二話
卒業式の日。
身に覚えもない婚約とそれの破棄。
突然現れた女性。
リーゼ、ピンチ。
うむー。四行になったが何とか整理できたぜ。
「彼女の名は、エイネ=フィクタウム。僕の最愛の女性だ」
堂々と胸を張って宣言するゲルハルト。
「はあ。それで私が彼女に何をしたというのでしょうか? 初めましてですよね? それと、先ほども言いましたが、そこは王族の方のみが上ることを許された場所です。速やかに降りなさい」
リーゼは揺るがず注意する。
しかし、その注意はこの講堂にいる人間には別の意味で聞こえたようだ。
「こ、こわいですわ」
そう言ってゲルハルトの腕を強く掴むエイネ。その様子を見た生徒たちは口々においたわしやとエイネを気遣う。
そのエイネの様子を見て、ゲルハルトはリーゼを睨みつける。
「彼女は最愛の人だと言っただろう! 彼女は僕の伴侶になる人だ!!」
「ということは、まだ結婚していないのですね。では、降りてください」
「だから、彼女は将来僕の伴侶になるから構わないと言っているだろう! くどいぞ!」
話がかみ合っていない。
俺は茶番を傍観しながら思案に耽る。もしかして、昨日の濁った精霊力の影響か?
リーゼは俺と契約しているから影響を受けなかっただけで、他はみんな影響を受けたということか。そうなると、エイネという女は怪しくないか。この場では、彼女だけが利益を得ている。
俺はエイネを注意深く観察した。そして、気づいた。彼女と目が合ったことに。
卒業式全体を見ようと、少し高い位置で全体を見ていた俺と目が合ったんだ。
俺の精霊としての勘が告げる。彼女は危険だ。
俺はリーゼへと語り掛ける。リーゼは俺が話せることを知らないが緊急事態だ。仕方ない。
『エイネという女は危険だ。気をつッ!!』
「え?」
「僕の方を見ろ!」
いきなり聞こえた声に辺りを見回すリーゼ。その動きにゲルハルトが何やら憤慨しているが、そんな奴は放っておけばいい。語り掛けながらリーゼのもとへと向かおうとする俺を何かが捉えた。
精霊力だ。それも昨日見た濁った精霊力。どこから現れた。俺はそれを振り解こうとするが力の差が大きすぎる。これは、なんだ。ねむけが、きゅうに。
俺の意識を何が上書こうとしてくる。全力で抵抗する。俺は俺である。俺以外の何者にも囚われない。あの日、俺が死んだ日だって、そうだった。
俺はリーゼのもとへと駆け付けようと全力を出す。
『雷化!』
声に出す必要はないが、俺の気合と一緒に出た決意。俺の体は雷となり、周囲へと衝撃を轟かせる。
その轟音にリーゼも気づき、俺を見上げ、すっとんきょうは顔をする。そいや、俺の全力を見たのは初めてか。
俺を纏う汚れた精霊力は色を黒く黒くしていき闇へと変ずる。
俺は囚われまいと、闇は俺を捉えようとする。
「コンコン!!」
リーゼから魔力が送られてきた。その魔力を俺はこれまで通り神力へと変換した。そして、気づいた。精霊力で対処できないのであれば神力を使えばいいと。
俺は使った。本来は大事に貯めておくべきもの。それでも、今はリーゼを助けたかった。
「なんだあれは! なんなんだ!!」
ゲルハルトが何やら吠えているが、その様子は木っ端だ。王としての資質は皆無。その狼狽えようは生徒へと伝播する。
「う、うわー!」
一人に生徒が行動から出ようとする。その後ろにいた生徒は押されて気づく。その生徒も行動を出ようと考え、動き、またその後ろも。
パニックは伝播し、人の波へとなる。俺と闇の攻防を見ているのはもはやリーゼとゲルハルトにこの行動に詰めていた近衛騎士と警備の騎士たち。そして、エイネだ。そんな人々の様子を傍目に見ているぐらいに俺は冷静だった。神力がなじむ。精霊力なんて比べ物にならない。俺は力を開放した。
雷で象られた狐。その大きさは子狐なんかではない。狐の成体がそのままライオンやトラといった生物と同じくらいの大きさになっている。光り輝きすべてを包む白い雷の体で周囲を轟音で畏怖する。
