『シャドウズ・フォール』②

高城誠には、喫茶店の独特なこだわりがある。


まず、煙草を吸えなくてはならない。コーヒーを飲むのだから、煙草がセットでなくてはならない。


「いらっしゃいませ。三名様ですか?」


 ウェイターがやってきて、三人に会釈しながら、営業スマイルを見せた。七三分けに太眉という、真面目そうな男。


「喫煙席、ある?」

「はい、ございますよ。こちらです」


 第一条件はクリア。

 喫煙席に通され、誠達はメニューを開く。


「さっき高城さんがいっぱい食べてたの見て、なんだかお腹空いた気がしてきましたね」


 はずみは、隣に座る薫に、メニューを見せながら、何かを指差し「これ半分にして食べませんか?」と楽しそうに話しかけていた。


 なんだか仲良くなったな、と、誠は考えながらも、目的の物を探す。喫茶店に来たら、ナポリタンかカレーを食べる。それが彼のルールだ。


 誠はこっそりと、カロリーを消費する為に、メニューを掴んでいない人差し指の先端を燃やしながら、どっちにすべきか周囲を見た。


 誰か頼んでいる人がいないかと思ったのだが、周囲に一人、カレーを頼んでいる人がいた。茶色と黄色の境目のような絶妙な色合い。辛いんだか甘いんだかわからないあの色、誠の心を鷲掴みにした。


「いいねえ……。期待値高いぜぇー」

「誠も決まったみたいだね」


 薫が手を上げ「すいませーん」と、先程のウェイターを呼んだ。


「はーい、ただいまー」


 ハンディ(注文を記録する機械)を構え、小走りでやってきたウェイター。


「すいません、えっと、コーヒーを……」ちらりと、薫が誠を見たので、誠は頷いた。「三つと、フルーツサンド一つ」


「んで、俺がカレーね。コーヒーは俺だけ食後で。あ、スティックシュガー三本も」


 それらをハンディに打ち込み「かしこまりました」と、頭を下げ、三人から離れようとするウェイター。だが、思い出したように誠が「あっ」と声を漏らしたので、立ち止まった。


「どうかなさいました?」

「いやよぉ、訊きたいことがあったの忘れてたんスよ。ここで働いてんならよぉ、横の路地で起こってる事件、何か知ってるんじゃねえスか?」

「じっ、事件、ですか?」


 ウェイターは少しうろたえたように、三人を見た。どういう視線なのか、誠はわからなかったが、男は「最近、物騒ですからね。早く終わってくれないかと思ってるんですけど、私、起こる時業務中なもので……」


「なんだ、そうなんすか。じゃあ、強盗ってことくらいしか知らない、って事っすねぇー」

「えぇ……。お役に立てなくてすいません」


 ウェイターは、今度こそ、頭を下げて席から離れていた。


「ま、そう上手くは行かねえって事だわなぁ」

「そりゃあね。次は上の階、隣のビルと事情聴取行ってみる?」

「隣のビルってのはいいかもなぁ。上の階はあんま、期待できねえと思うし」

「ん」

「なんかプロっぽいですねー……」


 そんな会話をしながら、三人は各々が注文したものを待ち、談笑してまた距離を縮め、料理が来ても、普通の高校生みたいな会話をした。


 イデア患者になり、医療都市にやってくると、結構な割合で普通が恋しくなる。誠や薫のように、幼い頃から医療都市にいればその例から漏れるが、はずみのように、常識が形成されてから医療都市にやってくると、まるで漫画の世界に来たようだという感想がよく出てくる。


 だから、誠と薫にとっては、今外がどういう風になっているか(ニュースなどで見る大局的な物ではなく)を知れるいい機会であり、はずみにとっては、これからしばらく暮らしていく医療都市の常識を知れるいい機会であった。


「んー……っ。まずくもなく美味くもない、辛いんだか甘いんだかわからねえ。これが喫茶店のカレーだよなぁ」


 誠はそう言って、満足気に頷いた。


「よくわからないこだわりですね……」

「こういうのが、めんどくさい男、ってのよ」


 はずみと薫の女子トークに、誠は「アホ抜かせ。違いがわかる男なんだよ」と、一足先にレジへ向かった。誰の財布から支払いされると思ってんだ、と毒づきながら。



 店の前に出ると、誠は「んじゃあ、薫達は聞き込みと、他の路地裏探し頼むわ。ここだけで起こるとは限らねえしよぉ」と言って、あくびをした。たっぷり食べたからか、まぶたが重たくなってきているのだ。


「俺ぁ一人で、情報屋のとこ行ってみっからよぉ」

「情報屋!? なんかすごい探偵っぽい!」


 なにかフィクションの名探偵でも思い出しているのか、目を輝かせて誠を見つめる。

 それを鬱陶しそうに躱しながら「んじゃ、こいつの世話、頼んだぜ」と、薫の肩を叩いた。


「世話って、親戚の子供みたいな言い草ですね……」

「わかった。この子の世話は任せて」


 と言って、薫はまさに親戚の子供みたいに、はずみの手を引いて、街の雑踏へ消えていった。


 誠が薫にはずみを任せたのは、同性ならばトイレの中までついていけるから守りやすいという点と、これから行こうと思っていた情報屋の場所が、普通の少女には少し刺激が強いと思ったからだ。


「やれやれ……」


 誠は、久しぶりに一人になったような気持ちになって、少しスッとした。誰かと一緒にいるのが嫌いというわけではないが、一人の時間は大切だ。


 情報屋のところへ行く前に、どこかへ寄り道しようかと歩き出し、事件のあった路地裏を通り過ぎた瞬間だった。


 背後から、誰かに腕を捕まれ、引きずり込まれたのは。


「うおっ!?」

 いきなりの事だったので、誠は大した抵抗もできず、路地裏に引っ張り込まれてしまった。

「だっ、誰だコラァッ!!」


 周囲を見るも、誰も居ない。


 真子からあった情報と、まったく一緒の状態である。まさか本当に自分を狙ってくるとは思わなかった誠は、舌打ちをした。


 逃げるか、それを考えたが、少なくとも逃げるなら、相手の症状を推察できる材料を少しでも得てから逃げたい。


 そんな風に迷っている内、まったく意識を集中させていなかった誠は、鉄火場に身を置いているという自覚がまったくなかった。


 だからこそ、調べていたにもかかわらず、いきなり後頭部を殴られてしまったのだ。

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