四話
意識の覚醒を感じる。
徐々に聴覚が戻る。
体の下に敷かれた布の感触。
俺は目が覚めたことを自覚した。
目を開けるとそこはリーゼの部屋、ではなかった。俺が置かれているテーブルらしき台から俺は身を上げる。
『どこだここは?』
「ここは鎮魂の森だ」
俺の背後、少し大きなロッキングチェアに座った一人の女性が答えた。
『メリチェイイ?』
「そうだ。メリチェイイだ」
俺は声のする方に体を向ける。そこには一人の女性がいた。
テーブルから見たその女性はきれいな手をした細身の女性。リーゼの者とは比べ物にならない輝くような金髪に整った顔。そして、少し尖った耳。ここまでくればわかるだろう。彼女はエルフ。正確にはアールブというそうだ。
『俺はなぜここに…… そうだ! リーゼは!?』
ここは鎮魂の森。鎮魂の森とはクライン家が守護している森だ。クライン家では庭なんて呼ばれ方をしている。この森は神定国が建国されるよりもずっと前からクライン家が守護してきた特別な森だとリーゼがアンゼルムに教わっていた。今でもこの森はクライン家の領地であって何人たりとも侵入を許可されていない。これは神定国の法によって定められている。
その時は何となく知識を頭のタンスにしまっただけだったが、俺が神力を使って雷化した時に感じたとおりであればここは……
「リーゼロッテは無事だ。いや、無事とは言えないな。コンコン、何があったんだ?」
メリチェイイが俺の目を言った。無事とは言えないとはまた微妙な言い方だが中にある魂が違うのだ。そういう言い方になってもおかしくないか。
俺はぽつぽつとあの日にあったことを話した。神様との会話は内緒だ。
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「なるほどな。コンコンの話を聞いて合点がいった。リーゼの魂に異変を感じてはいたがまさか別の魂になっていたとは……」
メリチェイイは顎に指を当て一人所感を話す。
「たとえ最上級精霊であっても世界内生命体の魂をいじることはできないだろう。となれば、神も関わっているということか」
何度も言うが、精霊というものは世界の保全を役目としている。そして、精霊の目指す先は神。神になるために位階を上げていくんだ。だから、世界内生命体の魂という世界の根幹に近い部分に精霊が触れることはない。
魂に触れるということは必然的に神が手を加えたということになるのだ。
「話は分かった。お前はどうする? 契約は切れているのだろう?」
メリチェイイが問うてくる。
メリチェイイの言う通り、魂が替わっているということは、それを介した繋がりのすべてが切れているということだ。
『俺はリーゼの魂を元に戻そうと思う』
「お前にできるのか? 魂を扱うことが」
さっきも言っていたが、魂を扱うということは神の領域に足を踏み込むということだ。それはしてはいけないことだし出来ない。だから、この質問の意図は、おまえの持つ権能は魂を扱うことのできるものなのかということだ。そして、世界の根幹に踏み込む覚悟があるのかということだ。
『ああ。俺はできる』
俺自身はできないが上司神の試練を乗り越えれば問題は何もない。
「ならば、私も力を貸そう。そいうことだ。ヴァルター。現当主に伝えてくれ」
「かしこまりました」
メリチェイイが俺ではないどこかを見て言うとそこには一人の執事が姿を現していた。アンゼルムの執事だ。
いきなり現れたが今の俺にはわかる。本当に中級精霊になってるんだな。
『おまえ精霊なのか?』
「ええ。故あって半精霊のような状態ですがね」
ヴァルターはそう言って姿を消した。
『力を貸してくれるというがメリチェイイは何をしてくれるんだ?』
ヴァルターのことは一旦置いておこう。俺はメリチェイイに聞く。すると、メリチェイイは俺に視線を戻して逆に聞いてきた。
「私に出来ることはあるか?」
『とりあえずはこの状態をどうにかしたいと思う。あの精霊力をどうにかできるか?』
リーゼの周りで起きた異変の原因は前日にあった濁った精霊力で間違いないだろう。
一般的に精霊力は精霊にのみ許された力であって生命力を持つ存在が干渉しにくいものだがメリチェイイは別だ。彼女はこの鎮守の森を守護するという使命を神に与えられた存在だ。神定王と同様に神力を扱える。しかし、そのメリチェイイでも無理なものはあるらしい。
「この世界を覆っている力をか。さすがに無理だろうな。私にそこまでの力はない」
