八話

 冒険者機構の二階は食堂だ。階段を上がれば奥にお酒が並ぶカウンター席が見え、カウンターまでは丸テーブルとそれを囲む冒険者の姿がちらほら。

 冒険者の姿もバラバラで武具に防具とガチガチに装備を固めている人もいれば、休暇のように服だけで武器を持たない人もいる。武器を持っていないと言っても本当に持っていないかはわからないが。

 カウンターの横には上へと続く階段がある。


 俺たちは迷うことなくその階段を目指す。

 食堂はまだ朝早いが盛況な様子だ。朝ご飯を食べているのか忙しなくフロア中を行き交うウェイトレスに注文の声をかけている人が多い。フロア中を歩いている給仕は女性のウェイトレスだけだ。奥のカウンターにいる給仕は男性が多いから住み分けなのかな。

 しかし、中には、食事もせずになにやら人を待っている様子もちらほら。食事が来るのを待っているのかと思いきやそんな様子でもない。


「三階でしたよね」

「ああ」

「高い階層じゃなくてよかった。結構会談の段差が大きいんですよね。この建物」

「情けない」

「疲れるの嫌じゃないですか?」

「階段を軽く登った程度で疲れることが情けないんだよ」


 軽口を叩きながら階段を上って行く。大分二人の仲もよくなっている。上司神から与えられた使命は俺のみに対してのものだが、彼女たちの力がなければ果たすができないかもしれない。二人が仲良くなっていくのは喜ばしいことだ。しかし、彩花がこの世界に順応する速さは俺が思っているよりも早い。自然にメリチェイイの教えを身に着けている現状が現代日本に生きる女子からして普通のことなのか異常なことなのか気になっている。勇者補正と言えばそれっぽいが。落とし穴がなければいいのだが。

 階段自体には一昨日も上っている。資料室が三階にあるからだ。俺たちが階段を上っていたから少し注目を受けていたが特に問題ないと判断して無視した。階段を上っている人を見かけたらつい目で追ってしまうものね。いや、俺が狐の体に引かれて狐っぽくなっているわけではないはず。俺は右足を軽く舐めながらそんなことを思う。


「あ、ここ」


 第一会議室は見つけやすい場所にあった。第一と言うだけあって階段を上がってすぐだ。目の前といてもいい。

 俺は部屋の中に複数の気配を感じた。気配を隠そうとしている人は誰もいないから俺だけでなくメリチェイイも分かっているだろう。彩花も中にだれかいるってことぐらいはわかっているはずだ。


 特に迷うこともなくメリチェイイがドアを開けた。

 会議室の中には正面であろう場所に大きなボードが壁に掛けられていて、そのボードが見やすいように若干八の字型に横に長い机が二つ置かれている。すでに中にいる人はその机の席に座っている人もいれば立っている人もいた。

 座っている人はその集団のリーダーなのかその後ろに人を立たせている人たちもいれば、壁側で揃って離している人たちもいる。

 正面のボードは多分魔術で映像を出すための白であって特に理由はないと思う。学園では映像を出して授業をする教師も結構いた。映像を映す魔道具は安くないから置いてないって可能性もあるか。


 メリチェイイが部屋の中を確認するとこれまた迷うことなく長机のボードに一番近い席に座った。彩花は座ったらいいのか立っていたらいいのかわからない様子だが、メリチェイイに隣の席を指されて静かに座った。

 その光景を見ていた数人が驚いている顔をしていたけど何か決まりがあったのか。それとも、見たことのない顔だったからか。


 部屋の中にある集団は六つ。

 一つは正面にあるテーブルの中ほどをに一人が座ってその後ろに人を立たせている獣人たち。

 もう一つ同じように席についている集団と席についていない集団が二つ。そして、どの集団とも離れるように壁に背を預けている一人の男。数にすれば、六パーティーか。

 獣人だけのパーティーを除けば、種族混合のパーティーが多い。


「今のところ六つですね」

「一人いい雰囲気を出している御仁がいるな」

「え?」


 メリチェイイはポーチから出した一冊の本から顔を上げて彩花を見たがすぐに目線を本に落とした。この本は資料室にあった本を借りたものだ。貸し出しなってなかったから本当は拝借したものだけど、メリチェイイの中では借りたものみたい。

