九話

 コンコンと神定王がメリチェイイによって転移させられ神定王の恐慌の傷跡が少しだけ残る石室。

 アンゼルムは突然の神定王による凶行に混乱していた。


「どういうことだ…… なぜ陛下がコンコンを……」


 そんな彼をよそにヴァルターが倒れたままの彩花に近づき体の異常を確認している。


「サイカは無事か?」

「ええ。身体的な異常は見当たりません。どうやら契約に問題がなければ何れ目を覚ますでしょう」


 ヴァルターが彩花の体を抱え壁の方に寄せて座らせた。彩花に意識があればイケメン執事にお姫様抱っこされて夢のシチュエーションだと悶え不気味な笑みを浮かべていただろう。


 彩花の状態を確認したメリチェイイとヴァルターが話し合いを始める。


「やはり神も敵だと思ったほうがよさそうだな」

「そうですね。現状はそう考えるのが妥当でしょう」

「それにしてもやつが操られるとはなあ」

「それほど本気ということですね」

「私は前任の者に加護を受けているが、おまえは?」

「私も前任の神からですから今の神に支配を受けることはないでしょう」

「ひとまずは安心か」


 二人はコンコンがたどり着いた悪魔精霊と担当神のつながりを早くも見抜いていた。というか、自明の理だ。二人は世界を管理する神に役割を与えられている。しかし、その役割を与えたのは今この世界の管理を担当している神ではない。今の担当神は比較的この世界の管理歴が短いのだ。それでも人の一生からすればあまりにも長い期間だが。


「それで、あなたはどうしますか?」

「私か。どうしようか迷っている。当初の予定どおりコンコンのサポートをするべきだとは思うのだがな」

「なにか不安でも?」

「ああ。どうも神の狙いが読めない」

「神の狙い、ですか…… 本来であれば神の意志は私たちのような存在が推し量れるものではないのですが、今回はそれを考えなければいけませんね」


 担当神の狙い。何を考えているのかを考えなければ、取った行動が裏目に出ることも考えられる。今このクライン邸はヴァルターの力によって強固な結界が張られている。その結界は数分前に破られてはいるけど、それはノーカンだ。一般的な世界内生命体に破られることはない。そう考えれば、ここで籠城をして様子を見るのも間違いではない。


