「いつもすまねえなあ、薫」

「おとっつぁん、それは言わない約束よ」


 なんだそのキャラ、とツッコミを入れながら、誠もテーブルに腰を下ろす。目の前には、昨晩の残りである豚肉とごぼうの和え物、納豆、たくあん、豆腐の味噌汁に白米が並んでいた。


「いただきます」

「いただきまーす」


 二人は手を合わせて、同時に味噌汁を口にする。


「相変わらず、薫の飯は美味えなぁー」

「たまには誠が作ってみたらどう」

「俺の家事下手知ってんだろぉ。それでもいいなら作ってもいいが、残さず食えよ?」

「約束はしない」


 誠は、牛肉とごぼうを白米の上に乗せ、かきこみ、咀嚼しながら「そういやよぉ」と、話し始めた


「口に物入れたまま喋るな」

「んぐっ……。昨日、お前らと別れた後の話、はずみも居たからしてなかったと思ってよ」

「あぁ……イデア患者、倒したんだっけ? 真子さんからの依頼の」


 昨日、真子と別れた後、誠は二人と合流して、用事が済んだことを伝え、はずみを学生寮まで送り、そのまま帰宅したのだ。


「そう。んで、真子さんから、ちょいと気になる話聞いてよぉー。キケロのイデア患者が、何人か脱獄したっつーよぉ」

「キケロ、の? ――誠は、そいつらの誰かが、はずみちゃんを殺すと思ってるの?」

「そう。だってよぉ、凶悪犯だぜ。可能性はでかい」

「……それで?」


 今後の方向性、について、薫は言葉少なく質問を投げかけた。


「つまり、だ。はずみを護衛しつつ、こっちから先手を打つ。誰がはずみを殺そうとしても、先に殴っちまえば、もう殺せねえだろ?」

「いいんじゃない? 誠の方針に従うよ」

「決まりだなぁ。うっし! んじゃあ、さっそく今日から」

「今日から探すのは無理じゃない?」

「は? なんで」

「今日、定期検診」

「……そうだっけ」


 頷く薫。

 昨日、真子さんそんなこと言ってなかったじゃねえか、と、誠は真子のいい加減さに呆れた。



  ■



「定期検診、って、なんですか?」


 高校が終わってすぐ、誠に薫、そしてはずみを加えた三人は、バスに乗っていた。


 一番後ろの席に三人で並んで座り、真子の職場へ向かっているのだが、そんな中、一番窓際に座って、医療都市の風景を眺めていたはずみが、ふっと二人に振り返って、そんな事を訊いてきた。


「あぁ、はずみはまだ来たばっかだから、定期検診してねえのか。っつーか、任意発動できねえミス・ムーンでどうやってやんのか、っつー話でもあるんだけどよぉ」

「一応、あたし達は病人だから、担当医に月一でイデアを見てもらうのが決まりになってるの」

「へえ……。でも、イデアって、死んだりするような病気じゃないんですよね? 進行とか――」

「するぞ」


 誠はそう言って、眉間をポリポリと掻き、言おうか言わまいかと迷って、結局言う事にした。


「俺の『ザ・キラー』も、使いまくったからよぉ、大分進行――成長したし」

「成長、ですか」


 そう言って、はずみは自らの手を見た。ミス・ムーンも成長するのかな、などと考えているのだろう。


「あぁ。変だと思わなかったのかぁ? 燃料ってのはよー、燃やしてそこからエネルギーを取り出すもんであって、電気ってのは、その結果だろ」

「そういえば、そうですね……」


 はずみは、ミス・ムーンから知った情報をそのまま鵜呑みにしていたので、誠の能力の事を深く考えていなかったのだ。――と、いうより、今まで日常で過ごしてきたはずみが、いきなり『この人の異能力、説明がおかしい』という発想を持てという方が難しいが。


「イデアも成長する。使えば使うだけな。俺のザ・キラーだって、最初はガソリンしか出せなかったんだがよぉー……。使ってく内に、蝋、ガス、と増えていってな。んで、最近気づいた応用があるわけよ。カロリーから変換した燃料を、体内でまた変換――燃やして、そこから発生したエネルギーを発電に使えねえか、と思ってな」

「……はい?」


 この人は何を言ってるんだろう、バカなのかな?


 そう言いたげな視線だった。明らかに誠の知能が自分よりも下がった、とでも思っているような。


 被害妄想染みた発想だったが、誠は、それでもはずみの頬を軽く抓った。


「いっ、いひゃいでふ、まこほひゃん」

「なんか冗談みたいだけどね、こういうケース、結構あるんだよ」


 と、機嫌を損ね、説明する気も失せた誠の代わりに、口を挟む薫。


「なんていうのかな……。自分はこうありたい、だからこうある。っていう強い決意と、それを行える理屈が頭の中で生まれると、稀にイデアは成長するの」

「へえ……。じゃあ、薫さんのイデアも、成長したんですか?」

「うん。最初はホント、普通の銃と変わらなかったけど、いろいろと応用が効くようになったよ」

「それじゃあ、イデアって、鍛えるといろいろできるようになるんですね」

「デメリットも、当然あるけどね」

「デメリット、ですか」


「人格汚染が進んだり、能力の発動に代償を支払う羽目になったり、発動条件が追加されたり、なぁ。成長が大きいほど、その傾向が強い。まぁー……イデアは死ぬような病気じゃねえが、そういう意味で言えば、死ぬ以外の怖いことが訪れる病気、なのかもなぁー……」


 はずみは、その言葉を聞いて「それは――そう、ですね……」と、しょぼくれた表情で俯いてしまう。


 イデアに目覚めなければ、彼女は殺される予言なんて聞かなかったし、そもそも、殺される未来なんてものは生まれる事はなかった。


「まぁ、そう心配すんなよなぁー。俺がお前を絶対守ってやっからよぉー」


 はずみの肩をポンポンと何度か叩いて「けけけけ」と笑う誠。

 そんな誠が彼女にどう映ったのか、少し顔を赤くしながら、はずみは誠を見つめていた。


「やれやれ……。あたしのアシストあってこそ、だというのに」


 ふぅ、とわざとらしくため息を吐き、薫は肩を竦め、少しだけ腰を浮かせ、誠へ体を寄せた。

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