『ガードマン』

 銀行から走って飛び出した三人は、近くの繁華街を並んで歩いていた。バイクを忘れかけ、慌てるということもあったが、とりあえず、銀行内に居た人間に正体がバレるということはなかったはずである。


「ひーっ、やれやれ……。ザ・キラー使った直後に、できるだけ動きたくねえってのによぉー」


 バイクを杖代わりにするよう歩きながら、疲れた表情をする誠。


「最後の一撃、最大出力にする事なかったのに」


 誠が押すバイクに、悪びれもせず跨っている薫。そんな二人の隣を、はずみが胸を押さえながら歩いていた。


「だってムカついたからよぉー。気持ちはスカッとしたが、腹までスカっとしちまったぜ」


 ザ・キラーは、その症状を使うのにカロリーを必要とする。だから、使えば使っただけ腹が減るし、体内に使えるカロリーがなくなれば、当然、イデアの発病すらできなくなる。


「なぁ、なんか食ってこうぜぇー。腹減っちまったよぉ」

「あたしパス。お昼ならさっき食べたし」

「わ、私も……食べちゃいましたし」

「食わなくてもいいから、付き合ってくれって。ファミレスとかでよぉ、俺が食ってる間、コーヒーでも飲んでりゃいいだろうが。……はずみに訊きたいこともあるしよぉー」

「き、訊きたい事、ですか?」


 頷く誠。

 依頼を受けるにあたり、どうしても確かめたいことがあったのだ。



  ■



 三人は、近くのファミレス、カンティアンへとやってきた。学生の財布事情にも優しい値段設定と、落ち着いた雰囲気が人気の店である。


 誠は入店してすぐ、笑顔をぶら下げてやってきたウェイターに喫煙席を要求して、三人は席へ腰を下ろした。


 水を持ってきたウェイターに、メニューを見る前から「チキン南蛮&ハンバーグのライスセット、あ、ライス大盛りね。それからこのストロベリーサンデーを食後に。あと、ドリンクバー三つ」と、誠が注文を終えると、胸のポケットから煙草を取り出し、ザ・キラーで指先から火を出し、着火した。


 そんな光景を、驚いた表情で、はずみが見つめていた。


「えっ、あれ……高城さん、未成年……?」

「あぁ、バリバリの一七歳、高校二年。同じクラスだから知ってんだろうが」

「未成年……」


 呟きながら、誠が咥えている煙草を睨むはずみ。先程の銀行強盗の件といい、正義感が強いのだろう。


「堅いこと言うなって。仕事の都合上、吸ってる方が都合いいことがあるしよぉ」


 むぅ、と小さく声を漏らしたはずみ。どうやら、それ以上何かを言うつもりはないらしい。


「――改めて言うぜ。俺達は、お前からの依頼を受けることにした。ミス・ムーンの未来予知、本物だとわかったしな」

「あっ、ありがとうございます」


 小さく、ぺこりと頭を下げるはずみ。


「だからこそ、深く突っ込んだ事、聞かせてもらうぜ。ミス・ムーンで、殺されると予言した。お前が、いつ、どうやって殺されるのか、そこんとこ聞かせてもらいたい」


 そう言うと、誠は灰皿に煙草の灰を落とした。


「……わからないんです」

「……わからない?」


 はずみは頷くと、自らの手を見つめた。


「私が殺される、と、ミス・ムーンは言いました。でも、本当にそれだけなんです。近い未来なのは、間違いないみたいなんですけど……」

「未来がわかる、って割には、万能ってわけではねえんだな」


 口には出さないが、むしろ誠は「そんな症状なら無い方がいいかもしれねえ」とさえ思っていた。殺されるとだけ言われて放り出されるのは、ただの脅しだ。自分の能力にそんな脅しをかけられ、大事な時に助けてくれないのでは、宝の持ち腐れである。


「はい……。医療都市に来た時、担当医から『あなたがその能力を使って、反社会的行動を取らないようになるまで、隔離することになります』なんて言われましたけど、正直、これで反社会的行動が取れるんなら、そのやり方を教えてほしいくらいですよぅ……」


 まったくだ、と、誠は納得して、吸い終わった煙草を灰皿に押し付け、火を消した。


「だったらやっぱり、できるだけあたし達と行動を共にするしかないね。同じ学校、クラスでよかった、といったところかな……」


 黙っていた薫がそう言って立ち上がり、「飲み物取ってくるよ、なにがいい」と二人に言った。


「コーヒー」

「メロンソーダでお願いします」

「ん」


 薫がドリンクバーに向かうのを横目に見ながら、誠は「なら、お前もこれから、俺の臨時の助手ってことで」

「あ、はい」

「できるだけ、俺か薫と行動を共にしてくれ。鉄火場に行かなくちゃいけない時は、勝手な行動を取らない事。いいな」


 いつもヘラヘラしている誠の、真剣そうな表情に、はずみは少し緊張してしまい、ゆっくりと頷いた。


「あとは連絡先の交換だな。俺と薫のだ」


 テーブルに置かれていたナプキンに、持っていたボールペンで、二人分の連絡先を書いて、はずみに渡した。


 はずみは、さっそくそれをスマホに入力し、試しにメッセージを送信。誠のスマホが震え、メッセージに「はずみです!」と書かれていたので、それを登録した。


「うっし。んじゃ、俺からは以上だ。堅い話は終わりだな」

「話終わったみたいだね」


 と、飲み物を持ってきた薫が、二人の前に飲み物を置いた。彼女が自分用に取ってきたもってきたのはココアらしい。


 そうしていると、ちょうど誠が頼んでいたチキン南蛮&ハンバーグのライスセットがやってきて、誠は嬉しそうに、ナイフとフォークを取って、手を合わせていただきますを唱えた。


「あっ、はずみちゃん、誠から私の連絡先、教えてもらったんだ」


 今までドリンクバーで飲み物を取っていたので、


「はい。何かあったら、すぐ連絡しますが……」

「気にしなくていいよ。何もなくても連絡していいし。もう友達でしょ」


 薫はそう言って、自分の持っていたココアのマグカップを、はずみのメロンソーダのグラスに小さく当てた。乾杯のサイン。まるでバーで女性をキザに口説いているようだった。


「かっ、風早さん……!」


 感激したように、目を潤ませて、はずみは薫の手を取った。


「薫、でいい。私、自分の苗字嫌いだから」

「そう、なんですか?」

「俺のことも、誠でいいぜ。俺も同じく、自分の苗字、好きじゃないし」

「はあ、そんなに言うなら。薫さんと、誠さんで」


 かちゃかちゃと、誠のフォークとナイフが食器に当たる音が響いていた。はずみが少食気味だから、というのもあるが、誠の食べっぷりは見ていて清々しくもあった。


「フォークとナイフだと、ライス食う時困ンだよなぁー」


 などと言いながら、少しおぼつかない手付きで、チキン南蛮に白米を追いかけさせる。


「かと言って箸だと、チキン南蛮が切れねえしよぉ」

「先に全部切っておいてから、箸に切り替えたら?」


 薫の言葉に、目を見開く誠。


「お前、天才かぁ? さすが俺の有能助手様だなぁ」


 そう言って、チキン南蛮とハンバーグを、うきうきとした表情で切り分けていく誠。子供みたいだ、と、はずみは思った。見た目はなんだかおっかないのに、変な人、と。


 誠は食事をしながら、はずみと薫は、そんな彼を交えながら、雑談をしていた。

 そんな時だ。

 誠のスマホが、着信音を鳴らし始めたのは。



 ■次回

    『シャドウズ・フォール』

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