 メリチェイイの言葉にもう一度部屋の中を見渡す彩花だ。しかし、その雰囲気を掴むことはできない。


「ちょっとわからないです」

「また特訓だな」

「えぇ……」


 あからさまに嫌な顔をする彩花をメリチェイイと二人で笑う。

 室内で俺の存在に気づいた人は一人。メリチェイイがいい雰囲気を出していると言った壁に背を預けている男だけだ。精霊の存在に気づくことはそれほど難しくない。今の俺は意図して気配を消しているわけではないから気づく人はいる。しかし、精霊の存在を掴むための訓練をしている人は冒険者には少ない。精霊術よりも魔術の方が冒険者にとっては使いやすく広く認知されているからだ。もちろん一般的な下位の冒険者に限る。上に行けばこの限りではない。


 別に俺は武術の達人でもないから、「むむ、こやつつよい……!!」みたいに実力は全く読めないけど、彼がこの部屋の中に溶け込むように動いていることはわかる。

 この部屋にいる冒険者は少なからず有名なパーティーだろう。それらに、混じって注目を浴びないのはまさしくいい雰囲気を出していると言える。無名であれば一人でいることに疑問を持たれるだろうし、一人でいることに疑問を持たれないほどの実力者ならもっと注目を浴びていてもいい。うまく紛れているわけだ。


 俺たちが席に着いて程なくした頃、俺たちが入ってきた扉が強く開けられドアが大きく開く。その音に部屋の中の注目が集まる。部屋の外には、見たことのあるような男が二人立っている。彼らは胸を張るように自信満々に部屋に入った。

 その後ろには一人の男と武装ゴーレムが二体。そこまで見れば俺も思い出す。さっき下で注目を浴びていた男たちだ。自信満々に入ってきた男たちは部屋中を見渡して俺たちを見つけると顔をしかめる。

 その様子に俺はもっと前に彼らと会っていたかと思い出そうとするが記憶にない。何故顔をしかめた。

 メリチェイイはそんな彼らの視線に気づいているだろうにどこ吹く風。本を読み続けている。


「おい、女。そこを替われ」


 部屋に入って来た武装ゴーレム使いの男たちが俺たちに向かって言い放つ。

メリチェイイは当然気にしない。顔すらあげないで無視を決め込んだ。他に席が空いているのは一目瞭然だから、彼らの行動はよくわからない。この席に思い入れでもあるのだろうか。

 彩花は彼らの動きに気づいているし、自分たちが声を掛けられたとわかっているが、メリチェイイが無視したのを見て自分も関わらないようにじっとしている。特になにをしていたわけでもない彩花は中空を見つめて微動だにしない不自然な女の子になっている。


「おい! そこをか……ッチ」


 男が同じことを言うと同時に部屋の扉が開いて人が二人入ってきた。冒険者らしくない服装の女性といかにもベテランですと容姿が語っている男性だ。冒険者機構側の職員かな。男性は冒険者的な革鎧に剣を着けていて、女性は受付嬢たちと同じような服装をしている。


「揃っているな? 適当に席に着いてくれ」


 となりで席を替われと言っていた男たちはまたも舌打ちをして俺たちとは反対側の最前に向かうが彼らが座る前に男が一人座っていた。

 いつのまにか座っていた男に武装ゴーレム使いの男たちだけでなく、ほかの冒険者たちも驚いている。メリチェイイは気にせず本を読んでいるけど。彩花は気づいてない。なにがあったか分からず周囲の動揺に動揺していた。


 席は十分にあるが、同じパーティーの冒険者全員が座らずにリーダーらしき人だけが座るパーティーもあって、席は埋まっていない。


 前に来た職員らしき女性の前に、ベテランらしき冒険者職員が部屋な端に置いてあった小さな机を引っ張って、置いた。

 そこに小型の魔道具を置いて起動させる。すると、正面のボードに向かって光が伸びて、ボードに「アーマードキングベアー討伐作戦」と映し出された。

 俺がいた世界で言うプロジェクターだ。学園にあった物よりは小型だな。


 しっかりと映ったことを確認して職員らしき女性が言う。


「これより今回のアーマードキングベアー討伐作戦の会議を始めます。進行は私、サリアが務めます」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る