第6話
オティーリエはそもそも下級に遊びに行くことを反対していたわけじゃなかった。こっそりと屋敷の外に行くことを怒っていたのだ。
俺もすっかり勘違いをしていた。
結局、リーゼとアンナがクルトの友達たちと遊ぶことは許可された。
当然のように護衛はつけることになったが、その彼らが俺たちの前に姿を現すことはなかった。陰ながら護衛しているそうだ。
リーゼ母の登場後、街へと行く計画は家人全員に通達された。メイドたちは三人の着替えやら持ち物やらの準備を急いで始めていた。
リーゼなんかは初めての街ということで着せ替え人形かのように着替えさせられていた。あれがいいこれがいい数人のメイドに構われ、既にリーゼの体力の多くは失われたようだ。最後の方はウトウトしながら着替えさせられていた。最終的にはソフィの一言で衣装が決まった。
リーゼの衣装は簡単に行ってしまえば街の子供たちが来ている服に似たデザインの物だ。子供と遊ぶということで動きやすさも考慮された服装だ。シャツにスカート。色のモノクロで目立った衣装はない物が選ばれていた。
これから行く場所は裕福な住人が多く住む場所だ。比較的安全な場所だが、事件が一切起きないというわけでもない。目立った服を着ていく意味もないのでベストなチョイスだろう。
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準備ができたと言われ、寝ていたリーゼが起こされる。着替え終わったリーゼはすでにクタクタでそのまま近くにあった椅子に座って寝てしまったのだ。ソフィも普段であれ叱っていたかもしれないが今日は見逃すことにしたみたいだ。
そんな彼女を俺は近くにあった椅子から見ていた。ソフィはリーゼのそばを離れずにいる。
リーゼの寝ている間、軽くソフィと話何かあったら先と同じように連絡すると伝えておいた。念のためと、ソフィも精霊魔法でリーゼに何かあったら分かるように風の精霊をリーゼに付けた。
この風の精霊は最下級精霊だ。今の俺の下級精霊よりも位が下で明確な形を持っておらず意思の類も一切ない。契約を必要とせず使役できるためちょっとした精霊魔法には欠かせない存在である。一つ一つの力は弱いため、大きな術には向いていない。
一般人にはわからないがリーゼの周りにいくつかの精霊がくっついた。もしリーゼに何かあれば子の精霊たちがソフィの下に向かうという術だ。保険だがないよりはあった方がいいに決まっている。
なにも起きなければいいが二人で笑い合ったがフラグではないはずだ。
起こされたリーゼはこれから下級へ行くことをすっかり忘れていたのか。「なに?」と寝ぼけた目でソフィに聞いた後、「ねむい」と言って自室に戻ろうとした。そこでソフィが「街に行く準備ができましたよ」と言うと、リーゼは途端に目を輝かせた。
「これから街に行くの!」
椅子に座っていたリーゼは椅子から飛び降りる。スカートが風で軽くめくれあがっているのだがお構いなしだ。足が付かない椅子から降りるときはいつもこれだ。よくソフィに怒られているのだがつい跳ねてしまうようだ。最近は大人用の家具を使うことも増えてきたリーゼであった。
「お嬢様」
「あっ」
いつものようにソフィに注意されて気づく。そして、ソフィの方を向くと近くにいた俺に気づいたらしい。
「コンコン!」
俺の名前を呼んだリーゼの頭に乗っかる。俺はソフィの方を向いて一度頷いた。
知らせに来たメイドの案内でソフィと共に玄関まで向かう。俺はもちろんリーゼの頭の上に乗っている。
リーゼの部屋から玄関までは当区はないが近くもない。数分歩いて玄関に向かった。
玄関にはすでにクルトとアンナがいた。そしてオティーリエもいた。リーゼの姿を見た彼女はソフィ―に向かった「任せたわよ」とだけ告げて屋敷の中に入っていってしまった。
護衛の者の姿は元からない。
当初の予定では、クルトの友人たちの中に混ざることになっていた。そのことを考え、護衛は他者に威圧感を与えないように隠れてリーゼたちの護衛をするみたいだ。俺としてはべったりくっついて護衛してもらいたかったのだが。
仕方なしと、俺は下級精霊としての少ない力を使って姿を隠した。幸いリーゼは街という未知のものに好奇心を奪われていて俺が姿を消したこと気がつかない。俺は姿を消したままリーゼの頭の上から周囲の警戒をしていた。初めて精霊らしいことをしているかもしれない。
玄関から外には馬車が横付けされていた。それに乗って街へと繰り出すことになったようだ。
