私の助手が天災すぎる。

竜野 早志

短編

私は科学者である。


五歳の誕生日。プレゼントで貰ったジュール・ヴェルヌ作『海底2万マイル』を見て、私は科学の世界にどっぷりハマってしまった。


それからというもの、バカバカしい空想話を思いついては両親や友人達に話をしていた。その結果、私は周りからは常に変人扱いされ、孤立していた。


だがそんなものは私の苦ではなかった。

そのくらい私は科学に取りつかれていたのだ。


今まで科学に情熱を燃やし、様々な物を発明してきた。だがどれもこれも世間には評価はされず、地域新聞の一部に面白ご近所さんとして掲載される程度。

気づいたころには40年という長い月日がたっていた。


しかし、私は研究をやめることはなかった。


なぜなら今までの発明は、副産物に過ぎないからだ。

私の本命は別にある。


それだけを完成させるためだけに今まで研究してきたのだ。


それも今となっては、あと一歩。あと一歩で完成なのだ。

完成を夢見て私は今日も研究に没頭する。




「博士~! 水道橋博士~!」




バンっと騒々しくドアを開け広げ入ってきたのは私の助手だ。

ついこの間、高校を卒業をしたばかりの18才の女の子。


彼女の方に一瞬目を向けると、相変わらずの薄汚れた白衣を着ていて、ぼさぼさ頭に瓶底メガネ、化粧は全くしておらず年頃の女の子だというのに女っ気がまるでなかった。


顔立ちは整っている方だし、プロポーションも出るとこは出て……いや少しばかり出過ぎなくらい出ていて(特に胸が)、眼鏡をとって少し化粧すればアイドル顔負けの美人に化けるというのに実にもったいない。




「なんだ騒々しい。研究中は話しかけるなと何度も言っただろう……くっ……また失敗か……」




パソコンの画面に映し出されるのは、もう何度見たことかわからない赤い『Error』の5文字。


くそ……なぜだ。なぜ完成しない。理論は合ってるはずなのにいったい何が足りないというのだ。




「博士~大変なんですよ~」


「肩を揺らすな。手元が狂うだろ。何が大変なんだ……」




私の苦悩など気にも留めず、間の抜けた声で話しかけてくる助手に振り向くことはせず、もう一度システムを組み直す。




「なんとできたんですよ! 透明になる装置が!」




はぁ~コイツは困ったやつだ。


私がとてつもなく忙しいということをわかっていながら子供じみた嘘をついてくる。


どうせ来ないだろうと思いながら、気まぐれでおこなった【助手募集】でやってきたコイツを、胸が異様に大きかったという下心満載の理由で思わず助手に取ってしまった過去の私をぶん殴ってやりたい。




「なにバカなことを言っている。お前が研究始めたのは昨日だろ。たった1日で全男性の夢をお前が作れるわけないだろ。冗談はそのバカでかい胸だけにしておけ。つくならもっと独創的な嘘をつかないか。想像力は科学者の武器だぞ。そんなことより、ちょっとそこのコーヒーとってくれないか?」




