六話

 勇者だと? それはありえない。


「勇者だって?」

「そんな」

「馬鹿な! ありえない!!」


 アンゼルムは聞き返し、オティーリエはその存在に嘆き、メリチェイイが俺と同じ考えに至ったみたいだ。アンゼルムはその彩花の驚きの返答で醸し出していた威圧感を消してしまった。


「お、驚くのも無理ないよね。でも、私は勇者なの。そう神様に言われたんだからね!」


 詳細不明生物少女A(仮)タイプリーゼロッテ改め、彩花は震えながらも胸を張った。


「待て。神だと? 神が言っていただと……?」


 メリチェイイが一番困惑しているみたいだ。ヴァルターもなにも反応していないように見えるが顔にはわずかな動揺が見える。左眉がピクッってしてたぞ。

 アンゼルムとオティーリエは娘の体に入った魂が勇者だったことでその体を取り戻せないことになったショックを受けている。しかし、俺を含めた精霊組(タタノを除く)は勇者という存在が生まれたことに対するショックを受けている。その二つを比べるとするなら後者の方が大きい。というか、比べるまでもない。これは知っているものしかわからないか。


 順を追って説明しよう。勇者とは世界内生命体に対して神が与える役割の一つだ。ファンタジー世界に現れる王道的な勇者とか魔王をイメージしてくれればいいと思う。他にも賢者とか王とか墓守とかがある。後者二つは既に俺の知る人物だ。王が神定王。そして、墓守がメリチェイイだ。

 他にもいくつもあって世界ごとに呼び方が変わったり役割の内容が変わったりするんだがこの世界の勇者という存在は日本の小説によくある勇者と同じ存在だ。いわゆる『魔王退治』が役割だ。勇者が魔王を倒す。では、魔王はだれだという問題になる。この世界で現役の魔王と呼ばれる存在が勇者彩花の発言までは確認できていなかった。過去には存在していただろう。魔王という存在は簡単に言ってしまえば世界のバランスを整えるときに適切な存在に与える役割だから。しかし、この状況で魔王という存在はなにを役割としているのか。それらが問題だ。

 いないと思っていた魔王の存在とその役割。

 現在の状態にか関わっている者は悪魔精霊と現担当神だけだ。二者共に世界を運営する側の存在。魔王になりえないということだ。じゃあ、だれが魔王なのだろう。


「勇者ということは使命を与えられたのですね?」

「うん。魔王を倒せだって」


 ヴァルターが彩花に聞いた。この場にいる者の大半が知りたいことだ。それにさりげなく答えた内容で魔王の存在が確定されてしまった。


「魔王というのは誰の事ですか?」

「知らない。魔王ってどこにいるの?」


 尋問のような雰囲気になったヴァルターの取り調べも全然情報を得られてないぞ。


「ねえ、どこにいるか知らない?」


 彩花はそう言って、アンゼルムからオティーリエ、メリチェイイと視線を回す。しかし、だれも答えない。だれも答えられない。だって、みんな知らないもんな。


「こういうときはとりあえず旅に出ればいいのかな」


 彩花がそんなことを言いだした。別に魔王を探すのにとりあえず旅に出る必要はないと思うんだけど。


「待ちなさい。サイカと言ったか。其方は今の状況をどのように判断しているのだ?」


 アンゼルムが彩花に対して問いただした。


「今から私が勇者としてどんな旅をしようか話してるとこでしょ」

「それは今の話題だ。其方の体は私の娘の物だ。そのことをわかっているのかと聞いている」

「え? この体の娘って既に亡くなってるって……」

「そんなことはないわ! リーゼロッテは死んでなんてないわ!」


 既に亡くなってる? どういうことだ?

