五話

 受付の奥には一枚の魔法陣がある。階段の存在は確認できず魔法陣だけが鈍く寒色の光をちろちろと発しているだけだ。他には本棚がいくつも並んでいる。これは資料だ。他の受付の人と思われる人が何やら書類を探しているのが見える。さっき彩花が使った冒険者証の認証機も置かれている。スペアだな。

 魔法陣はその受付奥の長方形の資料置き場の中心に置かれていた。

 その光景は紛れもなくファンタジー。俺の下では彩花が目を輝かせているのが分かる。

 現代日本でパソコンの壁紙用の画像に描かれた魔法陣的ななにかとは存在感が違う。画像と比べるなってことか。俺がこの世界で生まれてから魔法陣はいくつも見ている。それらとこれが違う点がある。それは情報量。緻密にぎっしりと描かれたその魔法陣は、今までが中学生が授業中に頑張って描いた魔法陣とプロのイラストレーターが本気で描いた魔法陣ぐらいの差がある。


「では、魔法陣の上に」


 そう言って受付嬢が魔法陣の上に乗りメリチェイイも続く。目を輝かせていた彩花だが実際にその上に上るとなってビビっているのか、片足を魔法陣の上にチョンとおいてすぐに外に出るそ繰り返している。


「早く乗れ」


 メリチェイイのすこし鋭い言葉にに急かされた彩花は覚悟を決めて魔法陣に乗った。


「五階へ」


 受付嬢が行きたい階層を告げると一瞬の光と共に俺たちは五階へとたどり着いていた。


 五階と思われる魔法陣がある部屋は魔法陣だけがある部屋で他に物ははなにもなくドアが一枚あるだけだった。部屋の大きさも魔法陣が入りきる程度の大きさだ。冒険者機構エスポラ本部の建物自体が木造で出来ているから木目のある板がむき出しの状態で殺風景に見える分魔法陣の主張が強い。


 受付嬢が先に動き出し、ドアを開ければ、そこには一本の廊下がある。左右にはいくつもドアが付いている。ドアごとに役職らしき名札がつけられていることからここは役職を持つ人の個室なのだろうか。すべてが個室とも思えないが。

 俺が冒険者機構を探索した時にはこの階層には来なかった。なぜならこの階層は魔術結界が施されていて外から入れば気づかれてしまうと思ったからだ。結界自体はもろく俺のような精霊でなくとも力のある人であれば簡単に破ることが出来る。しかし、破るときに結界は大きく破壊されるように設定されている。だから、結界をすり抜けたとしてもその痕跡が少しでもあれば結界が豪快に自壊するわけだ。

 そんなことになれば当然術者には気づかれる。この階層にいる人たちがどれほどの実力者かはわからないが、ある程度の実力を持つ者には結界を抜けたことがばれてしまうだろう。

 しかも、結界は自壊した後にすぐに新たに張られるように設定されている。


 俺としてはこの機会にこの階層にある資料等に目を通しておきたいが。個室の中からはほとんど人の気配があるな。階級の偉い人の個室だとするならば部屋を出ることはないか。とすれば、大胆な捜索はできないな。とりあえず今は彩花について行くしかないな。


 廊下を進んだ正面突き当りにある扉。そこには冒険者機構エスポラ支部所長と書かれた札が張られた少しだけ他のドアよりも装飾があって豪華になっている扉があった。

 コンコンと受付嬢がドアをノックすれば中から「どうぞ」という男の声がした。


 冒険者機構エスポラ本部の支部長の情報はいくつか手に入れてある。名前はロモロ。長い茶髪の男だ。


 許可が出た受付嬢はドアを開けて中に入る。


「冒険者メリチェイイとサイカをお連れしました」

「ご苦労さま」


 部屋の主であるロモロ案内してくれた受付嬢に声をかけてからニコニコと微笑みながら俺たちの入室を歓迎した。


 所長室は大きい。部屋の真ん中には十人以上がかけられる大きな楕円のテーブルが横に伸びる形で置かれていて部屋の奥には本棚が置かれている。左右の壁には茶器やカトラリーといった品もあれば見るからに高そうな剣や禍々しい盾が壁に掛けられている。

 所長は木製の一枚岩の楕円テーブルの奥にあるデスクに座っていた。デスクの上に散乱している書類を見るに書類仕事をしていたようだ。羽ペンのインクも蓋が空いたままだ。ちなみに、この世界では正式な書類はかつてから存在した魔力を伴うインクを使って書くという習慣がある。あのインクにも微量の魔力を感じるからそれだろう。羽ペンで書くとか大変そうと思うがここら辺は魔法がある世界の弊害ともいえる理由がある。


 この世界には鉛筆がある。炭を使った筆記用具だ。俺がいた現代日本で普及していた鉛筆と同質かはわからないが同類だ。しかし、鉛筆があるからと言ってボールペンがあるわけではない。いや、無いわけではない。ボールペン自体は存在するのだが、ここでさっきのインクの問題が出てくる。ボールペンは簡単に言えば固まらないようにしたインクを入れたペンだ。この魔力インクは魔力が伴わなければ意味がなく時間経過によって徐々に魔力が薄れていく。だからこそ、使用前にはインクに魔力を込めるのが常識。このインクをボールペンのように密閉してしまうと魔力を込められない。だから、使えない。普及しないと言うわけだ。誰かせめて万年筆でも作ってやれよと思わなくもない。というか、こういう時こそ魔法でなんとかするんじゃないのとは思う。思うけどそれを同行はしない。俺精霊だもん。ペン持てないし。


 受付嬢に勧められるがままに部屋に入った俺たちにロモロが言った。


「やあやあ。初めまして。僕はロモロ。よろしく。さあ、座って座って」


 俺たちを見るやロモロは俺たちにロモロが着席を勧める。それに合わせるように受付嬢が円卓の椅子を二つ引いてくれる。

 ロモロは座っていたデスクの椅子から立ち上がって僕たちが着席するのを待っている。メリチェイイが椅子に座るのを見て彩花もその隣に座った。俺は彩花の上から部屋中をきょろきょろと見渡した。彩花も華美に掛けられた武器やカトラリーを見てぽかんとしている。ファンタジー感に浸っているのかな。

 精霊はいない。武器も壁に掛けられたものを除けばデスクに立てかけられた使と持ちてらしきものが見える一本ぐらいだ。一応暗器の類の警戒も必要だ。

 ロモロの様子を見る限り悪意は感じない。魂の質も悪に傾いているようには見えないからこの場で俺たちに何かをすることはないかな。


「よく来てくれたね。待っていたよ。期待の新人だって聞いているよ」

「そうか」

「うん。報告によると二人とも精霊術が得意だとか。うんうん。いいね」

「それで私たちを呼んだ理由を聞きたい。世間話がしたいわけではないのだろう?」


 部屋を見渡す俺とぽかんとしている彩花を置いてロモロとメリチェイイの会話が始まっている。メリチェイイからすればロモロがどういった人物かわからない。俺が調べたときには実物を見ることが出来なかったから評判だけを伝えていた。

 ロモロは冒険者機構の所長としては優秀な部類。このエスポラを拠点にしている冒険者も大半がロモロを支持しているようだった。指示していないのは例外レベルだ。

 冒険者を大切にしているという情報もあったからそれほど心配はしていないけど用心に越したことはない。


「そうだね。世間話はあとでするとして、先に本題を話そうか。実は君たちにある依頼を受けてほしいんだ」

「内容は?」


「アーマードキングベアーの討伐だよ」


 あーまーどきんぐべあー?



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