第5話

 あれからなんだかんだあって二時間。今俺はクライン家の玄関口でリーゼの頭の上に乗っていた。




 あれからクルトはリーゼとアンナの二人で下級に繰り出そうと言い出した。寝たふりをしながら話を聞いていた俺もアンナもそしてリーゼも、それはダメだと言った。当然だ。護衛がいるならまだしも、子供三人でなんて俺の住んでた日本でも許可できない時もある。そして今はもちろん許可できない時である。言ったのだが、そこは流石お兄ちゃんだ。すったもんだと妹二人を言い含めてしまった。




 クルト曰く、これから繰り出す場所は裕福な家庭が多く住んでいる所のようで、そこには少なからずクルトの友達がいるのだそうだ。彼らと一緒に遊ぶだけなら治安が悪い場所に行くこともないらしい。俺からすればそんなの関係ないと思えるのだが、妹二人は違ったようで言い含められてしまったのだ。




 おれは仕方なくこっそりと三人の街に繰り出す計画を知らせておくことにした。俺が石の疎通を的確にできる者は、この屋敷には三人いる。一人はリーゼ付きのメイド、ソフィ。そして、クライン家が代々管理してきた庭・を管理するエルフ。そして、リーゼ母、オーティリエの契約精霊だ。あの日俺の脳天に強烈な一撃を入れてくれたあのちっこい妖精みたいな精霊だ。名前は知らん。


 俺が密告したのはソフィにだ。俺から知らせを受けたソフィがうまいことやってくれたのだろう。








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 「じゃあ、十分後にまたこの部屋にな。メイドたちには気づかれないように準備しろよ」!!」




 そうリーゼの方を向きながら部屋を出ようとしたクルトが部屋を出ようとドアを開けるとそこに待ち伏せたかのようにリーゼ母が立っていたのだ。まさかオティーリエが来るとは。俺は静かにリーゼの頭へと移動した。




 「あら、クルト。なんの準備をするのですか?」




 腕を組み仁王立ちするリーゼ母ことオティーリエがウキウキで部屋を出たクルトに告げたのであった。


 クルトとしては街へ繰り出す秘密の作戦が周囲にバレているとは思っていない。だとすれば、取る手段も当然決まってくる。




 「な、なにが?」




 クルトは先の自身の発言すらも誤魔化すことにしたらしい。


 確かにここで遊ぶ準備といってしまうとなんの遊びをするのかと聞かれてしまう可能性がある。そう考えれば誤魔化し方としては正解だったのかもしれない。


 しかし、誤魔化す際に声がどもっていたのだ。これでは誤魔化そうとしても逆に何か隠しているのではと思わせてしまう。




 怪しさ爆発のクルトに対して、オティーリエはそもそもクルトが街に繰り出す作戦のことを誤魔化そうとしていることを知っているのだ。


 何も知らなくても誤魔化されないそれを当然のように無視する。




 「メイドたちに気づかれないようにする準備するって言ってたけど。なんのことかしら?」




 誤魔化せなかったと判断したクルトはさらに新しい誤魔化し方を考える。その後ろではリーゼの部屋の中で呆れた顔のアンナとおどおどと目をうるうるさせたリーゼがいる。


 おどおどとうるうるだ。兄が怒られるとでも思ったのだろう。リーゼがクルトとオーティリエの間に入る。




 「にいさまはリーゼを街に連れてってくれようとしてくれただけなの! にいさまは悪くないの!」




 六歳の少女の健気な献身だ。今にも怒られそうな(リーゼからすると)兄をかばったのだ。


 リーゼ、えらい子。


 俺はリーゼの頭からオティーリエを見る。




 リーゼの献身(裏切り)にあったにいさま〈クルト〉は唖然とした表情でリーゼを見ている。未だにリーゼの部屋にいるアンナなんかは苦笑いだ。




 「あら? 街に連れて行くって? どういうことなの? クルト。私の聞き間違いかしら?」


 「いや、これは」


 「これは?」


 「ごめんなさい……」




 味方の裏切りにあったクルト少年は両腕を地へと垂らして項垂れた。


 そして、叱られるとわかったクルト少年はオティーリエを伺うようにわずかに顔を上げた。俗にいう、上目遣いだ。あざとい。




 「そう。なんで私が怒っているのかはわかりますね?」


 「リーゼを外に連れて行こうとしたから……?」




 まあ、それだろうな。


 リーゼはまだ六歳だ。普通の子供なら外で遊んでいる年齢だがリーゼは普通ではない。そう言えば、クルト自身も外で遊べるような立場でないはずだが。


 俺もオティーリエを伺った。




 「違います」




 ん? 違いますって聞こえたが。


 クルトの方を見るとクルト自身もきょとんとした顔をしている。


 俺も同じようにきょとんとしていたのだろうか。まあ、狐顔だからだも分からんだろうが。




 「ち、違うのですか?」


 「違います! わからないのですか?」


 「……はい」




 俺も分かりません。


 説くオティーリエとしゅんとしたクルトの間に立っているリーゼは二人の顔を交互に見て首を傾げた。俺も同じように首を傾げておいた。


 それを見たアンナがクスッと笑った。




 「貴方はクライン家の次期当主です。そのことは分かっていますね?」


 「はい」


 「ならば、自身に護衛を付けずに出歩くなど愚の骨頂!」


 「はい」




 しゅんとしていたクルトがさらにしゅんとした。漫画であれば「どよーん」と効果音が書かれていただろう。




 あれ?


 オティーリエはリーゼを外に連れていくことを怒っているわけではないということ?


 これって、『護衛さえついていれば街に行ってもいいよ』ってことだよね?




 「兄であるあなたは妹たちを守る義務があるのよ! 護衛も付けずに誘拐でもされたらどうするつもりだったの!」


 「っ!」




 オティーリエの一言でクルトは顔を跳ねるように上げた。クルトは自分が妹たちを危険な場所に連れて行こうとしていた意味をようやく理解した。いや、わかってはいたのだ。それでも、現実味がなかった。


 家を離れ、寮に入った学園生活はクルトにとって刺激あるものであると同時に危機感を弱めていたのだ。学園には商人を始めとした裕福な商人たちも通ってはいる。しかし、学園自体は貴族が通うことを前提にしている。そうなれば、当然学園の警備も厳重なものになっている。その学園で身の危険を感じる事なんてなくて当たり前だ。だからこそ、危機感が薄まるという結果を生んだのだった。




 「分かりました」




 クルトは母の言葉で自分が仕様としたことの意味を認識した。二年前までは自分も感じていた危機感が薄まっていることも。


 クルトは頭が悪いわけではない。それどころか同世代でも一、二の頭脳を持っている。分からないわけではないのだ。いわば油断だ。クルトは子供なりに心の中で自分を戒めた。




 「もし街に行きたいのであれば護衛を付けていきなさい」




 だから、クルトは母の言ったことに虚を突かれることになった。


 俺も傾げた首をさらに傾げた。


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