『シャドウズ・フォール』③

一瞬、目の前がチカっと白く染まった。


 だが、気絶はしていない。致命打でもない。


 誠の頭を、白いヘルメットのような物が覆っていたから。


 今までの被害者が後頭部を殴られて襲われているのだ。だからこそ、後頭部のガードを行っておくのは当然。


 その白いヘルメットは、蝋。自分を引きずり込んだ者の気配が消えた瞬間、誠がザ・キラーで出した物。


「ちっ。上手く行き過ぎてよぉ、逆に不味いって状態だなぁー……」


 自分がターゲットになったら倒せばいい、それで話が済む。


 それが理想形だったのだが、理想的な形すぎて、驚いてしまいそれに対応するのが遅れた。今、まさにそんな状態だった。


「よぉッ! 誰だか知らねえが、強盗のイデア患者さんよぉ。テメー、害性存在者制圧部隊に目ぇつけられてるぜ。俺ぁ、そこから依頼されてきた探偵だ。俺に捕まっといた方が、まだ楽だと思うぜぇー」


 だが、それは派手な独り言みたいに、静寂を呼んだだけだった。


 もしかして、逃げたのだろうか。


 強盗なら、最初の一手をミスした段階で、逃げてもおかしくはない。


 誠は、一歩一歩、じっくり下がって路地裏から出ようとする。が、背後から何かで切り裂かれ、背中の皮膚が切れ、ブシュッと、まるで小籠包を割いて肉汁が出るみたいに、血が吹き出した。


「ぐ……ッ!? に、逃がすつもりはねえって事かよ……!」


 その傷口を蝋で塞ぐ。これで出血だけは止まる。当然、後で治療が必要な、応急処置だが。


「テメェー……。このジャケット、お気に入りなのによぉー……。ぜってぇ弁償してもらうからなぁー」


 誠は再び、ゆっくりと、今度は路地の奥へ向かって歩き出した。


 周囲を警戒しながら、考える。一体、相手の症状がなんなのかを。

 この状況で疑問に思うのは二つ。


 一つ、なぜ相手はこの路地裏にターゲットを引きずり込んだのか。

 二つ、なぜ必ず背後を取られるのか、である。


 これさえ解決すれば、自ずと能力の正体が見えてくる。

 だが、防御手段は考えてある。


 それは、壁に背をつけることだ。必ず背後から攻撃をされるというのなら、背中を隠せばいい。


 単純だが、いい手だと誠は思った。

 思ったのだが、また背中が裂けた。


「いってえッ!? なっ、なんでだぁ!?」


 誠は、先程まで自分が背をつけていた壁を見る。誠の血の跡が残っているだけで、他にはなんの変哲もない。


 傷をまた蝋で塞ぎ、舌打ち。


「壁にゃあなんにもねえ……」


 思った以上に、厄介なかもしれない。


 症状の正体が見えないが、きっと条件がハマったからここまで苦戦しているのだと、誠の中に確信としてあった。強いのなら、強盗なんてケチな事をやってないで、もっと大胆な犯罪に手を染めてもいいはずだ。


 きっと、この路地裏が最も力を発揮できる場所だからこそ、わざわざ引きずり込んでいたに違いない。


 もう症状の正体を知るピースは揃っている。


(壁の透過――は、違うか。別に、壁の透過ならここじゃなくてもいい。ここの特徴は……)


 ここは、医療都市では珍しい、少し高いビルの隙間だ。


 事件が起こるのは四時から五時、夕方。


 そうなると、どうなる? さっき見た路地裏と何が変わる?


 先程あった木漏れ日のような日差しがなくなり、より薄暗くなっている。


 ――その薄暗さが欲しかったのか?


