第9話
いくつかあるトランクをごった返しながら見つけた晩餐会の時に着る学園の制服をソフィが確認する。
「特に汚れなどもなさそうですね。一応浄化しておきましょうか」
ソフィは部屋トランクの中からハンガーを探し当て、制服に通した。
「光の精霊よ」
ソフィがそう唱えるとソフィの持つ制服へと光の精霊が集まり出す。
「浄化の力をここに」
告げられたとおりに光の精霊たちが光を出しながら制服の浄化を始めた。数秒の間続いた光もすぐに収まる。
「これで大丈夫です」
「ありがとう。ソフィ」
「いえ。晩餐会の準備をするには少し早いですね。いかがなさいますか?」
「うーん。早めに準備を始める」
学園の入学式を兼ねた晩餐会。
入学式を兼ねているとはいえ、国王が参加することもあるその晩餐会は必然的に格式が高いものだとされている。出席するにはそれなりの恰好をしなければならないというのが今の風潮だ。
昔は学園を作った王祖の決めた『広く学問を』をモットーに服装に関しては自由だったらしいが、今では制服が作られている。学園に属している生徒は公用の場の全てでこの制服を正装として着ることが許されているのだが、逆にこの制服が買えないような者が入学してくるなという意味にもなってしまっているのが今の現状らしい。アンゼルムがこぼしていた。
貴族院からは制服の着用が義務付けられていないらしく、ようやく制服から解放されるとクルトが喜びながら言っていた。
「あれ? お風呂はないの?」
「ないようですね。アンナ様が帰るたびにそう愚痴をこぼしてらっしゃいましたよ」
「そうだっけ?」
この部屋にはお風呂やシャワーはない。リーゼは忘れているようだがアンナがそう漏らしていた。なんでも大浴場があるそうだ。『裸の付き合い』なんてことを言っていて驚いた覚えがある。前世と同じ言葉があるなんて。
やがて時間は過ぎ、部屋の片付けも晩餐会への準備も終わり、部屋でのんびりとしていると館内放送が流れだした。
『新入生は一時間後に一階に集合。入学晩餐会の会場に向かいます。繰り返します。新入生は一時間後に一階に集合。入学晩餐会の会場に向かいます』
放送はそれだけで終わった。
「では、お嬢様。着替えをいたしましょう」
ソフィが荷解きの際に別に出しておいた晩餐会用のドレスを手に取る。身だしなみは整えたといっても早くからドレスを着る必要もない。化粧も薄く施されたリーゼは観念したような顔をして頷く。
「はい」
リーゼは丁度飲んでいた紅茶の入ったカップをテーブルへと置き、席を立ち、服を脱ぎだす。
「一刻しかありません。急ぎましょう」
ソフィもそう言いながらコルセットの準備をする。五歳の誕生日パーティーの時はなかったコルセットも七歳の入学晩餐会にには付けないといけないようだ。
これもここ一年での変化だ。知識を蓄え始めたリーゼの生活は徐々に変化していた。最初は嫌がっていたコルセットもの今ではお手の物だ。
「お願いします」
準備は始まり、その後一分ほどはリーゼのうめき声は止まなかった。
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学園の入学式は有名だ。
貴族が多く出席するのはもちろん、王族も必ず出席する。
誰が出席するかはその時の事情によるが、必ず王族の誰かに拝謁出来るというのは民からすれば恐れ多いことだ。
エリザベス女王が自分の入る高校の入学式に来たとでも思えばいいのだろうか。想像できないな。
入学式は立食パーティーだ。生徒が集まり、後ろで親族が、というのは変わりない。
会場の奥には王族方の席が一段上に設けられている。一際目立つ仰々しい椅子が見えるから王様が来るのかな。それか王太子。王族用のスペースの下に新入生が、その更に下に家族等親族の参列用のテーブルが置かれている。
この日ばかりは、次代を担うであろう子供達の方が親よりも上だというのことだろう。
館内放送を聞いた後、手早く準備を済ませたリーゼとソフィは放送で聞いた会館へと移動していた。俺はもちろんリーゼの頭の上だ。
のんびりと歩いているソフィにリーゼが聞く。
「こんなにゆっくり歩いてていいんでしょうか?」
リーゼは自身の横をすり抜けるように先を急ぐ人々を顔を小さく横に振りながら見ている。
「ええ。この場合急いで走るのはいけません。こういった場所では、貴族の方々が間に合うように通達が成されます。リーゼ様は早くから準備をされていましたが、そうではない方のことを考えれば、この調子で歩いていても余裕で会場に到着します」
さも当然のようにソフィが言った。
確かに、俺の考える偏見に塗れた貴族達ならば、館内放送がされてから準備していると思う。
今頃、何を着るかで揉めてたりするのだろうか。
