三話

 ここはどこだ。

 純白の空間。俺が精霊になる前に訪れたあの神様の空間だ。


「目が覚めたか」


 俺を転生させた神、上司神の声がする。そう知覚すると俺の正面が歪み、椅子に座った男が現れた。


「はい」

「なぜここに呼ばれたかわかるか?」

「いえ」


 考えられる簡単な理由は死んだからとかだろうか。でも、精霊の俺にはあり得ない。俺の死は消滅と同義である。こうやって自我があるわけがない。

 あの時、俺はリーゼの体をもってクライン家の庭に落ちたはずだ。


「少し記憶があいまいなようだが時期に思い出すだろう。今日ここに呼んだのはおまえの持つその魂だ」


 言われて気が付いた。俺のお腹あたりにある魂を。そして俺は自身の体を見て驚く。


「大きくなってる」


 俺の体が子狐から大人狐になっていた。

 そんなことよりもリーゼの肉体だ。記憶があいまいだと神様が言っていた。俺は記憶をさかのぼるが庭に落ちるまでの記憶しかない。あいまいということはこの先があるのか。

 俺は深く思考の海で堂々巡りをしそうになっていた。


「んん。おまえはその魂をどうするつもりだ?」


 おおっと。上司神がいるのだった。俺の意識は一気に上昇した。


「元の体に戻したいと思います」

「元の体にはすでに新しい魂が入っているのだろう? それはどうするんだ?」


 あの時、あの黒い精霊力がリーゼの体に魂を定着されたのを見た。リーゼの体に入った魂を剥がさなければリーゼの魂をリーゼの体に入れることはできない。


「どうしましょうか?」

「考えなしか」

「魂をどうにかするなんて俺にはできません。そもそもあの魂はどこから来ているのですか?」

「知りたいか?」


 あの魂がどこから来たか聞いたはいいけど、よく考えたらどこからでも変わらないのか。魂の状態で存在するということは肉体を失ったという状態だ。肉体は死んでいるのだろう。いや、どこかから引きはがしたという可能性もあるのか。そしたら、その肉体にあの魂を戻せば。


「知りたいです」

「ふむ。いいだろう。あの魂はおまえのよく知る世界から来た若い女性のものだ。おまえの居た世界の地球という惑星の日本という国に住んでいたものだ」


 地球の日本。世界が違うのか。


「俺の前世と同じ世界ってことですね」

「そうだ。あの魂を呼んだのはこの世界の神だ。それも正規の手続きを踏んでいるとは言い難い行いだ。近々神々の間で御沙汰が下ることになっている」


 御沙汰ってことは今俺のいる世界の神様よりも上位の神様が沙汰を下すってことだよな。そんなに大ごとなのか。


「それは大丈夫なのですか?」

「世界内の生命体にはなんら影響はない。ただ精霊には多少影響があるだろう。しかし、おまえは私の眷属として神々に通告している。おまえは大丈夫だ」

「神が代わるってことですか?」

「最悪そうなる」


 問題を起こした担当者が変更になるなんてのは前世でもよくあったことだ。でも、神が代わっても住人に影響ないのだろうか。

 俺の思考を居んだかのように上司神が補足する。


「今回のように担当神が問題を起こした場合。代わりにやってくる神は私のような創造神としての力を持ちつつも自分の世界がない者になる。私も含めて、力がありながら創造を許可されていないものは少なくないのだ。そして、それは一時的なものなのだ。創造神はいずれ自身の世界を作る。世界の管理を得意とする神の中から正式な担当が決まるまでは現状維持せよと指示されるのだ」


 なるほど。とりあえず手を加えずに現状維持をするだけだから紙が代わっても大丈夫ってことか。


「そういうことだ」

「理解できました」


 上司神は俺の返答を聞いて一つ頷いて再び俺に問うた。


「それで、おまえはその魂をどうするつもりだ?」


 リーゼの体に入った魂が別世界からの物であるとわかった。そして、別世界から魂を持ってくるという行為には何らかの手順が必要であるということも神様の言葉にあった。俺がその手順を踏むことはできないだろう。いくら上司神の眷属と認識されていて神格を持っていたとしても。俺はただの下級精霊だ。


「今のおまえは中級精霊になっているぞ」


 どうしよもうもない。とりあえずリーゼの魂を……え?