 誠は、あっ、と声を漏らした。


「わかったぜ、テメエの症状がよぉー」


 誠は、近くにあったポリバケツを蹴っ飛ばした。先程覗いた際に見つけた、大量の紙ゴミが入ったポリバケツである。


 地面に散らばった紙を、蝋で固着させ、それにガソリンをぶっかけた。


「テメェの症状、これで封じるぜ」


 指先から噴出したガスに、小さく電気を流し、まるでバーナーの様に噴出させ、ゴミに火を点けた。

 大火力は、まるでキャンプファイヤーのように薄暗い路地裏を照らした。

 そこにあった影をかき消すように。


「うっばぁぁぁぁッ!!」


 壁から、人が飛び出してきた。

 ゴロゴロと地面を転がり、這いつくばって、恨めしそうに誠を見つめていた。


「テメェー……喫茶店のウェイターじゃねえか」


 その正体は、誠達を接客した、真面目そうなウェイターだった。


「お、俺の、シャドウズ・フォールが……」

「へえ、それ、シャドウズ・フォールってのかよ。影の中に潜み、影を操る能力、まさにそのままって名前だなぁ」


 喋ってもいない症状がバレていることに、ウェイターは目を見開いて驚いていた。


「なっ、なんで……」


「お前なぁ、さっき言ったろ。俺ぁある程度、お前の犯行を調べたんだよ。犯行時間が四時から五時なのは、影がここに満ちる時間帯だからだろ? さっき見た時は、結構光が差してたしよぉ。一時間のバラつきは、休憩の時間か? 昼飯時からおやつの時間は、喫茶店も忙しい時間だろうからな。影なら、必ず背後が取れるし、壁に背をくっつけても、刃かなにかにした影で切れる」


「……確かに、その通りだよ。休憩時間に、ちょっとした副業、ってわけさ」


 ウェイターは、立ち上がって、忌々しげに誠を睨みつけ、そして、履いていた紫色をしたスニーカーのつま先で、地面をトントン叩くと、足元の影が針の様に伸び、誠へ突っ込んできた。


「しゃらくせえッ!」


 誠が地面をバットで叩くと、地面から大きな蝋の壁が伸び、その影の針を防いだ。


「ほぉー、スニーカーが患部エイドスってわけか」


 ドロリと蝋が溶け、再び、誠とウェイターが対面した。


「なんで俺を狙った?」

「あんたの財布、結構金入ってたし、かわいい女の子二人も連れてて、ムカついたからだよ」

「クソみたいな理由だな……」


 誠は、道端に落ちているツバでも見るみたいに、呆れた表情をしていた。そういえば、レジもこいつだったな、と思い出しながら。


「顔見られたからには……。殺すしかない……。時間は、稼げたしな」


 先程誠が点けた火は、ガソリンをかけた為に、急速に鎮火していった。


「もうゴミはねえ! 俺の影、防がせねえぞ!!」


 ずぶずぶと、地面――影に潜り込んでいくウェイター。


「テメェ、すこぶる馬鹿だな。お前みたいな搦手のタイプはよぉー、症状バレたら終いなんだよ」


 誠は、スマホを取り出し、カメラでシャッターを焚いた。

 スマホのフラッシュは、結構な範囲の影を飛ばせる。

 だから、一瞬とはいえウェイターが潜った地点の影が飛び、ウェイターは地面から弾き飛ばされた。


「うおっ!?」

「ゴミを燃やしたのは、話をしたかったから、ちょいと長い時間、影を消しとく為だよ。お前の症状、影が飛ばされりゃ、効果の程もリセットされる見てえだなぁ」


 バットを引きずりながら、ゆっくりとウェイターに歩み寄る誠。


「ひっ、ひぃ……っ! ごっ、ごめんなさい! じっ、自首するっ! 自首するから、許してください!」

「――そいつぁよぉ、もっと早く言うべきだったな」


 誠は、ジャケットを脱いで、裂けて血まみれになった背中を見せつけた。


「このジャケット、かっこいいだろ? 結構高いんだぜ。三万くらいしてよ。シュッとしたセクシーなシルエットで、お気に入りだったんだがよぉー……」


 目の前に立つと、そのジャケットを背後に放り投げ、ウェイターを見下した。


「俺がお気に入りの服を着てる時に襲ったのがよぉ、お前の運の尽きだったな」


 誠のバットが、一方向からガスを噴射し、そのガスに点火されることで、推進力を得る。


「代金は、テメエの鼻だ」


 まるで大リーガーを思わせる一本足打法。

 しかし、スウィングスピードはマッハジェットの如く。

 思い切りのいいアッパースウィングで、ウェイターの顔面を撃ち抜いた。

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