二話
戦闘ランクは実務ランクと比べれば上がりやすい。純粋に戦闘力が向上すれば簡単に上がるからだ。それに比べて実務ランクは実績が必要だから上がりにくい。しかし、その分実務ランクの高ランクは尊敬の目を向けられる。
早くも冒険者ランクCとはなったが実務ランクはFのままだ。あと数回依頼をこなせばE上がると受付の人が言っていた。Eランクとは見習いではない下っ端初心者という意味だ。実務ランクのEはその人物が一定の常識を持っているという証明程度でしかない。実務ランクEを取れない人間はほぼいない。いるとすれば余程おかしな人だけだ。たまにいるらしい。
Cランクに上がったことでメリチェイイと彩花の冒険者としての依頼の幅は広がった。実務ランクEが足を引っ張っているが少し難しい依頼をこなすことで順調に実績を積んでいる。
ここ一週間はそんな感じだ。
十日ほどエスポラに滞在しているが首都の情報が少ない。俺が手に入れられる範囲ではあるが少なすぎる。まず冒険者機構に潜入してみたが特に問題なく業務が続いている。俺が神定王を滅したのにもかかわらずだ。市民の間にも喪に服すという話がないから神定王の死は隠されているか知られていないというわけだ。
俺はあの日見た首都の様子を思い出す。首都が悪魔精霊のコントロール下にあるとすれば神定王というイレギュラーな存在は排除した方が制御しやすい。担当神の力すら一時的に跳ね除ける存在は邪魔としか言えない。そして、神定王の持つ役割『王』が受け継がれていないということも考えれば担当神が協力していると見ていいだろう。悪魔精霊の目的が担当神の意志と相反するものであれば首都を乗っ取られる前に新たな『王』を作るはずだ。
この十日間の間にエスポラでリーゼ=クラインの情報を嗅ぎ回っている人物を見つけることはできなかった。精霊である俺から隠れられる存在が嗅ぎ回ってのか本当に誰も探していないのか。それとも俺が検討違いな場所で探していたか。楽観はしていられないが現状まだ猶予があると考えた。
冒険者都市エスポラは彩花が身を隠すことに適した場所だ。身分証を持たない、又は、偽装している人間を探しても該当者が多いだろうし、依頼で都市を離れる人間も多い。人探しが難しいわけだ。いざとなれば適当な依頼を受けて都市を離れればいい。急にいなくなっても目立つことはない。
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森。
木が並ぶ様を表した言葉。
俺は今森にいる。彩花とメリチェイイはエスポラでそこそこの仕事をしながら森の中で訓練をしている。彩花はメリチェイイの指導の元で精霊術と槍術を学んでいる最中だ。それと、サバイバル術も。
精霊術は俺が手隙で近くにいれば彩花の意思を汲み取って行使できるが、そうでなければ彩花自身が俺から力を引き出さなければならない。今やっているのはその練習だ。精密な操作はできずとも正面に雷撃を放つぐらいはノータイムでできるようになってほしい。今は精霊術を行使するために魔力の操作を習得しているところだから先は長そうだ。
槍術の訓練も同時に進行している。槍術を習ってはいるが使うのは生魂の森樹の枝だ。枝を槍に見立てて使っているから実際は棒術のような感じになっている。しかし、武術を習得することは体の動かし方を学ぶ上で重要なポイントだ。このままいけば一ヶ月とかからずに槍術とそれに付随する魔力操作を習得できるだろう。それも高いレベルで。魔力で武器や身体を強化するのは基礎的な魔術。これを高いレベルで習得できるということは今後の旅でもある程度の安心ができるものだ。
「えい」
まだ掛け声が可愛らしく聞こえるけどその槍術の冴えはさすが勇者と言わざるを得ない。