 オティーリエの突然の大声に彩花がびっくりと肩を震わす。信じられないといった顔をしている。たぶん本当にリーゼは死んでいると思っているんだな。担当神に言われたな。担当神からすればリーゼは死んでいる前提だったってことか。たしかにあの場に俺が居なければ悪魔精霊にリーゼの魂は喰われていたはず。だけど、あの場にいた俺が助け出すとは思わなかったのだろうか。俺では助け出せないと思ったのか。どちらにせよ。ここで彩花が担当神から聞いた内容を確認しておきたい。

 こういうときに人に聞こえるように声が出せないのが悔やまれるな。体はなぜか小さいままだけど中級精霊になったことは変わりないからうまく実体化できればみんなに聞こえるように声が出せるとは思うんだけど。ここは仕方なくメリチェイイとヴァルターに話を誘導してもらうしかないか。ちょっとだけ実体化の実験もしておこ。


『俺としては世界担当神が勇者に語った内容を詳しく知りたいのだけど誘導できる?』

『それは私も思っていたことだ』

『そうですね。何とか誘導してみましょう』

『私も協力しよう』


 今俺とメリチェイイとヴァルターはほとんど同じ考え方をしている。メリチェイイは精霊ではないけど精霊寄りの考え方をしているということだ。


「オティーリエ様、落ち着いてください。旦那様、どうやら彼女が聞いた内容に誤ったものが入っているようです。ここは情報操作の可能性も考え、一度彼女が聞いたことをすべて教えていただいた方がいいかと」

「そうだな。サイカ殿、其方が神から聞いたことをすべて教えていただこう」

「い、いいけど」


 彩花からすれば神様が間違っているってことは思ってもみないことだろう。いや、俺がいた当時のライトノベルとかだとそんなこともあるのかな。召喚した国の王様が悪い王様だったとか。あるな。


「私が聞いたのは魔王を倒せってこととこの体の持ち主は既に死んでいるから気にするなってこと。後は私が与えられるチートの話だけ……」


 この部屋の雰囲気を察してか彩花は最初の頃の元気などとうになくなっている。チートの話も気になるけど今は置いておく。


「既に死んでいるだと。神はリーゼを見捨てたということか……」


 アンゼルムは怒りを滲ませて抑えるように声を出す。これまで信じてきた神に裏切られたようなものだ。仕方ないか。


「魔王について何を聞いた?」


 メリチェイイが質問主に代わる。アンゼルムはオティーリエの方に手を回し軽くうつむいてしまっている。


「魔王が誕生するからそれを倒せってだけ」

「誕生するから倒せ、か」


 誕生するから? まだ誕生していないってことか。誕生というと生まれるってことか。いや、何かの拍子で何者かが魔王に成るって可能性もある。前者なら時間的な猶予がありそうだが楽観するのはよくないな。


「誕生前ならそれ相応の策を考えた方がいいかもしれませんね」

「そうだな」


 ヴァルターとメリチェイイは彩花からの情報をかみ砕き、メリチェイイが話を戻した。


「アンゼルム、西方の賢者について知っていることはあるか?」

「ああ。たしか西にある学術都市の前身となる団体をまとめていた存在のはずです。学術都市が学術の名が付くのも学園で教えきれない知識があることからあながち嘘でもなさそうですが、その賢者が何かあるのだろうか?」

「私の知る西方の賢者は森羅万象の理を解き明かした賢人という謂れだ。その者ならリーゼの魂を元の体に戻すすべも知っているかもしれない」

「ね、ねえ! 私どうしたらいいのかな? 勇者って言われて舞い踊っていたけどなんかやばい感じだよね!? これ」


 ガタリと希望を見つけたかのようなアンゼルムとオティーリエがメリチェイイに詳しく話を聞こうとする前に彩花が大きめの声で部屋にすべての存在に問いかけた。


「私が生きている限り勇者という存在を確認したことはない。当然魔王もな」

「え? じゃあ、魔王ってどこにいるのよ?」

「私は見たことありますけど、そういえばこの世界で見たことはありませんね」


 メリチェイイが見たことないということはかなり昔に遡っても存在を確認できていないってことか。ヴァルターのは他の世界で見たってことかな。


「この世界? いや、ってことは、今魔王はいないってこと?」


 彩花はそう言うと頭を両手で抱えてぶつぶつとつぶやきだした。


「ちょっとどういうことよ。こういう時って王様に謁見してよくぞ参られたとかって言われるんじゃないの? それで聖剣手に入れて旅に出るんでしょ。聖騎士は? 賢者は? あ、賢者ってさっきあのエルフっぽい人が言ってたっけ……ぶつぶつ」