俺の体になじんだ神力が雷となって空に舞い、それを俺がまた雷として吸収する。
その姿は一種の美であり、見上げてた騎士の一人ははその姿に神聖を見つけていた。
俺の様子を見たリーゼはただ俺を見ているだけだった。思考を放棄して唖然としているだけだった。だからだろうか。それを避けることはできなかった。いや、気づいても無理だったか。
天高くから降り注ぐ何か。人に目視はできない。でも、俺には見える。それを誘導するように周囲を囲む暗い精霊力。その先にはリーゼがいる。
俺を捉えようとしていた闇の精霊力なんてすでに俺の雷が浄化している。
俺はリーゼを守るように降り注ぐ何かとリーゼの間に移動していく。それだけで衝撃波が講堂を揺らす。天井は既に吹き飛んだ。
どうにかゲルハルトを守ろうとゲルハルトの周囲を固めていた騎士たちはゲルハルトと一緒に吹き飛ばされている。エイネなる女性の姿はすでにない。ここにいるのは俺とリーゼと降り注ぐ何か。
加速した世界。
まず俺は自らの権能を使って、何かを覆う精霊力を消し去ろうとする。その俺の意思に呼応するかのように精霊力は形を作る。何かはわからない。その何かと俺の神力がぶつかる寸前。何かが俺を捉えた。さっきまでの精霊力ではない。これは神力だ。俺が今使っているものと同じ神力。俺以外の神力。
一瞬。加速した世界では数秒という高速だったが世界にとっては一瞬。その刹那の拘束で俺は間に合わなかった。
降り注ぐ何かとそれを誘導した黒い精霊力がリーゼの中に入る。
ここまで近くで見ればわかる。あの何かは魂だ。黒い精霊力で出来た何かはリーゼの魂を肉体から引きはがし、降ってきた魂を肉体に定着させようとする。
すでに魂は引きはがされた。
降ってきた魂が定着した。
黒い精霊力は形を変えた。
大きな口になった。
引きはがしたリーゼの魂を喰おうとしている。
ゆるさない。
俺はリーゼの中の黒い精霊力を滅した。
リーゼの魂を肉体に戻そうと試みるが既に別の魂が定着してしまっていた。俺に魂を剥がす術はない。
俺はリーゼの魂を大事に大事に抱え込んだ。俺の内で保管する。彼女の魂は俺が守る。俺に力を与えたあの上司神ならどうにかできるかもしれない。
神力でかごを作った。今の俺なら造作もない。その中にリーゼの魂をしまった。それをお腹の中に。
あとは体だ。俺はリーゼの体を磁力を使って浮かばせる。
講堂に新たな闇が現れた。
講堂の壁が吹き飛ぶ。この精霊力は王城の方から流れているのか。俺の視野に王城を捉えていた。その王城にある複数ある塔の一本。その上に立つ男。神定王だ。七年前見たあの神定王の姿が見えた。
その姿は俺の加速した世界で一瞬にして掻き消える。そして、俺の前に現れた。
「神獣よ。ここは余に任せてゆけ。姪を頼むぞ」
その男の周囲には本来人が持つことの叶わない力、神力が溢れている。
神定王。神に選ばれた王なんて前世によくある王権神授説と同じかと思えばトンデモなかった。彼はまさに使徒だった。
俺は感謝として一つ唸る。なんとなく衝撃波で表現した唸り声は大きな衝撃を生んだが、彼にはそよ風と同じのようだ。彼は口角を上げた。
「感謝はいらぬ。余が家族を守るのは必然。そうだな。この騒動が終わったら一度茶でも一緒に喫してくれればよい」
そんな軽口を立てる神定王を置いて俺は飛び立った。リーゼの体の周りに俺の力を纏わせておけば風なんて関係ない。
目指すはクライン家。邸宅の方ではない。庭の方だ。今の俺ならわかる。あそこは俺が生まれた幻惑の森と同じ特別な森だ。
俺は一路、森を目指す。その姿は一筋の落雷。この日の首都の天気は、暗雲。それと、一筋の落雷だった。
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