迎えにきた馬車は、俺の知っている前世の馬車とは姿形が異なるものだ。簡単に言えば大きな馬のゴーレムの腹部に人が乗ることのできる個室が付いているようなものだ。馬も足が短く、道産子のような馬だ。いや、それよりも手足首が短い。どうせなら馬じゃなくトカゲやヘビみたいに地面からの距離が少なくなるものにしたらよかっただろうに、というのは俺の初見時の感想だ。ここ一年で何度もメイドや執事たち使用人が『馬車』と呼んでいたので今では全く違和感をもたなくなったのだが。
馬車の腹部から縦の長方形をした形の入り口がパカリと展開される。長方形の下部が蝶番のように取り付けられていて上部が地に着くと馬車の内部側に付けられた段々がちょうど階段になった。
馬車の中からは上半身が人の形をした魔導人形がお出迎えをしてくれた。
「お気を付けて」
見送りに来ていた家人たちはそう言って馬車に乗る俺たちを見送った。
初めての街遊びにリーゼは心を躍らせている。
クルトも自分の思い通り妹たちと遊べることに満足の様子だ。
そして、アンナにしても満更ではなさそうに迎えの馬車に乗りこんだ。
『リーゼの初めての街』はこうして本番へと至ったのだ。
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モダン調で揃えられた執務室に二人の男がいた。
「なに? クルト達が街で友達と遊んだ? しかもリーゼも一緒だと?」
一人はリーゼの父。アンゼルム=ルーファス =フォン=クライン。
彼は来ていたコートを執事に預け、執務机の椅子に座ると背もたれに体重を預けた。今、帰宅し執務室に戻ったところなのだ。
そのダンディな親父からコートを受け取った秘書兼執事をしているヴァルターが答えた。
「はい。旦那様」
その執事は主人の問いに迷いなく肯定で返す。
執務机を挟んでアンゼルムの問いに答えたのはフォーマルなスーツをキッチリと来ている男だ。年代はアンゼルムと同じぐらいかその少し上。黒髪を後ろに軽く流していて左目には片眼鏡をしている。その左手には数枚の紙を持っている。その二人の間には主人と部下の関係であるにもかかわらず少なからず親密な空気が流れている。
だからだろう。
「どういうことだ。なぜそうなった?」
アンゼルムは顔に右手のひらを当てて愚痴をこぼす。
「なんでもクルト様がお誘いになったとか。遊んだお相手もクルト様のご学友の商人の子達だそうで」
「はあ。あいつは知っているのか?」
「はい。こっそり街に向かおうとしていたところをソフィが気づいたようでして。ソフィから報告を受けた奥様がクルト様をお叱りになったと聞いております」
そんな主人に執事はさらに詳しく報告する。
「そうか」
アンゼルムはヴァルターの報告を聞いてひとまず安心する。
「それで? 特に問題があったというわけではないのだろう?」
「はい。数時間の外出ののち無事戻られたとのことです」
「そうか」
アンゼルムは疲れたような声を出して苦笑するが内心は完全に安心していた。しかし、ヴァルターが続けた言葉を聞いて顔を強張らせることになる。
「ただ護衛についていた者達が不可解な動きをしていた者達を見つけたと報告しています」
「なに? 詳しく聞かせろ」
アンゼルムは預けていた背を起こし机に両肘をついて手を組んだ。
「はい。なんでもご友人の家の庭で遊ぶクルト様方を伺う者達がいたそうで」
「不可解な動き?」
「なんでも複数でクルト様方を見ている最中、突然硬直し倒れこむ者がいたとのことです。それを見た彼らは倒れこんだ者を背負ってどこかに行ったようです」
「突然硬直し倒れこむ、か」
「何やら痙攣しているようだったと報告書にはありますね」
ヴァルターはそう言って左手に持った書類を軽く上げながら言った。
アンゼルムは自身の予想していた不可解な動き《・・・・・》と比べるとややずれているような行動に内心首を傾げた。
「なにがあったのかわからないが警戒はしておいた方がいいだろう」
「はい」
「クルトとアンナが学園にいる間は無理だがそれ以外の時はいつも以上に注意するように」
「畏まりました。リーゼ様に関してはどういたしましょう? リーゼ様も来年からは学園に入られますがそれまではお茶会などの催しに呼ばれるときもあります」
「特に何かはしない。そもそもリーゼにはソフィを付けている」
「ああ。そうでした」
アンゼルムは再び背もたれに体重を預ける。
「まあ、なんにせよ。何かあったときに備える必要があるだろう。頼むぞ、アル」
「我が主の仰せのままに」
アルと呼ばれた男がそう返すとアンゼルムは軽く笑みをこぼす。そして、告げた
「では、コーヒーでももらうかな」
「我が主の仰せのままに」
同じセリフだが今度の物には喜色が乗っていたのはどちらにもわかったのだろう。二人でそれを軽く笑い合い、それぞれの仕事始めたのだった。
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