七話
俺と彩花が精霊契約をすることになって場所を移そうと皆が腰を浮かしたところで部屋に今までいなかった人の気配を感じた。
俺はその気配を感じた方に勢いよく振り向く。メリチェイイとヴァルターも同じタイミングで振り向きアンゼルムが送れるように振り向いた。オティーリエはアンゼルムを見てからそちらを向き、タタノは一切の興味を示さない。大丈夫か、タタノ……
「お兄様!」
アンゼルムの腰に腕を回していたオティーリエがその人物を確認するとその人物を父と呼んだ。
老齢と言っていいと思う。整った顔にはきれいなしわがおられているし、髪もオティーリエやリーゼ達子供から考えればきれいな金髪だったはずだがすでに白みがかりシルバーに近いものになっている。しかし、その存在感は色あせていない。あの講堂で見た神定王がそこにいた。がたいがよく背も曲がっていない。
「愛しい我が娘よ。無事であったか?」
「はい。お父様こそよくご無事で」
アンゼルムとオティーリエには俺を助けてくれたとは言ってなかったが神定王の格好を見れば何やら戦闘があったのが丸わかりだ。きれいな純白のマントだったであろう布が首から腰にも満たない程度で吊るされている。服も土か何かで薄汚れていて傷も多い。幸い赤い色は見えないので無傷なのだろう。あいつから無傷にで逃げ切ったのか?
「陛下、ご無事でしたか」
「うむ。余は、な」
アンゼルムは神定王を陛下と呼び、身を案じた。
「して、これからどこかに行こうとしていたようだがなにをするのか?」
「色々事情がありまして。簡単に申しませば、そこの少女とそこの精霊の精霊契約をするところでした」
「そこの少女というか。余の目に誤りがなければそこにいるのはリーゼロッテのようだが。どうやら違うようだな」
「はい」
アンゼルムが軽く俯きながら悔しそうに肯定した。神定王はどうやら大体の状況を把握したようで納得顔で頷いた。
「ふむ。余もその契約に立ち会おう」
「陛下が?」
「うむ。別に困ることもなかろう」
そう言って神定王はアンゼルムを丸め込むように決めた。神定王は立派な戦力になるし俺的には何ら問題ない。
「分かりました。ヴァルター」
「はい。私が先導させていただきます」
アンゼルムが名前を読んだだけでヴァルターはすべてを理解したように行動を始めた。
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場所は俺が初めてリーゼとあった場所へ。クライン家にある書斎の一室から繋がる地下の石造りの部屋だ。俺が召喚されたときと同じように床中に魔法陣が彫られている。オティーリエはクルトとアンナを見ていると言ってついてこなかった。
「これはこれは。立派なものだな」
神定王は部屋中をくまなく観察している。
「伝来のものですから」
アンゼルムも褒められて満更ではないようだ。クライン家は歴史が深いからこんな作りの部屋なんだな。あの時は風変りな部屋だと思っていたが今なら理解できる。
しかし、神定王の様子が気になってきた。一国の王としてこんなところで油を売っていていいのだろうか。今国中は混乱に陥っていそうなものだが。この精霊力はリーゼだけを狙っているものなのか? それなら混乱も少ないか。いや、クライン家と婚約していた第三王子が婚約破棄なんて権力争いの題材としてはこれ以上ないものだと思うんだけど。
「早速始めようか。サイカ殿はこちらに」
「ほう。勇者の名はサイカというのか」
アンゼルムがそう言って彩花に魔法陣の前に立たせる。俺は前回と同じように魔法陣の中央へとのろのろと移動する。この契約魔法陣の内容は大まかにしかわからないが契約をするというだけのもののようだ。だから、契約前に契約条件を決める必要がある。
「精霊殿。契約の内容は対等でよろしいだろうか?」
アンゼルムが魔法陣の中央にたどり着いた俺に向かって聞いてきた。俺はそれに頷いて返す。俺が有利であったほうがいいかもしれないが対等でも問題ない。
