『シャドウズ・フォール』
『シャドウズ・フォール』①
「依頼かよぉ? だったら断ろうかなぁ」
気だるそうに、スマホを取り、画面を見る。ザ・キラーはカロリーを消費するという仕様上、一日に多様するのは、できないわけではないが、その度に食事を取ったりしないと、イデアの使用もできない上、度が過ぎると餓死してしまうのだ。
だから、イデアを使う可能性があるのなら断ろうと思ったのだが、画面を見た瞬間、誠の顔が曇った。
「げっ……」
それを見て、薫には電話の相手がわかったらしく「あーあ。仕事確定」と、ココアを啜った。
「はい、誠……」
あからさまにテンションの下がった誠の声。それを聞いて、電話の相手はご立腹らしく、誠は慌てて
「べっ、別に嫌ってわけじゃあないッスよぉ。ただ、一個荒事を片付けてきたばっかだから、ザ・キラーの充電してたとこだったってだけでぇ。――えっ、あ、いや、偶然居合わせたってだけっすよ……。は? あぁ……、そこまで知られてるってわけっすねー……。わかりました、受けますよ、受けます……」
通話を切り、深い溜め息を吐いて、誠は急いで食事をかきこみ始めた。
「……電話の相手、誰だったんですか?」
「多分、あたしと誠の担当医、
頷きはするが、言葉は発さず、食事に夢中な誠。
「また、人手が足りないからって、害性患者の駆除でも頼まれた?」
「あぁ……。しかも、今回は事件現場の情報しかないらしい」
いつの間に、食べ終わっていた誠は、煙草を点けた。
「まだ前科持ちじゃねえのかもなぁ……。前科持ちなら、症状がわかって楽なんだけどよぉ」
「愚痴っても仕方ない。行こう」
一足早く立ち上がった薫、そして、それに着いていくはずみ。これからまた荒事があるかもしれないと考えると、立ち上がるのが面倒だった。別に荒事は嫌いじゃないが、一日に何度もするほど好きではない。
だが、小松真子の言いつけを無視しても、彼にプラスはない。
煙草の火を消して立ち上がり、二人を負った。
■
小松真子から捕らえてほしいと依頼があったイデア患者は、簡単に言えば、強盗である。
通行人を路地裏に引きずり込み、イデアで攻撃して金品を奪い、用が済むと表通りに放り出す。だが、ここで不思議なのは、被害者が犯人の姿を見ていない事である。
数人の被害者がいるのだが、全員が共通して『引きずり込まれるところまでは、多分人の手だったと思うが、路地裏に入ってすぐ、犯人の姿が消えて、いきなり背後から殴られた』と証言しているのだとか。
それは単に背後から殴られただけじゃないのか? と、誠が質問をすると、それは違うと小松真子は言った。
『気配すらなかったらしいわよぉ? 殴られる前に、周囲を見渡したりもしたらしいしぃ』
つまり、誰かに引き込まれたのに、その誰かが消え、なにもない場所で殴られたような衝撃を与えられ、財布を奪われる、という事だ。
「――で、ここがその現場らしいんだが」
誠は、その路地裏の前に立ち、奥まで見通した。雑多な繁華街、周囲には人通りがある中、なんだか裏の世界へ連れて行かれそうな路地は、人一人がやっと通れるだろう程度の幅しかなく、医療都市には珍しく高い建物に挟まれている為、昼間でも影が差していて薄暗い。
と、言っても、木漏れ日のように、まだ少しばかり日が差しているが。
「他の似たような路地でも事件が起きてるらしいけど、最初に起きて、その後も頻発してるんだと」
「……こうして路地の前に立ってると、危ないんじゃないですか?」
はずみは、薫の後ろに隠れ、恐る恐る路地を覗き込んでいる。誠は、そんな彼女に唇を釣り上げるだけの簡素な笑みを見せた。
「複数人でいるし、大丈夫だろ。真子さんの話がマジならよぉ、引きずり込むとこまでは人の手でやってんだと思うぜ。ってことは、顔を見られる可能性もある。それにこの街は、住人の八割がイデア使い。複数人を相手取るようなリスク背負うかよ」
だから、自分の症状は宣伝するべきじゃないんだよ、と、誠は小さく、はずみの耳元で囁いた。自分の症状が戦闘向きでないとバレることは、こういった犯罪のカモにされやすくなる、ということだ。
――とくに、はずみのようなイデアは、いいカモだ。自分では有効に扱えないのに、悪用する手段はいくらでもある。任意発動できれば、自分の危機を、身に迫る危険を、いつでも知らせられるのに、それもできない。
死ぬ可能性がある、というのなら、おそらくはオートで知らせてくれるのだろうが、この世には死以外の危険がいくらでもある。
恐ろしい力でありながら、しかし、誠が出会ってきた中で最弱のイデアでもある。だから、誠は守ってやろうと思ったのだが。
「……薫」
誠は、自分の尻ポケットから長財布を取り出して、薫に放り投げた。
「えっ、え? 誠さん、どうするんですか」
「リスク背負わねえ、なんて言ったがよぉー。それじゃあ困んだよなぁ。俺ぁ、真子さんにとっ捕まえろって言われてんだからよぉ」
「誠一人で様子見に行くんでしょ。で、仮に現れても財布取られないよう、あたしに預けた。違う?」
「正解。さすが、薫ちゃんは俺の唯一の相棒だぜ」
行ってくる、と、彼女らに背を向けて、軽く手を振った。
路地に足を踏み入れると、誠は周囲を観察した。
なんてことはない、横のビルにある喫茶店と、オフィスから出たのだろうゴミが詰め込まれているポリバケツがあった。
この中に入って隠れていたのか? と考え、開けてみるも、人が入れるような隙間はない。時間帯によって違うのだろうか?
