十話
「ん……んん……」
彩花は今ベッドの上で仰向けに寝ていた。ベッドの感触は日本の自宅にあるものよりも柔らかく肌触りもいい。全身を包み込むような感覚につい二度寝をしたくなる。そんな彩花はふと思う。このベッドは誰のベッドだろうか。ベッドを貸してくれそうな人間の顔を何人か頭に浮かべるがこんなに心地よいベッドを使っている人間に心当たりはない。とりあえず起きよう。このままではベッドの悪魔に眠らされてしまう。
彩花は現代日本ではアンティークとしてさぞや高価な物として扱われたであろうベッドで目を覚ました。
「知らないてんじょ……これ天井かなぁ?」
そこには布の天井が見える。
「あれ? ここって?」
彩花は勢いよく体を起こして室内を見渡す。
室内はきれいに掃除がされていて机に本棚、大きなクローゼットが置かれている。床には繊細な刺繍が施された絨毯が敷かれている。古い傷が残っているベッドと比べて机や本棚は重厚な造りをしている割には傷んでいない。機能的なシンプルな造りだ。
どこか見覚えがあるような高級そうで機能的な家具が整えられた部屋を彩花は見渡す。少しの間呆けた彩花は自身の状況を認識する。
「ここって本当にファンタジーな世界なのかな? でもさっき精霊って言われてた狐と妖精がいたし。でも、ファンタジーの世界にしては所々がテレビで見たことある高級ホテルのような感じに観えるんだよねー」
ここの彩花の目は間違っていない。建築方法は違うが機能面から設計された室内はどこかモダン調と言える要素があるようなないような感じがするようなしないような。それがコンコンの感想であり、同じ世界出身の彩花も同じ感想を持った。
彩花の記憶では精霊契約っていう儀式みたいなのをやってから無重力になって楽しかったというところで終わっている。
神様との話からよく分からない部屋でこの体の持ち主の両親とよくわからない人たちに囲まれて話を聞かれて精霊契約とやらで部屋を出るときに陛下って呼ばれている王様みたいなボロボロな老人が来て床も壁も天井も石で出来た部屋移動したと思ったらいきなり光りだして……。
「私いらない感じだよね」
私がこの体に入るためにこの体の持ち主は魂となって追い出されてしまった。日本で死んだらしい私に神様が「君は勇者だ」なんて言うからちょっとワクワクしちゃったけどさ。やっぱりいい話には悪い話がどっさり付いてくるんだよ。あれ? それだといい話には悪い話が付いて来て、悪い話はもともと悪いもので。ああ、いい話を選べばプラスマイナスゼロゼロなのか。うんうん。
ベッドから素足で絨毯に降りた彩花は高く感じる目線に違和感を感じながら部屋を歩きまわる。
「動きに問題はないかな。今も重力は感じるし。小説だと身長が変わってつまずくなんて描写もあるけど」
体の動きを自分なりに確認した後、部屋の外に出ようとしてドアに向かって歩くとカツカツと複数人が歩く音が聞こえてきた。
本能的に距離を取ろうとドアから離れてベッドの方に下がった。
コンコンとなるドアのノックがした後の数秒の沈黙。
ノックされたら応えるのかと思い立ち声を上げる。
「ど、どうぞ!」
許可を出した後に自分の状態をベッドからでたままの状態であることを思い出して慌てて身を正す。といっても、ドレスの扱いなどわかるはずもなく肩がずれてないかの確認と髪のまとまりぐらいだが。その金色の髪に指を通した時の滑らかさに軽く戦慄する彩花。
ドアがゆっくりと開かれてすらりとヴァルターの姿が部屋に入ってきた。
「起きているようですね。体に問題はありませんか?」
「うん」
ヴァルターに続いてアンゼルムとオティーリエも部屋に入ってきた。部屋に置かれていたテーブルの椅子をヴァルターが引こうと近づくとピクリと一瞬だけ動きが不自然に止まり再び二人分の椅子を引き始めた。
アンゼルム、オティーリエと引かれた椅子に座った後に彩花の分の椅子を引く。
それを見た彩花はどうしたらいいのかわからないけどとりあえずその椅子に座るためにテーブルに近づいた。
彩花が椅子に座るのに合わせて椅子を戻してしっかりと座るのを見届けてからアンゼルムとオティーリエの背後に回ったヴァルターが口を開いた。
「旦那様、どうやらメリチェイイが戻ったようです」
「もうか?」
「はい。今この部屋に向かっています」
「彼女が来てから話を始めるとしよう。今のうちにリーゼに渡すはずだったものを持ってきてくれ」
「かしこまりました」
アンゼルムはそう言ってオティーリエの方を見る。オティーリエは彩花をジッと見ていた。
彩花はいろいろと聞きたいことはあった。しかし、何を聞けばいいか、どのように話しかければいいかわからずに俯くように肩をすぼめるように小さくなっている。数秒ごとにちらちらとアンゼルムとオティーリエへ見てはオティーリエと目が合ってまた俯く。そんなオティーリエの様子に彩花は気づいてしまった。
「サイカさん、リーゼロッテのことなら気にしないでいいわ。あなたのせいではないもの」
オティーリエが彩花に対して気遣うが、その顔はオティーリエの美しい微笑みとは言えない無理やり作った表情だった。アンゼルムはその表情を隣で見ている。見ているだけだ。リーゼロッテの魂は精霊が持っているとはいえ、コンコンは下級精霊だ。リーゼの召喚を横で見ていたアンゼルムにはたとえ神格を持っていたとしても神々の力には抗えないと思っている。クライン家は代々プローミュデック神定国の家臣として侯爵家の立場を守ってきた。その道程で神定王の力は知っているのだ。あの力の源である神と神格を持つ下級精霊では前者が勝つに決まっている。
オティーリエの表情とどう返したらいいかわからない彩花の動揺で良くない部屋の空気を断ち切るように響くドアを叩く重い音にすかさずアンゼルムが入室の許可を出した。
部屋に入ってきたのは何か布のようなものと木の棒を手に持つヴァルターと細身の剣を携え宝石の類の装飾がところどころに施された服装一式と革のウエストポーチという完全装備のメリチェイイ。これで揃ったと認識したアンゼルムは話し出す。
「ヴァルター、持ってきてくれたか?」
「こちらを」
空いていた椅子をメリチェイイが座れるように下げたヴァルターが持っていた布のようなものをテーブルに置いて、その上に金属で出来た腕輪を乗せた。木の棒は持ったままだ。
「これは無い方がいいだろう」
メリチェイイは腕輪を指してアンゼルムに言う。アンゼルムもその意図を察して腕輪をヴァルターに渡した。
そのやりとりを怪訝な顔で見ていた彩花に気づいたメリチェイイがその腕輪がなんであるかを教える。
「これは身分証だ。貴族である、リーゼロッテのな」
腕輪が身分証であるということにいくつかはてなが浮かぶ彩花であったが、そういうものだと納得した。
「このローブは耐魔と耐刃効果が強い素材を元にいくつかの魔法がかけられている。これからの旅に役立つだろう」
テーブルの上の布のようなもの、改め、耐魔耐刃の黒いローブを彩花の方へ差し出したアンゼルムは続ける。ヴァルターが持っていた木の棒を持って彩花に説明を続ける。これは生魂の森樹の枝。
「知らぬ者にはただの棒だが、クライン家のものが持てば百戦錬磨の武具へと変わる。これを握り、己の思う強さを思い描け」
そういって、渡された木の棒、改め、生魂の森樹を手に持って彩花は思う。最強ってなによ、と。これただの枝じゃん、と。
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