『そうか。だとしたらまずはこの精霊力をどうにかするところから始めよう』
上司神の試練は、『リーゼの魂の保護』『リーゼの体を守り抜く』『現担当神の企みを防ぐ』の三つだ。
この状況から察するに、濁った精霊は最上級精霊でこの世界の担当神との間に何らかの取引があったと考えるのが妥当だと思う。二つが別々ということも考えられるが、精霊が行動を起こしたから担当神も行動を起こしたということは間違いない。ならば、この精霊力が及ぼす影響に担当神の思惑があると思っていいはずだ。
「この精霊力をか。そうなると選択肢は二つだな」
メリチェイイに何か考えがあるらしい。
「汚れた精霊力の源である悪魔精霊を打倒するか世界を覆っている精霊力を打ち払うことのできる存在又は方法を探すかだ」
『そうだな』
この二つであることは間違いないだろう。俺が出来ればいいんだが両方とも俺の力では足りない選択肢だ。最上級というのは神格さえ得られれば神になれるという位。俺一人では太刀打ちできない。メリチェイイと神定王が居れば何とかなるか。いや、相手の力が具体的に測れなければわからないか。いや、神から力を得ている二人は最悪敵になることも考えなければならないか。そこまでいかずとも力を封じられる可能性は大いにある。
「前者は難しいだろう。最上位精霊と対等にやりあるには最上位精霊を連れてくるしかない。しかし、それは後者も同様だ」
『それもそうだな』
そう。どちらにしても不可能に近いか。可能性が高い方を選ぶか。
『世界を覆っている精霊力を打ち払う方法か』
すでにそんな存在がいるとは思えない。というか、居たら悪魔精霊を倒すのを手伝ってもらったほうがいい。
うーん。でも、そんな方法あるのか。精霊力を打ち消すアーティファクトとかか。俺には思いつかないな。
『方法に心当たりはある?』
「ない。あったらすでに言っている」
メリチェイイが腕を組みながら考えているが思いつかないようだ。まあ、それもそうか。
「あ」
メリチェイイが何やら思い出したかのような声を上げる。
『なにかあるのか?』
「西方の賢者だ……」
『西方の賢者?』
メリチェイイが呟いた言葉を俺は繰り返す。
「西方の賢者なら知っているかもしれない」
西方の賢者といわれても全く心当たりがない。
『その西方の賢者っていうのは?』
「私がまだ人だった頃にいると言われた賢者だ。なんでも森羅万象を解き明かした偉大な賢人だと」
『メリチェイイが人だった頃っていつの話?』
「さあな。もう忘れたよ」
『流石にもう生きていないんじゃないか?』
メリチェイイに寿命はないに等しい。この森と樹を守るために神に使命を与えられた存在だ。その役目に縛られた彼女に寿命なんてものはない。その彼女が人間だった頃ってことは千年前とかってことだろう。
「生きていないとしてもその弟子がいるんじゃないか?」
弟子か。その可能性はあるか。いや、あるのか?
『メリチェイイが人間だった頃の賢者の弟子なんてまだいると思うか? いたとしても失伝しているんじゃないか?』
「まずいないだろうな」
『だよねー』
「だが、その資料が残っている可能性はある。それに、他に心当たりもないんじゃないか?」
『西方の賢者の痕跡を探すか』
「では、出かける準備をしようか」
メリチェイイの助言によって手掛かりを得た。俺としてはリーゼの状態を見てから行こうと思っていたがメリチェイイが何やらやる気を出している。
『んん? お前はここを離れられないんじゃないの?』
「そんなことはないぞ?」
いやいや。あるだろう。ここの守護を任されているメリチェイイが居なくなったらだれがここを守るんだよ。
メリチェイイがロッキングチェアから立ち上がり後ろに見える木製の小屋へと歩を進める。
「すこし目を離しているうちに話が進んでいたようですね」
ちょうどその時またもヴァルターが突如出現した。現れたヴァルターはメリチェイイと小屋の間に立っていた。
「アンゼルム様がお二人にお話を聞きたいとのことです。ついて来てください」
ヴァルターはいつのまにかメリチェイイの腕を掴んで引きずりながら邸宅の方に歩いていた。
それを見た俺も二人について行く。ふらふらと浮かんでいく。俺も中級になったとはいえ未だに浮いて移動する速度は変わらないんだな。
体は大きくなってるはずなんだけどなー。うん。なってないや。なんでだ?
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