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会場に着いたリーゼたちは自分たちに割り当てられた場所、会場の中段へと進んだ。
立食パーティーのため、席は無い。壁際に幾つか置かれているから疲れたらそこで休めということだろうか。
リーゼが会場に入ったあたりから密かにざわめきが起きている。新入生用のテーブルへとたどり着くとそれは更に大きなものとなった。
後で知ったことだが、今年の新入生の中で家格が一番高いのがリーゼの家であった。
学び舎と言ってもただ学問を学びに来たという者は少ない。普通院であれば尚更だ。
侯爵であるクライン家と友誼を結びたいという家も多く、親から何としてもクライン家のご令嬢と親交を深めよと言われていた新入生は山ほどいたそうな。
そんなことは知らないリーゼは遠巻きに自分を観察する視線に戸惑っていた。
5歳の誕生日から今日まで小さめとはいえ幾つかの社交会には出席している。こういった場所が苦手だとか嫌いだとかそういった訳ではない。しかし、リーゼがこれまで参加してきたものには当然クライン家と釣り合う家格の人間しか出席しておらず、その視線の意味も全く違うのだ。
下卑たとは言わないが欲の乗った視線、更に言えばリーゼを通してクライン家へ向けた視線に戸惑っていたのだ。それは本来であれば隠すべきものなのだがそれができない。まあ、7歳だから仕方ないか。
だが、先に言ったように、そういった者たちばかりではない。
「あら、お久しぶりでございます。リーゼ様」
そんな風に声を掛けてくる者もいる。それらは、この二年でリーゼが作った人脈だ。
声かけて来た者に受け答えをしていると同じように声を掛けてくる者が現れる。そして、こう言うのだ。
「彼女は、私の友人で〇〇と言います。リーゼ様へ是非紹介したかったのです」
それは、善意の者もあれば含意のある者もあった。
前者であれば、家格は釣り合ってなくとも両親のつく役職によって力を持つ家で今迄会うことがなかっただろうという者だ。
当然だが、これまでリーゼに貴族以外の友人というのはほぼいなかった。いるとすれば、クルトに連れ出されたあの日できた友人ぐらいだ。
だからそこ、この出会いは有意義なものになると思う。
後者の場合も無駄になることはないだろう。対処の仕方を誤らなければ。
こうして集まった新入生はリーゼに何らかの魅力を感じ、一つの集団となる。所謂派閥の完成だ。
リーゼ派が誕生した頃には、会場にいる人数も増え、そろそろ始まるだろう入学式の気配を感じられるようになっていた。
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荘厳な音色がいくつも重なる。まさに協奏。
それと同時に、ざわめきという雑音はテレビの音量を下げるかのように消えていく。
近衛だと思われる騎士の装いをする者が高らかに宣言した。
「神定王陛下、ご入来!」
そして、静寂の支配する空間を上書きするかのように靴が鳴らす音が響く。ゆっくりではなく、されど速くもない。一定のリズムを奏でるファンファーレが最高潮を誘う。
自然と垂れる頭。
まだ見えてもいない一人の人間に会場にいるすべての人間が同様の行動をとった。臣下の礼。
俺は精霊だから変わらずリーゼの頭の上だったがな。いきなり下がった頭から落ちそうになっちまったぜ。
自然と止まった背景曲。刹那の沈黙の後、ただ一人だけ声を発することできる。
「楽にせよ」
王様の一言で大人たちは床に付いた膝を上げ立ち上がる。この一言で立ち上がるのは予定調和というやつだ。生徒の中にはこれを知らないのか、ただ面を上げた者や傅いたまま顔を下げ、微動だにしない者もいる。リーゼは当然のように立ち上がっていた。
あらかじめ決まっていることだから他にも親に聞いていた生徒は立ち上がっている。
「今年もこの日がやってきた。我が国の宝である諸君らをこうして祝福できることを神に感謝しよう。諸君らはこの学び舎で多くを学ぶだろう。それらが諸君らの道を照らさんことを」
そう言って、王様はひときわ目立つ椅子に座った。他にも椅子が見えるが王様以外に人影がないから一人だけみたいだ。
「これより入学式を始める」
王様が座ったままそう宣言した。
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新しく始まった日常。
リーゼにとっては忙しくも楽しい新生活。俺にとってはまるで物語のように見える。リーゼという少女の物語を第三者の立場で傍観する今の生活はとても楽しい。日々を過ごすだけでリーゼの持つ膨大な魔力の一部が俺に流れ、俺の神力となる。俺の力は日増しに強くなる。
このまま何事もなくこの少女の一生が終わればいい。そんな風に思っていた。
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