 お、おう。つい耳に入っちまったぜ。昔の勇者なんて木の棒と十ゴールドだったのにな。まあ、最近の小説にはあるんだろうな。うん。


「今この世界は濁った精霊力に覆われている。これが魔王と関わっている可能性はあるだろうなー」


 メリチェイイが何やら思いついたのかそんなことを言いだした。結構棒読みだったがそれを聞いた勇者彩花がそれに引っかかった。


「濁った魔力? なにそれ? なんだ。ちゃんと手掛かりあるんじゃん」


 なぜか少し元気になった彩花がメリチェイイに話の続きを促した。アンゼルムとオティーリエはどうやら話の行く末を見ているみたいだ。アンゼルムが何やら考えているような顔をしている。いかにもな感じで顎に手を当てている。


「私たちは君が目を覚ますまでその濁った魔力をどうにかするために西方の賢者と呼ばれた人の足跡を追うところだったのだ」

「へー。じゃあ、その役目を私がやってあげるわ!」


 なにやら話が進み彩花が西方の賢者探しを申し出たようだ。


「そうか。勇者であるサイカ殿が探してくれるのはありがたい。しかし、その体は元はリーゼロッテの者だ。危険な旅に出すわけにはいかない」


 何やら分かったようでアンゼルムが彩花に対して申し出る。たしかに彩花の体はリーゼの者だ。俺の試練にもリーゼの体を守るってあるからどうにかしないといけないな。


「どうすればいいの? あ、ここで訓練するとか? どうせなら王城とかでイケメン騎士に指導されたいな」


 くふふとよくわからない笑い方をしながら彩花がアンゼルムに言い募る。


「先ほどメリチェイイ殿が言っていただろう? この世界は今悪い力に覆われている。悠長なことをやっている事態ではないのだよ」


 ふむふむ。そういう感じで断るんですね。リーゼの体で王城に言ったら面倒なことになるのは間違いないからな。なにせリーゼはゲルハルト=プローミュデックと婚約していて婚約破棄されているから。


「じゃあ、どうするのよ! 旅に出られないじゃない!」


 んん? これはチャンスなのではないか? 俺が彩花と契約すればリーゼの体の近くに常に入れるし、俺の力で彩花自身を守ることもできる。勇者として役割を与えられたってことは担当神から操作される可能性も捨てきれない。俺と契約していればそれは回避できるな。


『メリチェイイ。俺が彩花と契約するように話を持って行ってくれ』

『もとよりそのつもりだ』


「では、こういうのはどうだ。ここにいる精霊と契約するのだ。この精霊はお前の体の持ち主と契約していた精霊で強い力を持つ精霊だ」

「精霊ってその子狐?」

「ああ」

「ふーん。なんかかわいくない」


 なん……だと…… 俺かわいいでしょ。愛くるしい子狐だよ? 俺は短い前腕を彩花の方に伸ばしぐでーとしてみる。それを見た彩花は無表情だ。


「力は確かだ。それと私も同行しよう」

「貴殿がですか?」


 メリチェイイはちゃっかり自分の同道も条件に入れていた。それにはアンゼルムもびっくりだろう。


「ああ。この状況であればヴァルターが力のすべてを出せるだろう。となれば、西方の賢者についていろいろ聞いている私が付いていくのがいいと思ってな」

「そう、ですね。たしかに理にかなっている」


 いかにも不承不承という感じだが間違っているとも言い難い論理だな。俺としてはメリチェイイが付いてくるのは賛成だ。彼女の力があればリーゼの体を守りやすくなる。


「あなたはなんか強そうだしあなたが言うならそれでいいや。契約ってどうやるの?」

「ここではできない。場所を移そう」


 勢い任せな彩花の言葉受けてメリチェイイが立ち上がった。

 とりあえず契約できればひとまずはなんとかなりそうだな。





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