十一話
とある森。
木々が生い茂り、荒れた地面には綺麗に咲いた花もあれば何かに踏みつけられたような草もある。間伐など人の手が入っているはずもないその森は木々の密集度が高く、より太陽光を求める木々たちで地面にはなかなか光が差し込まない。そんな森に二人の女性の姿が突如現れる。
一人は長身でスレンダー。もう一人は身長こそ負けているががボディーラインは負けていない。メリハリのある体の持ち主。二人とも金髪碧眼。顔こそ似ていないが雰囲気はどことなく似ている。そんなエルフと人の二人組。エルフはメリチェイイ。人は彩花だ。
メリチェイイはあの部屋での装いの上に深い緑色のローブで首から下を隠している。ローブのフードはかなり大きく、フードを被ったメリチェイイの長く尖った耳を隠している。
対して、彩花はアンゼルムから受け取った黒いローブを身につけているがフードは被らずにキョロキョロと森中を見回している。黒いローブの背中には枝が一本くくりつけられている。
「一瞬で森……」
「ここは首都から馬車で一週間ほど離れた場所にある都市の近くの森のはずだ」
「はずだ?」
「私の知識は古いからな」
メリチェイイが説明した。古いと言っているがメリチェイイの知識は常に更新されている。鎮守の森に住んでいても時よりクライン家に来ては昨今の情勢を調べている。そのメリチェイイが自身の知識が古いなどと言った理由は単純に今その都市がどうなっているかわからないからだ。
メリチェイイが目指す都市は自由冒険者都市エスポラ。
冒険者発祥の地とされ、冒険者ギルドの発祥の地でもある。現在は冒険者ギルドから冒険者機構と名を変えていて名を変えた際に本部を首都に移したが、名を変える前はエスポラにある冒険者ギルドが本部だった。今でもエスポラにある冒険者機構の支部を本部なんて呼ぶ冒険者は多い。
「そこで身分証となる冒険者証を作る」
「冒険者証?」
「身分証の代わりになるものだ。形としては邸宅で見た腕輪と同じだ」
この世界の身分証は腕輪型だ。その腕輪の中に色々と情報を詰め込む。学園に通っている間はその制服が身分を証明するものとされていた。学園はそもそも原則全寮制だから外で身分証が必要になる状況は起きえない。だから、学生証の類も必要ないのだ。
「ふーん」
現代日本で腕輪型の身分証はない。強いて言えば、テーマパークのチケットとかか。彩花はそんなものかと納得していた。
彩花はクライン家の中しか見ていない。クライン家は古くからある邸宅を改築と修繕を繰り返している。そのためか。古い時代の建築様式、彩花からすると中世ヨーロッパの邸宅に見えた。家具や部屋の内装から中世でないことはわかったとしても、この世界が魔法によって現代日本並みに進んだ世界だとは思えなかった。
「急ぐぞ。野宿は嫌だろう」
メリチェイイが彩花のフードを乱暴に被せた。
フードを被せられた彩花は不満そうな顔する。彩花の内心は照れくさいがフードを被せられたことがどこか嬉しかったが、メリチェイイには不満そうな顔しか分からず苦笑する。
急げば野宿をしないで済むとかのように言ったが、距離的に考えれば一晩は野宿することになるだろう。どこか浮かれている彩花を尻目に忠告する。
「都市の近くだが魔物が出る可能性は高い。私から離れるな」
魔物という彩花の常識的に現実離れしたワードにどこか心を弾ませている彩花にメリチェイイはまたも苦笑し先のことを考える。
しばらく歩いては彩花が根を上げて休憩。それを何度か繰り返すと徐々に森の中を照らす光が増えてくる。道中何度か獣の鳴き声らしき音が彩花の耳にも届いていた。しかし、それが魔物の鳴き声かは分からずにおっかなびっくりの行軍だ。それでもなんとか取り乱さずにいられるのは!メリチェイイが冷静だからだ。本格的に恐怖を感じ始めている彩花にはメリチェイイが頼りになる人であり、まるで後光が差しているかのように光り輝いて見えた。
『探したぞ』
彩花はいきなり聞こえた第三者の声に狂ったように首を振って辺りを見渡す。しかし、その声の主を見つけられずにメリチェイイを見れば彩花の頭上を見つめている。そういえばと目線だけで見上げればそこにはモフモフがいた。
「遅かったな。それで、神定王は?」
『滅したよ』
「そうか」
神定王と言えば、あの家で突然現れたおじいさんだ。滅したって。彩花は頭上を飛び交う会話を聞きながすことで自分が当事者でないように錯覚した。
『担当神はなにがなんでもリーゼが欲しいらしい』
「やはりか」
メリチェイイは考え込むように顔をしかめるが数秒の思考の末に結論付ける。
「ここで考えても仕方ないか。私たちはこれからエスポラに向かおうとしているが、どうだ?」
『いいんじゃないか? それにしてもアンゼルムは決断したんだな?』
「ああ」
『そうか』
ーーーーーーー
神定王を滅した後。
俺は思いのほか強く発動してしまった権能に驚きながらもその場をすぐに離れた。数キロ離れた俺は冷静さを取り戻し精霊契約を頼りに彩花を追った。
全力を出すとスパークで周囲に出る影響が大きいことは神定王との戦いでわかったことだ。俺は周囲への影響と隠密性を兼ね備えた程度の速度で移動していると唐突に彩花の位置が替わった。メリチェイイとともに彩花が森に移動した時だ。
メリチェイイの力は大きい。神力を全力で使えば探知も容易い。中級精霊が出せる出力ではないことを自覚しながらも力を行使している。力の反動を感じながらも探知した結果、俺は迷ったがクライン家を目指すことにした。彩花にはメリチェイイが付いていることはわかったから。そして、クライン家を覆う異常な量の神力を確認したからだ。
ヴァルターが使う結界は神力を使った空間断絶と空間創造の亜種。その結界を一目見たかったのだ。俺はチリチリと音を立てながら首都付近まで移動したが首都に入る気にはなれなかった。
『ここまで侵食されるのか』
首都は悪魔精霊の精霊力ですでに覆われていた。ここに割って入れば当然のように気づかれる。それに、完全なアウェーだ。いくら権能を持っていても不利であることには変わりはない。神力は万能でも使用者が万能とは限らないのだ。
俺はクライン邸を諦めて彩花とメリチェイイの元に向かい、今に至ると。
俺と彩花とメリチェイイが合流してからは俺がいなかった間に起こったことを教えてもらった。彩花が背負う生魂の森樹の枝は今後を考えれば重要な武器になる。俺の力を引き出すためにはやっぱり杖かな。勇者だから木刀って選択肢もあるけど。
エスポラには当然行ったことがない。俺は彩花の頭の上で前を進むメリチェイイを見つめるのであった。
ーーーーーーー
歩くこと一日。途中日が暮れて野宿をする羽目になったが順調な行程だった。彩花は自然に抵抗がないようで野宿をするときも対して騒ぐことはなかった。虫が嫌とかベットで寝たいとか。
今俺たちの目の前にはエスポラの門が見える。
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