誠はスマホを抜いて、リダイヤルで真子にかけた。
何回かのコールで、繋がった。
『もしもし? どした誠』
電話の向こうから、奥に甘さを匂わせるような、酒焼けしたような大人の声が聞こえてくる。彼女が誠と薫の保護者役である小松真子だ。
「いま現場にいるんスけど、相手の症状を推理しとこうかなぁと思って。真子さん、ちょっと質問答えてもらっていいスか?」
『私も今、忙しいのよぉ。なんの為に誠に頼んだんだか』
「時短だと思ってくだサいよ。つか、何が忙しいンすか」
『機密事項だから、まだ内緒。誠達の手が必要なら言うから』
「そうならない事を祈ってまス」
誠は周囲を見渡し、地形を把握する。
「事件が起こったのって、この路地だけなんスか?」
電話の向こうから、カサカサと紙を捲るような音がする。
『そこだけね……』
「時間帯は?」
『だいたい、四時から五時くらいまでね』
誠は腕時計で確認する。まだ少し早い時間だ。
「ターゲットの共通点は?」
『そうね、女性が多いかなぁ。一応、男性も何人かやられてるけど』
「そこだけ聞くと、典型的な強盗犯みてぇだなぁー」
電話をしながらも、ふと上を見た時、少し気になる部分を見つけた。それは、右の外壁、それも、誠が手を伸ばして、やっと届くだろうという位置に、赤いシミがついていた。
「……ん?」
近くのゴミ箱をもってきて、それに乗り、近くでそのシミを観察する。乾いていて、匂いもしないので、確信はできないが、血の様に見えた。
「なんでこんな位置に血があんのかな……」
『なんか見つけた?』
「ん、あぁ……。ビルの外壁、喫茶店側の、地面から二メートルくらいの位置か? 血の跡がある」
『血の跡? なにそれ』
「おいおい、
『そこは詳しく調べてないのよ。まぁー、小さい事件だからね』
ってことは、もっと大きな事件を追ってるってのか?
言おうとしたが、これは有効なカードだと思った誠は、もっと効果的な場面でカードを切るべく、言うのをやめた。
「とりあえず、調べるべき事は調べた、かなぁ……。サンキュー、真子さん。また今度」
電話を切り、襲ってくる気配が無いことを確認して、誠は一旦路地裏から出た。
「あれ、なんもなかったんだ」
薫がなんでもなさそうに言って、誠に財布を投げ返した。
「あぁ。野郎が現れるまで、まだちょいと時間がある見てえだなぁ。それに、ここに現れるとも限らねえしよぉ」
誠は、さてどうしよう、と、薫を見た。
「今日何度目だ、ってなるけど、またお茶して時間潰して、現場候補を二手に分かれて探すしか、ないんじゃない。それに、隣の喫茶店なら、常連や従業員が、事件目撃してるかもしれないし」
「そうだなぁ……。もうカロリーは充分だが……」
仕方ない、誠はそう呟いて、はずみを見た。
「あっ、はい、大丈夫です」
依頼人の許可も出たし、と、誠が先陣を切り、事件現場の隣にある喫茶店『フレディ』へと足を向けた。
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