第4話
リーゼが五歳の誕生日を迎えて、早一年。
リーゼ、六歳。
去年の誕生会を期にリーゼはお茶会や社交界に出るようになった。といっても、大きな会ではなく、子供たちの交流会であったり他の子の誕生日会であったりといったものだが。
それと同時に家庭教師による勉強も始まった。
毎日あわただしい日々を過ごしている。
俺はそれをリーズの肩に乗っかって見ているだけだ。人から俺に触れるには魔力や精霊力を操らないといけないので、肩に乗っていてもリーズが重さを感じることはない。俺の状態も厳密には肩に乗っているわけではないのだが、説明が面倒だ。
リーゼと契約して二年近く経っている。
その間、特に出番はなかった俺は情報収集に徹していた。その結果、さらにいくつか分かったことがある。
まずは今、俺がいる場所。
ここはプローミュデック神定国の首都。
プローミュデック神定国はこの世界で唯一の国。
『この世界にあるすべての大陸と民族を支配し統一した唯一国』だそうだ。これを初めて聞いた時は驚きのあまり軽くスパークしてしまったほどだ。
リーゼの授業を聞いてて知ったことだが、他に国がないので戦争の類がほとんどない。たまに貴族や豪族、名士による反乱が起こることもあるらしいがそれらは即座に国の軍が派遣され制圧されるそうだ。
次はクライン家。
当主はアンゼルム=ルーファス=フォン=クライン。爵位は侯爵。そして、妻のリーゼ母。長男と長女がいて、次女がリーゼとなる。リーゼ母は何度か見たことがあるが穏やかそうな人だった。時たま、厳しい視線を向けているがリーゼへの愛がないわけではなさそうだ。リーゼの前に余り顔を見せないのだが使用人たちの話によるとリーゼ母は何やら仕事をしているらしい。ちゃんとした家族の時間も存在している。家族中は『良』と言っていいだろう。長男と次女は、これは追々話そう。
最後に精霊。
これに関しては俺の持つ知識と齟齬が一切なかった。
これには俺も驚いた。
情報源であるソフィも精霊は魔力を糧に成長することを知っていた。さらに精霊という存在に関しても正しく認識しているらしく、精霊を一方的に蔑ろにしようとするものはいないようだ。リーゼと契約したと時の不平等な契約も仕方なくといった一面を持っているらしい。これも召喚した相手を中級以下に設定していたから出来ることのようだ。
中級あたりまでだと多少の不平等であっても魔力を得るために契約する。もちろん例外もいるが。そのため、契約後に解除してほしいと言われればそれなりの譲歩をした公平な契約を再度結ぶつもりだったとソフィが言っていた。
他にも情報は手に入れたが直近で必要な情報というものはそれほど手に入らなかった。俺の立場からすれば魔力を得ることが出来さえすればこの国が亡ぼうとも問題はない。だが、今の魔力徴収源であるリーゼが死ぬのは嫌だ。別に愛着を持っているわけではないのだが、リーゼの魔力は一般的な魔力の保有量を大きく超えている。この調子でいけばリーゼが寿命を全うするころには上級精霊の背中が見えるかもしれないとひそかに期待している。これは捕らぬ狸の皮算用に捕らぬ狸の皮算用を重ねたうえでの考察だが。
俺は下級精霊として召喚されたので迂闊なことはできない。
俺も体感したが下級精霊は基本的に明確な意思を持たず移動も遅い。リーゼの肩や頭に乗って移動する以外に移動方法がない。そのため、情報源はリーゼの行動範囲内に限られている。それでも当分はリーゼに引っ付いてもっと多くの有用な情報を手に入れられるように行動するつもりだ。
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リーゼ、六歳の夏のある日。
リーゼは自室で本を読んでいた。様んでいるのは挿絵の多い小説のようなものだ。
この部屋は、リーゼに与えられた部屋で成長に合わせて家具の大きさがちょくちょく変わっている変わった部屋だ、とリーゼは思っているみたいだ。リーゼの成長に合わせて家人が家具を入れ替えているみたいで、置かれている本も以前よりも難しい本が少しずつ増えている。
リーゼが集中して本を読んでいると突然部屋のとあが大きく開かれる。
「リーゼ!」
呼びかけられてリーゼが振り返る。そこにいたのはリーゼの兄クルトと姉のアンネローゼだった。
「にいさま!」
来訪者の二人を出迎えようとリーゼはイスから降りてドアの方に行こうとする。
それと同時にクルトが動き出しリーゼに抱き着いたのだ。
「んむ」
クライン家のリーゼの部屋でリーゼは十歳ぐらいの少年にガバッと抱き締められていた。その後ろには苦笑する少女。
家を空けていた長男と長女が家に戻ってきた。彼らは学校に通っていてその学校にある寮で生活しているため学校の長期休みの時にしか帰ってこないのだ。
リーゼも自身の兄クルトの腰に手を回して抱きしめている。
「寂しくなかったか!?」
クルトは抱きしめながらもリーゼに問いかける。
「だいじょうぶ! コンコンもいたから!」
「そっかあ! よかったな!」
満面の笑みで返すリーゼと笑いながらも俺を睨み付ける兄、クルト。その後ろには苦笑する少女。なぜか俺を睨み付けるクルトだがそこに悪意はほとんどない。単に自分がいない間にリーゼと一緒に居たことへの視線だ。
「精霊に嫉妬しても仕方ないわ。兄さん」
後ろにいた少女がクルトの肩をたたく。少女の名前はアンネローゼ。リーゼの姉だ。
「嫉妬? 僕が誰に嫉妬してるって?」
リーゼを抱きしめる力を弱めてクルトがアンネローゼに反論する。
「してるじゃない……。はぁ……」
それを聞いて小声で溜息を付くアンネローゼことアンナ。
素直であるがこだわりと家族愛が強い兄とクールで周りを冷静に見ることのできる姉。
俺が言えたことではないが、二人とも人の上に立つ素質のようなものを持っているように感じる。二人とも俺の目からは善人に見えるし、リーゼのいい味方になってくれるだろう。
少なくとも、前世の知識にあった血みどろの兄弟喧嘩のような状況にはならなそうだ。よかった。よかった。俺は一人合点した。
そんな俺はクルトの嫉妬心なんか暖簾に腕押しレベルで無視していく。だが、せっかくの休みだ。俺は部屋の隅で寝たふりをすることにした。こうやって、人間たちの人間関係も考慮するのが正しい精霊道というものだ。精霊は精神生命体で、その在り方も根本から違う。精霊とは何か。それを見失えば待っているのは……。俺の持つ知識にはその果てに関する情報も入っている。だから俺はこうするしかない。
「そうだ! リーゼ。今から街に出ないか?」
俺が思考に耽っている間に話は進み、どうやらクルトがリーゼを街に連れ出そうとしているようだ。
「ちょっと! 兄さん! そんなのダメに決まってるじゃない! 私、怒られるのは嫌よ!」
そりゃ、怒られるのが好きな人なんて全人類の内少数なはずだ。でも、俺もアンナの意見に同意だ。俺の知っている偏った知識では『貴族の子女が街に出たら体が誘拐される』のだ。さらに言えば、俺は前世の記憶を持った神候補の精霊だ。物語であれば、まず間違いなく誘拐される。事実は小説より奇なり、だ。
俺はなんとか反対の意思を伝えたいところだが、クルトのことを考えると安易に反対もできない。クルトは確か十一歳だ。彼に的確な判断を期待するのは期待薄だし、俺の意見に反発されて誤った判断をされても困る。
それらを考慮すると、俺のすべきことは。
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