第8話
学園の門の前には幾人かの人だかりが複数できている。
聞き耳を立ててみれば「頑張るのよ○○ちゃんならできるわ」だとか「お前は××家の人間としてふさわしい振る舞いをするんだぞ」だとか、見送りに来ただろう家族と話している新入生がいる。
方や、何もないかのように使用人と共に門の守衛とやり取りと交わしている新入生もいる。
後に聞いた話だが、この二つの違いは実家が首都に近いか否かだそうだ。首都ならびに近郊の家はいざとなれば帰ることができるが、それ以外となると多少の労力と費用が必要になってくる。そのため、これからの八年間を一切帰省しないという猛者も珍しくないとのことだ。
いくら大陸全土を支配する神定国であっても魔物の駆逐が完了しているわけではないのだ。旅にはそれ相応の危険が伴う、らしい。
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「こちらがリーゼ様のお部屋となります」
案内された一室はあらかかじめ寮だとしたらされていたにもかかわらず寮に見えない、そんな部屋だった。
玄関を入るとそこは木製のテーブルと椅子やソファが置かれている部屋だった。
「改めまして。私はここの寮監をしております、クラリネットと申します。ご存じでしょうがここでは外の立場は関係なく学内での立場が優先されます。また、他者を呼ぶ際に名字を呼ぶことも原則禁止されています。ですので、私を呼ぶときは『クラリネット寮監』とお呼びください」
リーゼたちを案内していた女性が言った。
きれいな女性だ。スタイルもよく、容姿もいい。だが、どこか影が薄い。そんな印象の人物だ。
こげ茶の長髪を綺麗に後ろで括っている。目も神と同じような色をしているからだろうか。よく見てみれば、来ている服も凝った装飾等はなく大人しめだ。
「分かりましたわ。クラリネット寮監」
「ここが居間で奥に寝室とキッチンが置かれています。後ほどご確認ください」
リーぜが了承したのを聞いて笑みを浮かべたクラリネットがソフィの方を向いて言う。
「分かりました」
ソフィはそう言って頷いた。
「では、私はここで。時間になったら館内放送で知らせますので送れないように下に降りてきて下さい。分かりましたね?」
「はい」
クラリネットは開いていたドアから部屋を出た。
残されたのはリーゼとソフィと俺。
部屋にはすでにいくつかのトランクが無造作に置かれている。家具はすでに取り付けられているがそれは必要最低限の物なので各自で持ち込んで良いとなっている。入寮の時点で家具をすでに送っておく人もいるのだがリーゼはとりあえず部屋を見てから決めることにしていた。
「早速荷解きをしましょうか」
ソフィはそう言って家から持ってきていたトランクを部屋の端までもっていく。そして、部屋中を見渡した。
「ここがリビングで奥が寝室でしょうか?」
「とりあえず一通り見ておきましょう」
「かしこまりました」
リーゼとソフィはそう言って与えられた一室を探索し始めた。
間取り的には寝室にリビング、そして、キッチンと申し訳程度の広さの空き部屋の四部屋があるだけだった。うん。一応2LDKってやつだね。空き部屋はこれからソフィが使うことになっている。
俺の記憶的にはこれでもかなり広いと思うのだが、二人にはそうでもないみたいだ。
学園の寮では最初の一年に限って使用人を使うことが許されている。六、七歳の子供にいきなり独り立ちをさせるのも、っていうことらしい。もちろん使用人を雇わないものもいるし、雇えないものもいる。
「狭いですね」
「リーゼ様は次女とは言ってもクライン家の者です。この部屋は広い方なのでしょう」
「そうなの、かもしれないね」
リーゼはまだ六歳。もう少しで七歳だ。
自分の家が絶対の基準になる。その結果、多少の戸惑いを見せたが部屋が以前より狭いことに何か思うことがあることはない様だ。
リーゼにとっては、この寮の部屋に関しても新たな未知であり、学園生活というものに付随する新たな知識でしかなかった。
「では、私は軽く掃除をします。リーゼ様は今日の晩餐会の準備をお願いします」
「分かったわ」
部屋を一通り見終わった二人は二手に分かれて作業を始めるようだった。
俺はリーゼの頭からリビングに置かれていた大きな長方形のテーブルに移動した。見た感じ普通のテーブルだ。大きさ的に四人用かな? 木で出来たテーブルみたいだ。
テーブルの上に座って二人の様子を見る。
ソフィは家からあらかじめ送っておいたらしい荷物の中から箒と塵取りを取り出した。俺も何度も見た事のあるものだ。ソフィはその箒を何やら確認してから塵取りを床に置き、箒で一回床を払った。それだけでリーゼと俺のいるこのリビングに変化が現れた。
木枯らしのような下風が箒を起点に流れ出し、それは室内にあった埃や汚れを巻き上げながら壁を伝っていく。途中にいたリーゼや置かれていた荷物には風自体が避けるように動いていたため影響がない。巻き上げられた埃は風と共に流れていき、風の終着点となっているソフィの下へと風を伝って流れていった。正確にはソフィの横に置かれている塵取りだ。
床を伝い、壁、天井と澄み渡った風が塵取りへと入ったのだ。
「これでいいですね。リーゼ様、私は他の部屋も行ってきます」
「はい。お願い」
リーゼの返事を聞いてソフィは隣の部屋へと向かった。
さっき使ったソフィに箒は魔道具だ。簡単な掃除ができる魔道具。始めて見た時は猛烈に感動したのを今でも覚えている。かなり昔から存在する魔道具のようで各家庭に一つは確実にあると言っても過言ではないという代物らしい。
ちなみに、埃やごみと一緒に塵取りに入った風は魔法によって吸収されているのだそうな。よくわからない。
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ソフィが四つの部屋を掃除し終える時にはリーゼの方も今日使う必要のある物の荷解きが終わっていた。まあ、荷解きの過程でいろいろとぐちゃぐちゃなのだが。
「こちらは終わりました」
「あ、ソフィ。ご苦労様」
途中途中、部屋と部屋を移動するときにリーゼの様子を見ていたからそれほどではいないが、少なからずソフィの顔は怒りを表していた。
「リーゼ様」
「なに?」
リーゼは自分が仕事を果たしたと思っている。多少ぐちゃっとしているがそれは後で片せばいいのだ。
笑顔で答えたリーゼを見て、起こる気も失せたのか小さく息を吐いてからソフィは言った。
「いえ、荷解きは終わったようですね」
「ええ」
「では、晩餐会の準備をしましょう。他の荷物は晩餐会が終わった後に出しましょう」
ソフィが持っていた箒と塵取りを玄関付近の壁に立てかけながらそう言った。
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