「あ、博士ひど~い。嘘も何も本当にできたのに~! ……ほら! はかせぇ~こっち向いてくださいよ!」




まったくすぐ見破られる嘘に固執するなんてどれだけ子供なんだ……。


ちょうどいい。せっかく取った助手だ。しっかりとした助手を育てるために、この際一度厳しく叱っておくか。


システムを組みなおすのを一旦中断し、助手の方に振り返った。




「あのなぁ。いい加減にしろよ。これ以上騒ぐようならな研究所から追い出す…………」




そこには、さっきまで気配にあった助手の姿がなかった。


……いや正確には今も気配があるのだが姿が全く見えない。




「どうですか? はかせぇ~見えますか? ここですよ~わかりますか~」




おまけに、何もない所から声が聞こえる。


そして顔の目の前で手を振られてるような不快感が物凄い。


これはあれだ……そうだな。




「そうだった……あいつは先日死んだんだった……」


「博士! 私死んでない! 勝手に殺さないでくださいよ!」




ほ~らまた幻聴だ。どうやら私は研究のしすぎで疲れたらしい。


うん。今コーヒーが浮き出したのもぜーんぶ幻覚だ。さ、研究の続きやりますか。


もう一度パソコンの方を向き何事もなかったように研究を再開する。




「無視しないでください!」


「あびゃぁぁぁぁああああああああ!!」




背中にコーヒーをぶっかけられた。




「何すんだバカ野郎!!」




振り返ると、さっきまで姿がなかった助手が球体の機械を持ってそこにいた。


くっ……認めざるおえないのか。




「博士が無視するからですよ! ね! すごいでしょ! 偉大なことを成し遂げた助手を褒めてくださいよ! さぁ! 早く! 早く!」




くっそ~張るだけ胸を張りやがってもいでやろうか。


もいで、煮て、食ってやろうか。


こうなったら……。




「はぁ~わかった……それを見せてみろ。で、これどうやって使うんだ?」


「はい! まずですね、ここを持って……」




そう言って、ウキウキしながら球体の装置を渡してきたので。




「だらっしゃぁああああああああ!!!」




思いっきり床にたたきつけてやった。




「あぁぁぁぁぁぁ!!!! 何するんですかせっかく半日かけて作ったのに!」


「半日でこんなすごいもん作られてたまるかぁ――ッ!!!」




助手は半泣きになりながら、バラバラになった『元』透明になる装置をかき集める。




「ぐすん。ごめんねぇ~。博士が短気なばっかりに~。トメちゃんは何も悪くないよぉ~」


「名前付けてるのかよ……とにかく私は忙しいんだ。それ片づけたら静かにしてろよ」




集め終わった助手はそのまま近くのくずかごに入れ、手をパンパンと払い、隣の席に着く。


トメちゃん雑だな。名前つけてるのなら、もうちょっと弔ってやれよ。




「はぁ……何で博士はそんなに怒ってるんですか? 私には怒る理由がわかりません」




口を膨らませながら、こっちを真っすぐ見て訊ねてくる。


くっ……澄んだ目でこっち見やがって! コイツホントにわかってないのか……。




「あのねぇ、君……えっと……」


「サツキです!」


「そう!サツキ君! サツキ君は……ココの研究所に、いつ来たんだっけ?」


「昨日ですね!」


「だよね。間違ってないよね。君の名前もちゃんと覚えられてないもの。大丈夫だよね。記憶改竄装置とか作って記憶いじってないだろうね?」




サツキ君ならやりかねない。知らぬ間に作って試しているかもしれない。




「博士……記憶改竄装置とか何夢みたいなこと言ってるんですか。冗談きついです」


「おい、透明装置を作っといてどの口が言ってるんだ。塩酸頭からぶっかけるぞ」




コイツの作れる作れないの境界線は何なんだ。


なぜ私が冷めた目で見られなきゃならないのだ。




「あっ言いましたね! 博士がその気ならこっちはこの……」


「ちょっと待ったちょっと待った。悪かった。悪かったから動くんじゃない。まだ話は終わってないんだ。だからゆっくりとポケットから手を出して話を聞くんだ」




今、サツキ君のポケットから光線銃みたいのが一瞬チラッ見えたのは見なかったことにする。


これ以上コイツの未来的発明を見たら私は博士を余裕でやめてしまう自信がある。




「さぁて、話を戻すぞ。サツキ君が来たのは昨日だ。ちょっと思い出してみよう。昨日は何したかな?」




冷や汗ををかきながら本題に戻すと、顎に手を当てながら目を閉じて思い出すサツキ君。




「昨日ですか~? 昨日は……初日でしたから博士に挨拶して、研究室を見学させてもらって……」


「うんうん、それからそれから?」




ハッ!と手を合わせて思い出し。




「お昼になったって、博士に『休憩に入りな』と言われたので、ご飯食べながらタイムマシン作りましたね!」


「はいそこ――!! テレビ見る感覚でものスゴイ物作ったな!」




そう。サツキ君は昨日タイムマシンを作り上げたのである。


私の本命で40年かけて研究してきたタイムマシンを!!




「あっ! そういえばその時も博士、タマちゃんをすぐ壊しましたよね! 発狂しながら金槌で! いくらなんでも酷いですよぉ」


「ひどくなーい!! どっちかというと博士が被害者ですぅ! 博士が40年かけて作ってるものを、どこぞの小娘にお茶漬け感覚で作られたんだよ! そりゃタイムマシンの1つもぶっ壊しちゃうよ!」



サツキ君はマジだ。彼女は微塵も悪く思ってないのだ。


というか、あれも名前付いてたのか。ネコか。ネコかなんかなのか。




「……あのさ、初めての挨拶の時説明したよね。『私は40年タイムマシンを作っている。それも今、後1歩のところまで来ているからくれぐれも邪魔になるようなことはするな』って」


