五話

 クライン家の邸宅。

 リーゼロッテの部屋にアンゼルム、オティーリエ、ヴァルターにメリチェイイ。それと俺。あとはタタノもいるけど、まあ、居ても居なくても変わらないでしょ。

 部屋に置かれている可愛らしい装飾が施されているベッドにはリーゼロッテの体が横になっていた。どうやら意識が内容で眠っているように見える。俺とタタノ、ヴァルター以外は部屋に置かれている綺麗な丸テーブルで向き合うように座っている。タタノはオティーリエの近くのテーブル上で座りお菓子を口にしている。俺たちが部屋に入った時にはすでにテーブルの上にお菓子と人数分のお茶が置かれていた。

 俺はなぜかテーブルの真ん中に置かれている。目の前がアンゼルム。その隣にオティーリエでその逆にメリチェイイだ。

 ずっと立っているのもあれだしと俺は体を丸めた。それにしても俺の体が子狐なのはやはり上司神が言っていた最後の一言に関係するのだろうか。


「それでリーゼには何があったんだ?」


 最初に声を発したのはアンゼルムだ。俺の目を見て言っている。その眼は真剣そのもので今まで俺を見ていた一精霊に対するものとは大きくかけ離れている。

 俺が答えてもいいんだが俺の声が届くのだろうかと戸惑っているとメリチェイイが答えを返してくれた。


「コンコンが言うにはリーゼロッテの魂が入れ替わっているのだそうだ」


 俺を見ていたアンゼルムはメリチェイイを見た。

 カチャリと俺の左側からティーカップがソーサーとぶつかるとこが聞こえた。


「魂が入れ替わっているですって……?」


 オティーリエが震える手をティーカップから離して口を押さえている。アンゼルムも青みが深い碧眼が綺麗に見えるほど目を大きく開いている。その反応はもっともなものだと思う。普通は魂が入れ替わっているなんて事態に遭遇しないものだから。


「ということは、今あのリーゼの体に入っている魂はリーゼではないのか」

「そういうことになる」


 アンゼルムはメリチェイイから視線を俺に移して確認するかのように聞いてきた。俺はそれを頷いて返す。

 メリチェイイの言葉が真実であったと確認した二人はリーゼが眠っているベッドに目を向ける。オティーリエが立ち上がりリーゼにふらふらと近づいていく。それ追従するようにタタノも浮遊して行く。

 そんな一人と一精霊の前にヴァルターが出る。


「リーゼロッテ様に入った魂がどのような者かわかるまでは近づかないほうがよろしいでしょう」


 そう聞いたオティーリエは泣きそうな顔をするがヴァルターの言に頷き、先と同じ椅子に座った。

 俺が見る限りだとリーゼの体にいる魂は善の存在だ。それはタタノも精霊らしいヴァルターも分かるはずだ。しかし、人格に問題がある可能性は大いにある。というか、問題ありだ。なんせ現代日本から来た魂なのだから。


「入れ替わってしまったリーゼの魂はどこに行ってしまったの?」


 オティーリエが両手で顔を塞ぎながら当然の問題を口にする。しかし、それはアンゼルムが口にしないほうがいいと思い言わずにいた言葉だ。


「オティーリエ。リーゼの魂はもう……」

「あ、あなた」


 寄り添うようにオティーリエの方に近づき肩に手を回す。アンゼルムの肩に顔をうずめてオティーリエが一本の涙を流した。


「勝手に推測するな。リーゼロッテの魂はコンコンが保護している」


 一連の流れを見たメリチェイイは軽く溜息を漏らしながらそう言った。

 それを聞いて二人は再び俺を見た。

 俺としても言葉で話したいがここは頷くだけにしておいた。


「そうか。そうなのか」


 アンゼルムは何やらほっとしたような声を上げた後俺に頭を軽く下げた。


「神格を持つ精霊よ。貴殿がリーゼと契約してくれたこと深く感謝する。貴殿がいなければリーゼの魂は消えていただろう」


 そう言ってアンゼルムは俺に感謝の意を伝える。オティーリエも夫に続くように頭を下げた。二人の顔は笑顔そのもの。感謝を告げられることは悪いことではないが、いまだに問題があることを二人は知らない。二人の顔を見て何とも言えない気持ちになる。

 それにしても、なんで俺が神格を持っていると知ってるんだ?