俺が了承したのを確認したアンゼルムがサイカに対してこれから行う契約の説明をしている。内容としてはアンゼルムが契約の代替をするから了承してほしいというものだ。俺としてはアンゼルムに任せていいと思っていた。
そうして気の抜けた俺に対して突如力が降りかかってきた。
「なっ!」
「なにこれ!!」
俺だけでなく魔法陣の近くにいた彩花にも力が与えられているようだ。彩花の隣にいたアンゼルムは突然の状況に戸惑いながらも周囲を確認する。すると、部屋中に魔法陣が広がっていく。
「なにが起きている……?」
部屋の継承者として初めて体験する出来事に対応できていない。そんなアンゼルムをヴァルターが後ろへと下がらせる。メリチェイイはいつでも動けるようにと力を全身に纏っている。
俺はこの力が神力であることを知覚した。これは担当神の神力だ。俺は何が起きてもいいように臨戦態勢を取る。何故か子狐の姿のままだが一度は神力を完璧に扱えていたのだ。担当神の神力から自分の実を守ることぐらいはできる。問題は彩花の方だ。
俺は彩花の方に視線を向けた。
彩花の体は宙に軽く浮いている。
「え? えええ???」
なんか戸惑いながらも笑っている。この状況がどんなものかいまいち把握できていないんだな。なにやら楽しそうだ。
俺と彩花に降り注いでいる神力が収束を始めた。その段階で俺にはこの力が精霊契約をしようとしているのだと気づく。俺が上司神にもらった契約の力に反応があったのだ。
内容は俺の彩花に対する絶対服従。これでは彩花が操られたときに俺の行動も操られることになる。まずいと思った俺は神力を全開にして担当神の神力に抗った。
『ぐ、ぐるる』
つい唸り声を出してしまう。いつの間にか俺の姿は大人狐になっている。この状態の名前もいつか決めたいな。おっと、集中せねば。
きつい。力の強さとしては神である担当神に勝てるわけがない。上司神にもらった契約の力は神格ではなく俺の力の一部。たとえ上司神にもらったとしても精霊の力でしかない。本来なら不平等な条約であればあるほど自分が有利になるという力のはずがなかなかにその力を発揮できていない。その契約の力を神力を使って運用することでどうにか五分五分に足をかけるぐらいだ。
俺と担当神の神力の綱引きのような力を根競べは延々と続きそうだ。俺は精霊だし、相手は神。疲労なんてものは無縁だ。精神的にあきらめないかぎり続く。そうなれば、神力の扱いに慣れていく俺の方が有利だと思う。現に契約を対等まで持っていくはこの調子であれば間違いなくできる。
そんな二者の攻防を他所に一人動くものがいた。
「アンゼルムよ。あの獣は先の精霊と同じ精霊か?」
「はい。そのようですな」
神定王がアンゼルムに答えを聞くと魔法陣の方へと歩を進めた。
「陛下!? 危険です。お下がりください」
アンゼルムが神定王の前に腕を出す形でその動きを止めようとする。しかし、神定王はその腕をすり抜けるように魔法陣の前まで歩みを止めない。
そんな神定王の姿を俺は気づかなかった。ようやく契約を対等なものにできた俺はどうやってこの契約を締結させるか考えていた。無理やり締結してもいいのだが、その場合、契約を結んだ余波で無重力気分を味わっている彩花になんらかのダメージが行くかもしれない。これほどの力が込められた精霊契約なんて稀なはずだ。
担当神が始めた精霊契約も対等な条件にまでもっていきあとは締結をするだけの所。俺は担当神との力比べに集中していて気づかなかった。
『コンコン!!』
俺の目の前に急に現れた無数の武具。そのどれもが豪華絢爛な物で一つ一つに芸術品としての価値がありそうだ。それだけでなくそのすべてが込められた力が異常な武具。それらが俺目掛けて飛んでくる。その武具たちの後方には両手で漆黒の剣を振り上げて俺へと向かってくる神定王の姿があった。
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