「そう考えるとコンコンを飛ばしたのは間違いだったかもしれないな」

「あの状況では致し方なかったでしょう。あのままここで戦闘が始まっていれば旦那様だけではなく上階にいる奥様たちにも危険な状況でした」


 ヴァルターの言葉にメリチェイイと自身の安否はない。二人があの状況で死ぬことはないだろうというのは二人の共通認識でそれぐらいの実力があるということだ。


「この場合は陛下で敵に回ったということか?」


 アンゼルムの思考能力が戻ってきたようだ。話し合いをしていた二人に確認した。


「そうだろうな。原因はわからないが敵だと思って行動したほうがいいだろう」

「そうか」


 メリチェイイは先にヴァルターとすり合わせた通りの答えに肯定した。ヴァルターもメリチェイイに同意するように頷いている。二人の意見を確認したアンゼルムは決断する。


「ヴァルター、結界を最大で使えるか?」

「はい。しかし、全力で結界を使うということは……」

「分かっている。その前にサイカ殿とメリチェイイ殿だけ外に出す」

「かしこまりました。奥様には?」

「私から話そう」

「では、私は準備をしてくるとしよう」


 アンゼルムがヴァルターに結界を最大出力で張るように言った後、メリチェイイが準備のために姿を消した。コンコンと神定王に使った転移の力で自身の住処に移動したのだ。


 アンゼルムはヴァルターを連れてオティーリエのもとに向かう。


「オティーリエは今どこにいる?」

「クルト様の部屋のようですね」

「では、そこに向かおう」


 アンゼルは壁に背中を預けて眠っているリーゼを自身で抱えた。ヴァルターはそれを止めずに後ろをついて歩いた。

 精霊契約をした石室から階段を上り書斎に出てから廊下に出る。そこからクルトの部屋を目指した。




-------




 ガチャリと音を立ててドアが開いた。

 部屋の中にいたオティーリエは音を聞いてそちらを振り返る。


「クルトたちは大丈夫なのよね?」


 ベッドに仰向けで眠っているクルトを近くに椅子を持ってきて眺めていたオティーリエの目元は赤く、今も涙が頬を伝った跡が残っている。


「ああ。ヴァルターの力で眠らせているだけだよ」

「そう。リーゼ、いえ、サイカさんは?」


 アンゼルムが部屋に置かれている椅子に座ろうとするとヴァルターがその椅子を引いた。


「ああ。リーゼの部屋にいる。今精霊契約の影響で寝ている」

「影響? 無事に終わったんですよね?」

「いや、わからない……」

「分からないってどういう……」

「本当にわからないのだ。体には異常がないようだから時期に目を覚ますはずだ」

「そう。分かりましたわ」


 オティーリエはアンゼルムの説明を受けて安心したように返答するが、その顔から心配が消えることはない。


 ヴァルターの力の一つに人の仮死化、正確には時間の停止がある。これは自然災害などクライン家の敷地に立てこもるしかない時に使うための力だ。籠城は短期間であれば保存してある物資で生き残ることができる。しかし、長期間となれば無理な話だ。そういったときに生命体を仮死化させて時間を稼ぐのだ。

 この仮死化の力は結界の力を最大で使う上でも必要なものだ。ヴァルターの使える結界能力の最大出力は結界内に生命体が居ない状態で発動する。文字通り結界内の時間を止めることで外部からの干渉を一切受けないようにするというもの。この結界内で動けるのはヴァルターとメリチェイイ、そして、精霊だけだ。その精霊も力がなければ問答無用で時を止められる。力があってもヴァルターの許可がなければ時を止められてしまう。

 先ほどのアンゼルムの決断は、メリチェイイと彩花に後を託して自分たちはひとまず眠るという判断だ。こうすることでクライン家が代々守ってきた鎮守の森を守るのだ。

 ちなみに、鎮守の森にある木々は生命体だが一時的に精霊界のような別世界として扱われるので仮死化させなくても枯れることはない。別世界と言ってもこの世界と紐づけされているから全くの別物というわけではないが。


「オティーリエよ。よく聞いてくれ」


 椅子に座ったアンゼルムは自身の考えをオティーリエに伝えた。その間、ヴァルターはアンゼルムの後ろでひっそりと立ち続けていた。


 アンゼルムの説明内容はこうだ。自分とオティーリエは時を止めて来る戦いに備える。今後のカギとなるだろう彩花とメリチェイイは外に逃がす。そのための装備を今から彩花に渡そうと思う。この三つだった。

 オティーリエも言いたいことはあったのだろう。自分だけ安全地帯で眠って娘の体を持つ彩花に危険に晒すなんて親としては認められなかったのかもしれない。しかし、それらを飲み込んだようにオティーリエは首肯した。彼女はかつて王族であった。そして今は、クライン家当主アンゼルム=ルーファス=フォン=クラインの妻なのだ。


「そうなれば、早速準備をしなくてはいけないわね」


 自らをに活を入れるかのように大きな声を出して立ち上がるオティーリエ。その姿は涙で目元が赤く髪は乱れている。それでもその姿はとても美しいものだった。


「ヴァルター、あれを持ってきて頂戴。本当は学園の卒業と同時に渡すはずだったけど今でも問題ないわよね? ねぇ、あなた?」

「ああ。もちろんだ。今日は卒業式だったんだ。すでに卒業式も終わっているだろう。私たちでお祝いしてあげよう」

「そうね」


 アンゼルムはそんなオティーリエを見て自分自身元気も出てくるような気がした。彼は彼女に笑って同意した。この女性を愛せて、この女性と共に生きていけることを誇りに思った。


「どうやらサイカ様がお目覚めのようです」


 ピンク色の雰囲気が漂い始めて室内でその雰囲気をあえて無視するようにヴァルターが報告した。


「そうか。リーゼの部屋に行くとしよう」


 部屋を出る二人。その二人を後ろからついて歩くヴァルター。ヴァルターの目に映る二人の姿は、覚悟をした人間の姿であり、かつて悪魔精霊として活動していた自分の天敵であって、かつて私が憧憬した姿だった。









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