「邪魔なんてしてないじゃないですか~。むしろ貢献? じゃないですか?」


「違う違う違う! 断じて違う! 助手が作っちゃダメなの! 助手は博士の手伝いをするものなの! 助ける手って書いて助手なの! おわかり?!」


「あっでも安心してください! 私はあと一歩のところを作っただけですよ! 博士があと一歩まで作ったから作れたんです。 博士が作ったようなもんですよ!」




ニコッと可愛らしい顔で、さも自分は悪くないみたいな顔でこちらにブイサインを向けるサツキ君。


可愛くなかったらもう塩酸いってるとこだったぜぇ。アブねぇ。




「何を安心するんだ……そこがキモなんだよ。 長時間チャレンジした知恵の輪を解かれたというか、大事にとっておいたショートケーキのイチゴを取られたというか……とにかくそれはやっちゃいけない事なんだよ!」


「う~ん……博士の言ってることいまいちわからないです。私は博士のために~と思ってやったただけなのに……でもちゃんとできてましたよね?」


「できてたよ。半信半疑で使ってみたら、完全完璧全壁に何の非の打ちどころもなくできてたよ。自分の幼少期に会ってきて、全力でぶん殴ってきたからな。おかげで顎の変形と知らないおじさんに殴られたというトラウマ記憶ができたよ! ありがとねっ!」


「えへへ~どういたしましてぇ~」


「サツキ君。何一つ褒めてないよ」



サツキ君は何にもわかってない。


純粋なだけ。ただ純粋。それゆえにたちが悪すぎる。




「で、タイムマシンをぶっ壊した後、サツキ君は『次は何をすればいいですか?』って聞くから、放心状態で博士は言ったよ。『次、透明になる薬作って……』ってそれも半日で作っちゃったよ。もう博士、嫉妬だよ! 怒り通り越して嫉妬! もうサツキ君はいったい何者なんだ……タイムマシンもさ、今日1日考えても作り方全くわかんないしさ! いったいどうやって作ったんだ?  教えてくれ!」


「それが……わかんないです」




そう言って、頬をポリポリとかき苦笑いするサツキ君。




「わからないってなんだね。あれだろ。私をバカにしてるんだろ。嘲笑ってんだろ。あっ! わかったぞ! キサマは私をつぶしに来た未来人だな! 私が未来で歴史を揺るがすスゴイもの作るもんだから歴史を変えに来たんだろ! そうだ。それならつじつまが合うぞ! アハハ! 絶対そうだ! そうに違いない!」


「違いますよ~。私は正真正銘18年前のこの町で生まれたごく普通の女の子で、ほらこの保険証にも……博士なんで泣いてるんですか?」




もう、いっそそうであってくださいな! そうゆうことにしてくださいな! 

くっそ~! 純粋の化け物の前では、現実逃避もできやしねぇや!


それになんだ普通の女の子って。普通の女の子はタイムマシンも透明装置も作れるのか? 普通以下の博士、涙が止まらないよ。




「違うんです博士。泣かないでくださいよ! 私は博士を尊敬してここに来ました。私は博士のお力にはなりたい。ただ……どうしても私の語学力じゃ説明できないだけで……」


「じゃあさ、1から1つ1つ指示してくれない? この際博士、プライドは飲み込むよ。だからせめて私の手でタイムマシンを最後まで作らせてくれ」


「それもちょっと……1人じゃないと集中できなくて」


「じゃあもう独立しなさいよ! それができなきゃ私の先を行くんじゃない! この天才タイプめ!」




コイツはもう天才っていうか……もう私にとっては天災だよ。




「独立なんて絶対嫌です! 小さいころから水道橋博士はこの地域では有名な発明おじさんで、楽しそうだな、あんな風になりたいな、いつか水道橋博士の助手になりたい! ってずっと憧れてきたんですから! 博士のためなら何でもしますから! ここにいさせてくださいよぉ~!」




そう熱弁しながら白衣を引っ張り足にしがみついてくる。


はぁ~悪意はまったくないんだよなぁ。ただ天才なだけなんだよなぁ。




「あぁ~!! わかった! わかったから、白衣引っ張るのをやめなさい!」


「ホントですか!」


「あぁ本当だ。ただ条件がある。タイムマシンはもう諦めた。だから代わりに……私でもすぐできるすごい発明を一緒に考えてくれないか」


「なるほど~博士でもすぐ作れる発明ですかぁ~」




私が有名になるのは、まだだいぶ先のようだ。


いったい私の未来はどうなっているのだろうか?


あの時、タイムマシンで未来行って確認しておけばよかったな……。

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私の助手が天災すぎる。 竜野 早志 @tatunosoushi

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