現在は俺と契約したことで担当神とのラインを強引に塞いでいる状態で彩花が担当神の神力を使うことはない。しかし、勇者としてリーゼの体に彩花の魂を入れた時点で神力を扱える体へと変化させられている。その影響でリーゼの体は一般的な人のものと大きく乖離している。これはメリチェイイと同じ状態であって、それが今の彩花の力の根底にある。魔力がリーゼよりも多少増えている上に身体能力は段違い。まさに勇者だ。俺の力が雷なのも光の勇者っぽいかもしれない。ギガタスデインとか呪文が使えそうな感じだ。
「いい感じだな。これなら実践にも使えるだろう」
型に習って素振りをしている彩花を見たメリチェイイの感想だ。エスポラに着いてからの冒険者としての活動で命の扱いに関して自分なりに答えを出したらしい彩花は真剣に槍を突き出しては引き戻している。
エスポラに着いた次の日。早くもメリチェイイと彩花はエスポラ周辺の森に入っている。
エスポラに着くまでにも戦闘自体はあった。しかし、それはメリチェイイがすべて処理していたから彩花にとっては他人事のように感じていた。目の前の出来事であるにもかかわらずテレビに映るフィクションのように現実味のない光景。異世界で勇者になるという不可思議の延長だった。
それが現実に近づいたのはエスポラに着いた翌日のこと。
メリチェイイも彩花の状態はうすうすわかっていた。どこか地に足がついていないような印象を持っていた。明確なものではなかったが彩花の行動の節々にそれは存在していた。だから、メリチェイイはその日、早くも命を奪うという行為を彩花自身に行わせた。この世界に住む人々からすれば命を奪うことは現代日本の価値観よりも身近なもの。リーゼも学園では精霊術の訓練で他者に向かって攻撃することがあった。そのときは相手の命を奪わないように注意する。当然のことだ。しかし、それが敵であれば手心は一切加えないように教えを受けていた。自身を守るために命を奪うという選択肢を教えられていた。そこに罪悪感も嫌悪感もない。それが彩花には欠けている。
俺の力は銃に近い。俺の力というよりも魔術や精霊術は遠距離攻撃が多く、発動すればなんの感触もなく他者に危害を加える。だからメリチェイイは動きを封じた獲物に自身の持つ剣で彩花にとどめを刺させた。そのことによる罪悪感は当然のように彩花を襲った。自らの手に伝わる命が消える感触。獲物は心臓を突き刺したからと言ってもすぐには死なない。自身突き刺さった剣には苦しみから逃れようとする抵抗が伝わる。その感触を彩花は受け入れ続けた。顔色を悪くしながらも耐え抜いた彩花は俺が思っていたよりも意思が強いみたいだ。
異世界転移という不可思議を体験して、他者の肉体を奪ったことに彩花も思うところはあっただろう。しかし、これは自分の意思ではない。自らの意思で他者の命を奪うという行為に自分なりの解釈を得る必要があったのだ。それを得た彩花はようやくこの世界に足をつけた。
その日は日が暮れるまで、メリチェイイは森の歩き方や命を奪うことを彩花に教えた。エスポラまでの道中て教えていたことの復習でもある。安定しない地面の歩き方に方角の確認方法。自分たち以外の気配をすぐる術。もろもろを教わった彩花は特に話すこともなく吸収していた。
夕方には宿泊を決めた宿『一時の至福』に戻った。
少し高めの宿だが現代日本のビジネスホテル並には設備が整っている。六階まで存在するこの宿でも少し高めというのだからもっと高い宿はどんなものなのだろうか。
「本当に異世界なのかわからないよね」
と彩花が小声で言って呟いていたのを知っている。俺は彩花の頭の上にいるからな。
顔色が悪いままにシャワーを浴びて宿の二階にある食堂で夕食を取ってすぐに寝た彩花。その眠る彩花の頬にはかすかに涙が伝ったことに俺もメリチェイイも気づいた。
俺とメリチェイイはその日深夜遅くまで今後の計画を話し合い続けた。リーゼの魂を体に戻すこと。これから生まれるらしい魔王のこと。西にあるという学術都市にいるかもしれない西方の賢者のこと。
最悪の場合、俺の存在すべてを使ってでも神を滅するということを。
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