六話


「アーマードキングベアーの討伐だよ」

「アーマードキングベアー?」


 彩花が反射的に聞き返す。彩花はもちろんアーマードキングベアーという名は聞いたことがない。俺もない。リーゼと一緒にいる間には聞かなかった。ただ名前から察するに鎧を着た熊の王様か。強いのか弱いのかわからん。いや、王様だから強いのかな。


「アーマードキングベアーは強力な魔物だ」


 わからない彩花に向けてメリチェイイが説明を始めた。


「アーマードキングベアーはもとはただの熊だが、その熊が魔物や強者を喰らうことで力を溜めた結果魔物化したものがベアーと呼ばれる。そのベアーの中で群れを率いるほどの力を手に入れたベアーがキングベアーと呼ばれるようになる。ここまではいいか?」

「進化したってこと?」

「そうだ」


 進化か。彩花の言うことも的を得ているか。この世界ではどこぞのアニメや漫画のように劇的に生命体としての根本が変わるような進化はない。しかし、魔物の中には自らの身体を作り変えることでより強力な魔物へと変化するものがある。これを学園では進化と教えていた。進化をするということは進化をするほど生存していたという意味でも強力な魔物としてみなされる。


「そのキングベアーがなんらかの経緯で鎧を手に入れることでアーマードキングベアーと呼ばれるようになるのだ」

「鎧を、手に入れる?」


 森で王冠を被ってマントを羽織った熊が鎧を拾って着けているところでも想像しているのだろうか。ほんわかとした表情になった彩花にはアーマードキングベアーの危険度がイマイチ伝わってないようだ。進化を繰り返すということはいわば歴戦の猛者。それだけの期間を生き抜いた証だ。それに、アーマードキングベアーは魔物だ。凶暴なはずだ。


「そうだ。自らの体表を鎧へと変体させる」


 進化の過程で武具や防具を作る魔物は多い。それは敵である人が装備しているからだ。ある程度の知能を持つようになれば武具防具が装備者の力を高めていることに気づくはずだ。そしてそれを欲する。

 しかし、人の持つサイズでは自分には着けられないとなれば、自分で作るしかないと思い至って進化を始める。自身の一部を武器のように変化させる。


「アーマードキングベアーは珍しい魔物ではないけど、強力な魔物ではあるんだよねー」


 ロモロが付け加えた。


「そもそもベアーぐらいであればそこらの森にいくらでもいるし、キングベアーも探せば見つかる。だから、ふとしたきっかけでアーマードキングベアーになることはままあるんだよ」


 ロモロの補足に彩花はうなづく。絶対によくわかってないな。おそらくだが、キングベアーまでは探せば見つかる程度に多い魔物だからアーマードキングベアーになる稀な例のためにキングベアーが誕生したからと討伐して周ることは難しいってことだと思う。そんなこと言っていれば今度はアーマードキングベアーになるかもしれないキングベアーになるかもしれないベアーを狩ろうって話になる。そうなれば生態系は激変する。ベアーのような主としての基本値が比較的高く数が一気に増えない種は生態系を維持するという意味ではあまり狩らない方がいい。


「アーマードキングベアーのことはこれくらいでいいだろう。それで、なぜ私たちにそれの討伐を依頼する?」


 メリチェイイは彩花の様子からある程度は伝わったとが思い、本題に戻そうとする。たしかに俺たちはまだ冒険者として登録したばかり。戦闘ランクCとは言っても実務ランクはEだ。冒険者として活動するためには圧倒的に経験値が足りていない。俺たちであればアーマードキングベアーも狩れるかもしれないが、普通に考えたらリスクの高い賭けだと思う。


「依頼する理由か。理由は単純に二人が強力な術師だからだよ」


 術師は魔術師や精霊術師、それに、錬金術師などをひっくるめた総称だ。


「今回の依頼は君たちだけに出すものじゃない。君たちで五組目だ。あと二つほど声をかける予定だ」


 合同で依頼を出すということは、すなわち討伐隊というわけか。アーマードキングベアーの実力の検討がつかないから俺としてはメリチェイイに任せるしかないか。少なくとも進化を繰り返した魔物が弱いことはないだろうが、メリチェイイが敵わないことはないだろう。それに、ランクが高くもない俺たちに声がかかる程度の力であれば俺でも余裕で倒せるはずだ。俺が神力を使えば余裕かもしれないけど他者が居るところで神力は使いたくない。精霊力だけで倒すとなるとできることが限られるな。中級上位と言っても力の出力はまだまだなのだ。


『俺はメリチェイイの判断に任せる』


 俺はメリチェイイにそう念話をした。メリチェイイは少し考えるそぶりをしてからこの依頼を受諾した。




ーーーーーーー




 アーマードキングベアーの討伐依頼を受けた俺たちは宿へと戻っていた。

 依頼を受諾した後は細かい内容を話したあと、準備が出来次第また宿に使いの者を送るから都市を空けないようにしてくれと言われて帰された。細かい内容と言っても複数人で討伐隊を作るから食料や矢のような物資は基本的に冒険者機構が集めてくれる。自分たちがこだわる物や個人で使うものは各自で用意してほしいということだ。俺たちは基本的に野宿にテントは張らないし寝袋も使わない。外套を毛布代わりに安全な場所を見つけて寝ていた。俺は起きっぱなしで見張りをしていたから安全だ。

 しかし、テントぐらいはあった方がいいかもしれないな。


「受けてよかったの?」


 冒険者機構から宿に帰る前に空いている受付で公開されている資料がないか聞いたあと、案内された資料室でアーマードキングベアーのことを調べた。

 アーマードキングベアーはその進化の過程で身体を覆う鎧の部位が増えていくようで、完全に変体し終えた個体は小さな町であれば一つや二つ壊滅させることができるようだ。そこまで進化した個体の報告例は少なく前の討伐履歴では胴体だけの個体だったとされている。

 俺としては、すでにアーマードキングベアーが発見された時点で確認の偵察を始めていることだろう。その上で今の感じで討伐隊を結成しているとすればそこまで可及的速やかに討伐する必要があるわけではないと予想する。


「アーマードキングベアーは強力な魔物だが私たちが恐れるほどではない。問題は討伐隊に参加することで私たちの力を晒すことになることだが、これも意図的に隠せばいいことだ。支部長からの依頼を熟すという実歴を考えれば受けておいた方が得だと考えた」

「私たちの実務ランク、Eだもんね。わかった。わたしも頑張るよ!」


 彩花は気合を入れたのか拳を強く握りしめて頭上に掲げた。やる気満々だが彩花の武器はまだ木の棒だ。一応生魂の森樹の枝だけど。それでついても傷は負わせられないよ。俺が精霊術で雷を纏わせれば別だけど。その場合、彩花に感電しないようにしないといけないんだよな。彩花が完全に精霊術で俺の力をコントロールできるようになれば自分が感電しないようにできるし、雷を纏わせることもできるんだが。


「その意気だ。サイカにやる気があるようだから、依頼までは特訓だな」


 気合を入れた彩花を見てメリチェイイもちょうどいいと特訓を宣言する。それを聞いた彩花はそうなるかとかるく悔み、特訓宣言の撤回を目指す。


「し、師匠!特訓ってな、なにをするんですか?」

「もちろん戦闘訓練だ。足を引っ張るようなことがあればランクアップに支障が出るからな」

「え、でも、コンコンがいれば大丈夫ですよ! そうだ! 防具とか要らないんですか? いい防具があった方がいいですよ? ね?」

「いらん」

「でも、私あ」

「いらん」

「で」

「いらん」

「……はい」


 特訓が決まった。

 俺は昼寝でもするかな。











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