七話


 二日後。

 俺たちはまた冒険者機構に呼び出されていた。宿に使いの人が伝言を残していた。


「はやくてよかった……」


 朝、宿から出た彩花はすでにヘトヘト。精神的な疲労が出ている。肉体的な疲労は皆無のはずだからな。


「根性が足らんな」

「こんじょー……」


 昨日のメリチェイイの特訓はすごかった。それを完遂した彩花にも驚きを隠せない。朝早くに起きてランニング。ランニングしながら昼食の準備をして、午後はメリチェイイとの組手。夕方に差し掛かったところで夕食の準備。メリチェイイとの組手をしながらだ。なぜしながらなのかわからないよね。うん。見ていた俺は彩花に少し同情した。多少は手加減していたけどね。


「あれぐらいで根を上げていては今後やっていけないぞ。どんな戦いも数時間で終わるわけではない。中には日をまたぐこともある」

「……」

「そういう時のために今から練習してい置くことは大事だ」


 すでに返す言葉もない彩花はただメリチェイイの後をついて歩く。


 冒険者機構に近づくと一昨日と比べて武装をしている集団が目立つ。どれも強そうな雰囲気を撒き散らしている。


「なんか物々しいですね」

「ああ」

「なにかあったのかな」

「気にするな。なにかあったとしてもそれに対処すればいいだけだ」

「いや、まあ、そうですけどね」


 メリチェイイの返答に彩花は悲しくなる。自分の常識がまだこの世界にあっていないのかメリチェイイの常識がおかしいのか。ただ、その返答を聞いて、自然に周囲を軽く警戒し始めたことに彩花自身も驚いていた。


 その集団も行く先は冒険者機構だ。自分たちも物々しい集団と一緒に冒険者機構までたどり着いた。

 適当に人の少ない列で待つこと数分。一昨日とは別の受付嬢に話す。


「呼ばれたようだが」


 メリチェイイが冒険者証を出して簡潔に言った。相変わらず腕には着けていない。冒険者証は腕時計よりは確実に重い。戦闘時にその重さが足を引っ張る可能性は否めない。これは冒険者になる前から実力を持っている人は同じように別で持っているのかも。彩花のように冒険者登録から入る人はつけた状態がデフォルトになるから気にしないのかな。俺は気にするけどね。生前も腕時計があまり好きになれなかった。今は狐の腕だしつける者なんてないからいいけどな。


「確認します」


 受付の人は手元の資料を確認する。


 彩花は頭を動かさないように視線で周囲を伺っていた。冒険者機構の中に入ってしまえば物々しい雰囲気は霧散していた。そもそも冒険者機構に来る人はみんな武装しているわけで、あの雰囲気も自分がビビっていただけかと思い始めていた。

 冒険者はみんな冒険者機構に入ると壁に貼られている依頼を確認してから列に並ぶ。依頼を剥がすなんてことはしない。受付で受注された依頼は冒険者機構の職員が剥がす。勝手に剥がすことと受注することは一致しないからだ。だれかがキープするために複数枚剥がしてそれを受けないなんてことをされてしまうと一時的にその依頼が張り出されていない時間が発生してしまう。


 彩花だけでなくメリチェイイも俺も冒険者機構の中を観察している。確かに今日は少し冒険者の数が多い。俺たちが呼び出された件と関係があるのかもしれない。複数人に声をかけるって言ってたしな。


 受付の人が確認できたのか顔を上げたと同じくらいに冒険者機構の一階もどよめく。


「え、なにあれ?」


 全員が冒険者機構の入口に注目していた。そこには数人の屈強な男たちと二体のゴーレムがいた。

 そのゴーレムは人型で男たちの一回りか二回りほど大きい。背には巨大な大剣と大盾を背負っている。全身は基本的に金属鎧をよりごつく広範囲をカバーできるように大きくされている。関節部分や継ぎ目は一応あるが関節ということが分かるだけで明らかな弱点には見えない。金属鎧によくある弱点である関節や継ぎ目は弱点にはなりそうにない。

 男たちに職員と思わしき人が二人駆け寄ってなにやら話している。その様子を見ていた冒険者もだんだんと視線を逸らして動き始める。しかし、その冒険者たちも口々に彼らのことを話している。


