始まり
学園入学から七年。
リーゼロッテ=クラインも今年で十五歳を迎える。
あの日に願った平和もある程度は叶っている。
リーゼの学年はリーゼをトップとして纏まり続けている。リーゼの温和な性格が全体に伝わったかのように。
リーゼが通う学園はどの学年でも家格によって派閥が成形されているみたいで、どの学年でもリーゼのような人が居る。そう言った人物は学園側からも学年の代表のように扱われ、ある程度の判断を求められるようになる。だからだろうか。その学年はその代表本人の性格を良くも悪くも映すようになっている。
いざというときに仲裁するのがその学年のトップであるなら、その人の性格を考慮したうえで行動するようになるというのは別段おかしくない。独裁者の下で民が怯え他者を信じなくなるのと似ている。
リーゼの学年は今年最上級生。そして、数日後には卒業を控えている。
今もリーゼは卒業に向けて寮の個室の整理をしている。学園に入学した日からずっと生活してきたこの部屋ともあと少しの付き合いというわけだ。この部屋も来年の入学生が使うはずだ。なんとなく歴史を感じて過去と未来に思いを馳せる。
俺が精霊として誕生してからそろそろ十年になる。
この十年で俺は相も変わらずこれといった行動は取っていない。リーゼに付いて回って、リーゼの願いを聞いて力を使うぐらい。俺の神力はリーゼから供給される魔力で順調に増えている。最近はリーゼも精霊の扱いをわかってきたのか、以前より一層俺に力を回してくれているし、力の節約の仕方も分かってきている。
精霊は自身の力を使う際、精霊力を使う。魔力ではない。だから、精霊術師が精霊に力の行使を求む際に渡す魔力は精霊が行使する力に比例しない。その力の行使に見合う魔力を渡せば精霊は力を行使するのだ。
俺は違うが、精霊とは生まれたときは神格も権能も持たない。俺は持っているが。
生命体と契約する精霊の目的は、魔力や気力といった生命体の持つ力と精霊力を合わせて作ることのできる神力を蓄えることだ。
実は神力を蓄えるという行動にも一般的な精霊は精霊力を使う。権能を持たないということは神力を蓄える器がないということだ。正確には、精霊自体の持つ神力の器は精霊としての位相応の物で、位をあげるためにはそれ以上を貯めないといけないということなんだが。まあ、同じ意味だろう。
精霊の力を行使するには精霊力をなるべく使わずに行使できることを頼めば必要な魔力も少なくなるというわけだ。これは実際に引き起こされる事象と切り離して考えなければならない。それが出来て一端の精霊術師となるのだ。
例を出せば、火系の精霊に火を起こしてもらうのと水系の精霊に火を起こしてもらうのでは当然消費する精霊力が違う。海の水を使って水の竜を作るのと無から水を作り水の竜を作るのは違う。こういうことだ。
俺の力は雷だから火を起こすことも水の竜を作ることもできる。ただそれをするとなると火や水の精霊よりは余分に力を使うということだ。
だから、俺に少ない魔力で大きな威力の精霊術を行使するには雷に関することを願わないといけないのだ。
別におかしなことを言ってはいないし、当たり前なことを言っているが、実際に行おうをすると難しいものがあるのだ。
先の例でいえば、水の精霊に無から水を作らせるというのはいくつかの方法がある。例えば、空気中の水分子を集め、水にする方法。これは空気中の水分子を
他にも、水を新しく創る方法。これは創造だ。多くの力を使うのは当たり前だ。水系の精霊であれば少し多く使うぐらいだが、無から有を作るだけの力の消費はある。だから、これを行使していもらうために精霊術師は多くの魔力を精霊に与えなければ精霊が力を行使しないのだ。
こういった当たり前のことを理解し始めて精霊術師と名乗れるようになるわけで、リーゼもその段階へと至ろうとしている。これがリーゼの8年の成果の一つだ。その段階に生涯至れない術師もいることを考えればリーゼは十分優秀だ。
リーゼがこの学園で得たもの。それは人脈。精霊の行使の仕方。神定国の高い学力。そして、それらを含めた処世術。
傍から見てた俺でもよく頑張ったと思える。ほんとこれだけで十分だった。
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時は既に宵の口をとうに過ぎ、人々はみな安らかな眠りに就いている。
王城の一室。
中央に天蓋付きの大きく豪華なベッドが置かれている。繊細な意匠が拵えられたヘッドボード側にベッドを避けるように大きなガラス窓が二枚。天井からヘッドボードの上辺辺りまでにベッドを避けるように設置されている。普段その窓二枚が光源となって、過剰なぐらいの明かりを部屋にもたらすのであろうが今はその役割を一切発揮していない。窓は床スレスレまであるカーテンで閉じられている。部屋の天井に付けられている大きな照明も今は役目を果たしていない。
ベッドの両側面側の壁には本棚がびしりと配置されている。中には分厚い本がこれまたびしりと入れられている。本の重さを考えれば並みの本棚であれば壊れていてもおかしくないかもしれない。そして、その本棚に入りきらなかった本たちが本棚の前に山積みとなって散乱している。
本棚に収まっている本たちの背だけではわからなかった本の内容も散乱された本たちの表紙を見ればわかるかもしれない。字が一つもない真っ黒な本や古紙をまとめて何とか本っぽくしてある本もある。そして、本来の色は違っただろうに、本の表表紙が赤黒い何かで変色している本も多く見える。城の使用人が見ればまず間違いなく噂となって城中を駆け巡るだろう。
ベッドのフットボードから部屋の入口までには大きなスペースが出来ている。入り口のドアがある壁側に寄せられているテーブルと複数の椅子、それと、大きなスペースの床となっている絨毯にかすかに残っている日焼けの後に気づければ、もともとそこに置かれている物だったとわかる。
意図的に作られたスペースには、何やら大きな紙が敷かれている。紙には何か模様のようなものが書かれているが真っ暗な部屋の中では分からない。
部屋には一切の明かりがなく、かすかに人が動くであろう布が擦れる音がするだけだ。
模様の書かれた紙の端に一人の人間がいる。この部屋の主だ。
「や、やっとだ。やっと……」
そろりと出た独り言を聞いた男は改めて部屋の中を見渡した。
「これで大丈夫なはず」
そう言って、男は手に持っていた一冊の分厚い本を見て何かを確認する。
「今日、私は王になる。この力で王になる。そして、リーゼロッテを手に入れる。くくく」
男は妄言を吐いた後、低く薄気味の悪い声で嗤う。そして、それは徐々に大きくなる。
「ふははっはははっはあははあっははははははっは」
部屋中に響くその狂音が止んだ時、男が一言呟いた。
「開門」
その言葉に呼応するように部屋中を大きな暗い光が照らす。その光はどうやら絨毯に置かれた大きな紙から溢れているようだった。
次いで、吹き荒れる風。そよ風から始まった風も今では絨毯に散乱していた本たちを巻き込み壁という壁にぶつけている。
「我願うは夢幻の魔。我が幻を現へと為す悪。すべてを塗り替えよ」
それは呪文だったのだろうか。それとも懇願だったのか。おそらく呪文だったのだろう。その一言が発せられると同時に部屋中を照らしていた暗い光がすべてを包み闇へと変えた。
広がる闇。それを部屋の主は気色の悪い笑みを浮かべたまま眺めていた。
「始まる」
何かを確信した部屋の主の言葉と同時にその闇は神定国の広大な首都のすべてを包み、世界を夢で覆った。
その異変に気付いた人は少ない。
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