悪役令嬢ー冒険者彩花編Ⅰー
一話
冒険者都市エスポラに俺たちが付いてから十日程が経った。
あの日、メリチェイイと彩花は特に怪しまれることもなくエスポラに入った。
「身分証を」
「すまないな。私たちは身分証を持っていない」
門を守る衛士の問いにメリチェイイがそう答えると冒険者機構で身分証を作るようにと機械的な対応であれよあれよと話が進み十分程で中に入ることができた。これには三人とも肩透かしを食らったがなにもなかったのだからと気にしないことにした。
実はエスポラには身分証を持たない人が訪れることが少なからずある。すくなくとも衛士が機械的に対応できるぐらいには。そのおかげで俺たちは楽ができたけどエスポラに住む人にはたまったものではない。ならず者でも簡単には入れてしまうからだ。それでも、この制度が変わらない理由はそのならず者の取り締まりが強いからだ。事あるごとに身分証の提示を求められる。その時に持っている身分証の種類によってこの都市での扱いが変わる。例えば、低ランクの冒険者は市民より下に扱われる。それは、低ランクの冒険者には粗暴な者が多いから。ランクや名声が上がるにつれて丁重に扱われるようになる。力がある冒険者ほど過ごしやすくなるわけだ。低ランクであっても人柄が知れ渡っていけば改善されていくから低ランクの冒険者のすべてが居心地悪いわけではないのだが。
メリチェイイは彩花を連れてまず冒険者ギルドに向かう。当然の話だが、お決まりはない。登録に来た冒険者志望はまだ一般人。一般人に手を出す輩はいない。いたら即お縄だ。誰だって牢に入りたくはない。登録が完了した冒険者には最初に指導してくれる元冒険者が付く。引退はしていても知識は豊富な元冒険者の元で基礎を学ぶのだ。断ることもできるが基本は断らない。現役の冒険者が知り合いにいる場合など例外はあるけど、現役のベテランの冒険者が知り合いにいてさらに指導をしてくれるということは滅多にない。その元冒険者の教えを受けて半人前と認められた時点で冒険者機構からパーティー結成の勧めが来る。そこでパーティーを組むと冒険者機構から簡単な依頼を斡旋されて経験を積んでいく。それが冒険者になった初心者への支援の流れだ。
この流れは強制ではない。断ることができる。だから、メリチェイイは断った。この初心者支援を断ることは先に述べた例外以外では滅多にない。だから、よほどのことがなければ冒険者機構のゴリ押しで教導の冒険者を付けられるのだが、メリチェイイのような長命種はこういう時に便利だ。過去に冒険者と共に行動していたことがあると自身が経験者であることを告げたことで教導の冒険者を回避した。その代わりに、最初の依頼には監視役として同行者を付けると言われたが問題ない。人の目を欺くことは実は容易いのだ。長命種でなくとも元騎士だとか兵士だとか傭兵だとかもともとある程度力を持っている人は断って知古の冒険者とパーティーに加わったりクランに加わったりする。彼らは所謂即戦力だ。わざわざ共同訳を付けて低ランクの依頼を地道にこなさせる必要もない。
ギルドに登録した後は比較的安全そうな宿を探す。ギルドのランクは一番下のFF。
ギルドのランクはFからA、そしてSとあり、冒険者は戦闘ランクとそれ以外の実務ランクの二つを持つ。
戦闘ランクは単純に戦闘力を測ったもの。このランクが高ければ危険な魔物の討伐に呼ばれることもある。神定国が建国されて以来、主要都市付近の魔物は徐々に減っていて、今では危険な魔物は滅多に現れない。
しかし、自然が濃く残っている場所ではその限りではないし、迷宮の中にも強力な魔物が住んでいる。そう言った魔物たちの討伐は基本的に一パーティーで達成できるような生易しい相手ではない。力のある冒険者が何人も招集されるのだ。見返りも当然大きく、ハイリスクハイリターンの典型だ。生き残った冒険者には栄誉と多額の金銭を手に入れるが生き残れなければ意味はない。それでも、彼らは冒険者の花形であり、強力な魔物の討伐に幾度も参加した冒険者は冒険者だけでなく民からも尊敬される。二つ名となって大陸中を彼らの名声が駆け回るのだ。数年後、ふと立ち寄った小さな町の酒場で吟遊詩人が自分の唄を歌っていたなんて……浪漫だ。
しかし、戦闘力だけで冒険者を測ることはできない。
実歴や戦闘に使えない能力を測るのが実務ランク。実務でどれだけの結果を出したか、また、出せるかを測ったランクだ。
Fランクというのはどちらのランクにとっても見習い扱い。Fからの昇進はいくつか依頼を受けた後に冒険者機構が判断する。いきなりCEのような戦闘だけはできる脳筋と見なされることもあれば逆もある。
冒険者はこのランクに従ってパーティーを組む。脳筋だけでは無理な活動も実務ランクが高い冒険者を入れることで解決する。その目安にもなる訳だ。だから、この二つのランクに優劣や上下はない。どちらかがAランクであればその人はAランク冒険者なのだ。
見つけた宿は部類としては高級ホテルに片足のつま先をちょんと踏み込んだようなホテル。一般的な宿よりは値が張るがその分安全でコストパフォーマンスもいい。身分証の提示を求められた時はFFランクを見て断られそうになったが、旅をしていて一番使えるのが冒険者登録証だとか適当を言ってお金を見せれば部屋を貸してくれた。
お金はある。メリチェイイがクライン家から預かった金額はこの宿では数年は余裕で暮らせる額だ。先払いで支払えば客だと認識してくれた。メリチェイイと彩花が女性であることも後押ししたかもしれない。
活動の拠点を見つけた二人+一精霊は冒険者としての実績を積みながらこそこそと情報を集めた。基本的にはメリチェイイと彩花が冒険者として活動している間に俺が情報を集めていた。最初の依頼はエスポラ近辺の魔物の討伐でギルドの人間も付いてきていたが、メリチェイイと彩花の精霊術を見るとその日の内に戦闘ランクをCに上げてくれた。彩花の精霊術は正確には俺が勝手に彩花の魔力を使っただけだが。
精霊術は基本的に術者が精霊にお願いしてその対価に魔力を渡すだけだ。対価は精霊が決める。精霊が術者を気に入れば対価の魔力を減らしてくれるし、その逆もありえる。気に入らないから魔力いっぱいもらっちゃおって感じで。今回は彩花が適当にお願いした内容を俺ができるだけ少ない対価になるように力を行使した。俺の力を使うとなると精霊力では攻撃と言えるほどのことはできない。だからと言って神力を使えば大惨事だ。だから、魔力をもらっていたが、彩花の願いが抽象的過ぎてつらい。俺じゃなければ一回の精霊術で大量の魔力を吸い取っていたかもしれない。そうできるような抽象さだった。
付いてきていたギルドの人間は、その願いで的確な精霊術が行使されていることに精霊術師としての腕前を感じ取ったようだがそれは間違いだ。彩花の隣ではメリチェイイが顔に手を当ててため息ついているよ。俺もため息ついているよ。彩花の厳しい教育が決まった瞬間だった。
何とかギルドの人間をやり過ごした後、今日まで彩花の精霊術師としての修行は続いている。
それを俺は彩花の頭の上から眺めていた。相変わらず願いが雑だ。俺は尻尾で彩花の後頭部を叩いた。
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