「あれ武装ゴーレムだよな」

「あれだれだ?」

「かっけーな! 俺もいつかあんな武装ゴーレムを手に入れるんだ」


 色々と声が聞こえてくるがあれは武装ゴーレムというらしい。あれが武装ゴーレムか。


「確認できました。三階の第一会議室でお待ちください。三階の会議室にはあちらの階段から登ってください」


 受付の人がそう言って入口の方を指しながらメリチェイイの冒険者証を返して来る。

入口の左右にある階段を使えってことか。


「入口にある魔道具に冒険者証をかざせば開く仕組みになっています」

「わかった」


 メリチェイイが冒険者証を受け取ってポーチにしまうと、俺たちは受付を離れた。

 離れた俺たちが二階に向かうのとすれ違うように武装ゴーレムを引き連れた集団が受付に向かっていた。


「ねっ! あのロボットなに?」


 彩花は目を輝かせてメリチェイイにあのゴーレムについて聞いている。


「あれはゴーレムだ」


 メリチェイイの答えは簡潔だ。


「ゴーレム! ロボットじゃん!」


 そう言えば、サイカはこの世界に来てからまだ人型ゴーレムを見ていない。清掃用の徘徊型ゴーレムだけだ。人工知能を持つゴーレムがいることも知らない。

 武装ゴーレムについて俺はいくつか聞いたことがある。神定国ができる前から存在しているゴーレムで、過去の天才錬金術師のなんちゃらさんが作った武装できるゴーレムだ。武装できるゴーレム、現代日本的に言えば、強化外骨格だ。パワーアシストはもちろん、装着者の安全に配慮したうえで装着者の能力を格段に向上してくれる。

 過去にあったもので今も開発はされている。しかし、武装ゴーレムはいわば軍事品だ。学園でさえ見たことはなかった。いや、リーゼや俺が見たことがなかっただけで他の生徒が見ていた可能性はないとは言えないが。授業で話は何度も聞いていた。クライン家は当然武装ゴーレムを所持していなかった。武装ゴーレムは強力な平気だが、この世界でその兵器すら優に排除できる戦力を個人で持つものは少なからずいる。それがアンゼルムでオティーリエでヴァルターでメリチェイイだ。彼らを敵に回せば武装ゴーレムの舞台であろうともひとたまりもない。だから、持っていなかったし、リーゼが見たこともなかったわけだ。


 武装ゴーレムは軍事品ゆえに冒険者が持っている者は基本的に型落ち品。貴族からの依頼の報酬だったり、遺跡のように過去紛失したものを手に入れるなどして冒険者は武装ゴーレムを手に入れる。

 それらが現状の最先端の武装ゴーレムよりも古いものであることは確かだ。しかし、それでも持っているのと持っていないのでは段違い。ランクの高い冒険者の必需品であるとは聞いている。しかし、冒険者として活動したここ十数日で見たことはなかった。その一因にエスポラが冒険者の街で、その周辺に武装ゴーレムを使う必要のある敵が出てこないことがある。必要のない場所で安い金のために運用するよりは必要な場所で運用して高い金をもらった方がいいからな。


『ほしいのか?』


 俺が彩花に聞いた。俺としては彩花は武装ゴーレムを持たなくともそれを優に圧倒できる戦力を個人で保有できる側の人間だと思っている。というか、確実にそうだ。勇者だから。

 それでも、一つ持っておくのは悪くないと思う。武装ゴーレムを使っているからと言ってその個人の戦力が減るわけではない。頑丈な金属鎧として考えれば、ありえない選択でもない。


「え? 買えるの!?」

「無理だ。あれは基本的に個人が購入できるものではない」

『欲しかったらもらうかどっかで見つけるしかないな』

「見つけるって持ち主いるじゃん」

「所有者が居ない物を見つければいい」

「え?」


 彩花の考えには遺跡とか廃墟で見つけるという選択肢はないみたいだ。当然だ。現代日本では遺跡でも廃墟でも基本的に持ち主がいる。


『このファンタジーの世界では過去の遺跡を探索して得た者は個人が所有していいんだよ』

「そっか!!」

「そういった場所を探索するためにも訓練が必要だぞ」

「分かった! 私頑張る!!」


 目だけでなく顔全体を輝かせて分かったような顔をしているけど、彩花は分かっていない。これまでに手を付けられずに武装ゴーレムが残っているような遺跡や廃墟は、それだけ探索が困難であるってことだ。それらを探索するための訓練ってことは……


 俺は短い前足を合わせて上司神に彩花の心の平穏を祈っておいた。


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