「俺、下級精霊ですよね?」

「いや、すでに中級精霊となっている。それも、中級上位と言っていいほどに」

「い、いつのまに……」


 俺は今一度自身の体を見る。たしかに子狐から大人狐になってはいるが、中級精霊になっていたとは。それにしてもどうしてだ。少なくともリーゼの一生が終わるまでは中級になど慣れないと思っていたのに。って、あれ? 尻尾が四本ある!


「神力を開放し、精霊力でできていた身体を神力で作り替えたことでおまえの器は作り替えられた。そして、おまえは私の与えた権能を使った。神の雷は強力だ。それを使ってできた体だ。権能を使う最低限の体と成ったためにおまえの器は中級上位と変わらないものになっている」

「なるほど?」


「それで、おまえはその魂をどうするつもりだ?」


 三度目の同じ質問だ。俺はいつの間にか位階を上げていた。中級上位にどんなことができるかはわからない。でも、俺は願いを言おう。


「リーゼの魂をリーゼの体に。そして、今リーゼの体にいる魂をもとの世界に帰したいと思います」

「難しいことだ。その魂を元の体に入れること事態は今のおまえにできるだろう。しかし、リーゼロッテという少女の中に入った魂を欠損なく引き剥がし元の世界に返すことがおまえには不可能だ。それでも、おまえはそう願うのか?」

「はい」


 俺は精霊だ。

 正直リーゼの魂が死んだとしてもリーゼの体は生きている。魂が替わることで保留魔力は変わるかもしれない。それでも、元の体のことを考えれば大差ないだろう。それに俺は既に中級上位になっている。ならば、リーゼの魂にそこまでこだわる必要はないかもしれない。

 だけど、俺はリーゼの魂を諦めたいとは思えない。そして、リーゼの体に入った名もなき魂のことも切り捨てられない。今のリーゼのように引き剥がされたのかもしれない。俺のように死んで魂となっていただけかもしれない。それは、わからないけど、俺はあの魂もどうにかしたい。そう思ったんだ。


「分かった」


 神様だ俺に言った。俺の目を見つめている。転生の時にぼやけていた神様の体は相変わぼやけて見える。だから、目が合っているなどわからない。でも、何となくそんな気がした。


「汝に試練を与えよう」


 神様が急に光だした。その光は徐々に広がって俺を包み込んだ。


「おまえの持つ魂を保護し、元の体を守り抜け。そして、現担当神の企みを防ぐのだ。それらを無事やり遂げることができれば、おまえの望みを私が叶えてやる」

「ありがとうございます」


 現担当神の企みなんて全然わからないけどやるしかない。俺がそう決意すると目の前の神様の姿が薄れていく。


「失敗しても構わない。悔いのないように行動せよ。ああ、それと魂を保持するという行為は精霊の分を超えている。中級上位になったおまえでも多くの力を消費するだろう。ゆめゆめ忘れるな」


 最後にそう神様の声が聞こえて、俺の意識は闇に落ちた。




-------




「これでいいのですか?」


 さっきまでいた自身の眷属である精霊が居なくなった自分だけのプライベート空間。そこで上司神は一人呟いた。


「ええ。あの精霊が無事試練を達成したならば、あの精霊に力を与え上級精霊とすると共に、其方に世界創造の許可を与えましょう。正確には世界創造の準備の許可ですが」

「それで十分です。今よりは断然進歩ですから」

「ふふ。では、私もあの精霊を見て暇を潰すとしましょう。それにしても、面白い魂を見つけましたね」


 上司神だけのはずの空間に響いていた声はそこで消えた。

 あの日、天界と冥界の挟間にでたまに意思を保っている者がいると言った。それは嘘では無い。しかし、彼ほどに確たる自我を持っている者はほとんどいない。それこそ奇跡といっていいほどに。神である自分が奇跡というのもどうかと思うがな。


「ふう。頼んだぞ。私が世界の創造をするためにはおまえが必要なんだ。神の世界に染まっていない自我を持つ神が」


 上司神は自身の空間から消える。彼も自身の為すべきことをするのであった。



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