「早速リーゼの魂をリーゼの体に戻してほしい」

「アンゼルム」


 アンゼルムがリーゼの方を腕で指しながら俺に言う。リーゼの魂に関する問題はすべて解決できる。さあ、終わらせよう。そんな勢いのアンゼルムをメリチェイイが止めた。


「リーゼロッテの魂はコンコンによって保護されている」

「それは聞いた。ならば、元の体に戻せ……」


 アンゼルムは何かに気づいたように言葉を止める。


「もしや、元の体に戻せないのか……?」

「そんなっ」


 アンゼルムが現段階で俺たちが抱える問題に気づいたようだ。


「そうだ。コンコンはリーゼロッテの魂を保護出来たがその魂を元に戻すことはできないそうだ」

「旦那様。魂を扱うということはそもそも神の領域のことです。魂の保護をしていることだけでも十分すごいことなのです」


 メリチェイイが答え、ヴァルターが補足をしてくれた。

 アンゼルムたちというかクライン家にも何やら大きな秘密があるような感じだけど、魂に関して細かい知識があるわけではないのだろう。だから、早合点してしまった。俺は申し訳ない気持ちになる。一度上げて落とすなんてこと。


「なにかないのか? 魂を元に戻す方法が」


 アンゼルムはヴァルターに聞き、メリチェイイ、俺と視線を動かすが俺たちに答えることはない。


「なんということだ」


 アンゼルムは上げて落とされた形だ。顔を下に向けて落ち込む。オティーリエなんて今度こそ泣き出してしまった。タタノはそんなオティーリエを見てあたふたした後、俺に向かって飛んできた。


『ねえ、本当なの? リーゼの魂を保護してるって?』

『ああ』

『あんたそんなことできるのね。っていうか、いつの間に中級になったのよ!』


 タタノは俺が中級になったことが分かるみたいだ。精霊なら当然分かるか。


『ねーえー。いつのまになったのよー』


 俺の首元の毛を引っ張り続けるタタノ。お前今この状況を分かっているのか。まあ、精霊からしたら一人の人間の死はただのの自然現象だ。こんな反応もあるか。俺は元人間だからアンゼルムとオティーリエの感情が分かるけど。


「私とコンコンに魂を移し替える手段はない。ヴァルターはどうだ?」

「私にもできませんね」


 メリチェイイは話の流れをリセットするかのようにヴァルターに声をかける。ヴァルターも力の強い精霊に見えるけどさすがに魂は扱えないか。


「三人が出来なければ他にできる者もいないか」


 アンゼルムは諦観し始めていた。

 俺は最初からリーゼの体に魂を戻す気でいるけどリーゼを復活させるという意味では他にも手段は存在する。リーゼの元の体を諦めて別の体に魂を入れればいい。ホムンクルスでもいいし人形でもいい。この世界の魔術・魔法でできるかはわからないが手段の一つではある。アンゼルムを見る限りではそんな方法もないのかな。


「そう落ち込むな。アンゼルム、西方の賢者という言葉に聞き覚えはないか?」


 失意の底へと落下しようとしているアンゼルムに対してメリチェイイが聞いた。西方の賢者とはさっきメリチェイイが俺に聞いてきた森羅万象をしる者という奴か。


「西方の賢者? それはどんな……」


 アンゼルムがメリチェイイの話に食いついたところでそれは起きた。


「うがああああぁぁああっぁぁあぁ」


 バサンと大きく布団を蹴飛ばしてリーゼの体が起きだした。


「っは!! ここはどこ? 私はだれ?」


 リーゼの綺麗に整った顔で長い金髪を左右に振り乱している。その様子はあまりにリーゼロッテという少女のとる行動とかけ離れている。そのためかアンゼルムもオティーリエはもちろん、ヴァルターとメリチェイイまでもが言葉を失い唖然としている。


「おお! 執事に貴族っぽい人!! ここはどこですか? あ、いや。ここはどこでしょうかですか?」


 何度でも言うがリーゼの綺麗な顔で大慌ての少女。名前が分からないのでここはそれっぽく少女Aとしようか。少女Aはよくわからない敬語を使っている。


「ここはクライン家の本邸にございます。リーゼお嬢様」


 ヴァルターが不明生物通称少女Aに対して執事然と下回答をする。すげーぜ、ヴァルター。


「ぬほーっ! リーゼお嬢様だって! お嬢様だって!! 誰が!? 私がかー!! こりゃ失敬っ!! くふふふふ」


 大丈夫か? この詳細不明生物少女Aは。それにしてもよくわからない人格を持つ魂が来てしまってるな。俺が死んだ後に日本の女性はみんなこんな感じになったのだろうか。いや、そうでないと思いたい。

 適当な考察をしている俺の前に座るリーゼ父から強烈な存在力があふれ出た。これは魔力って言えばいいのかな。それよりは威圧って言葉を使ったほうがいいか。この強烈な威圧を感じた詳細不明生物少女A(仮)はその威圧感から口を閉ざした。


「リーゼロッテの中に入っている者よ。お前は何者だ?」


 大きな声ではない。しかし、彼の醸し出す存在感という雰囲気からその声色には重みがあった。その重さを他の言葉で表すなら威厳だとか尊厳という言葉になるのだろう。彼が貴族で会ってプローミュデック神定国の数少ない侯爵として権勢を保っている御仁なだけはある。

 そんな男に睨まれた詳細不明生物少女A(仮)タイプリーゼロッテは目尻に涙を貯めている。手だけでなく肩まで震わせている少女は捻りだすように声を発した。


「私は勇者。勇者彩花よ!!」






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