第3話
少女リーゼと精霊契約をしてから早くも一年余り。
俺はというと。
特に何もしていなかった。
ここ一年の俺の役目はリーゼの話し相手。話し相手といっても下級精霊の俺は念話が出来るわけでも実際に音に出して話すことができるわけでもない。できることとしてはただ頷くぐらいだ。それだけでは風情がないと思い、たまに無視したりじゃれついたりもする。
気分は猫。あの気まぐれさを見習いたい。
閑話休題。
今日はリーゼの五才の誕生日らしい。
「ねぇ、コンコン。今日のわたくしきれい?」
去年よりはうまく話せるようになったリーゼが聞いてくる。俺はテーブルの上で手足を放り出して、ぐでーっと伸びたまま、頷く。大人ぶりたい年頃なのだ。
「やった! このドレスもおとうさまがくれたんだー」
嬉しそうにはしゃぐリーゼ。
この一年でわかったことだが、俺が生まれたこの世界は文明が中世ヨーロッパ的な異世界ではなかった。その名残は残しているのだが、どちらかといえば近未来的な異世界で、科学と魔法が融合した夢のような世界になっていた。まあ、所々が中途半端だから俺はファンタジーの括りだと思っている。
ドレスの質もサラサラのツヤツヤだ。
部屋にある家具も機会に魔法を組み入れたようなものが多く、現代日本で暮らしていたであろう俺の穴あきの知識では使い方すらわからないものも多くある。当然、知識チートなんてできるようなレベルではない。
最初の部屋こそ原始的な石積みの部屋に見えたが、あれはリーゼの家――クライン家が所有する歴史ある契約魔法陣が描かれた部屋だったらしく、石積みの部屋を出て石造りの階段を上がった先はそれは綺麗なモダン調の書斎のような場所だった。濃茶系の色合いの木材で統一された室内に淡い光が差し込むその部屋には大きなデスクと壁にずらりと並んだ本棚。しかし、そこにも俺が想像する近未来的な機械は置かれていなかった。
どうやら前世で見たような機械チックなものはあまり置かれていなかったみたいだった。ここ一年ほど観察したが、魔法があるせいか昨日自体は俺のいた世界よりもいいがけど外見は、というものが多かったのだ。
契約をした日は、リーゼがすぐに疲れて寝てしまったため注意深く見る暇がなかった。別に俺が伸びていたからと言う訳ではない。
今日までの一年近くの日々の情報からすればリーゼの住んでいる建物自体も俺の知識にある貴族の宮殿のような名残は建物の造りに見え隠れしているが材料や家具のレイアウト等は完全に現代チックだった。ただ意図的に歴史を残そうとしているらしく場所によっては数百年前のものを補修しただけの場所もあるようだった。俺はまだ見ていないがそう教えてもらった。リーゼが。
俺が今いる部屋は、『リーゼの部屋』、ではなく『衣裳部屋』。壁にずらりと掛けられた子供用から大人用までのドレスがこの部屋に保管されていた。室内にはリーゼと一体の人形君。リーゼ父は『魔道人形』と呼んでいた。こいつはこの『衣裳部屋』の管理をしているロボットらしくリーゼが注文した色合いや形をしたドレスをこの人形が取ってきてくれるというお助けロボだ。ここにある服は家族であればだれでも着ていいのだそうだ。リーゼの着替えを手伝ったり実際に着たドレスがい合っているかの判断をしたりと地味に高性能な人形だ。
当然これも俺の知っているような金属装甲のロボットではなくどちらかというと人形だ。いや、金属でできているのは変わらないが、見た目は人間そっくり。できることも人と同じレベルでできるというのはリーゼ父の談。聞いたときは信じられなかったのだが、今では信じられるようになっている。魔法すごい。
今日は、五才ということでかなり大きな誕生日パーティーをするらしい。リーゼが主役だ。
それもそのはず、リーゼのフルネームはリーゼロッテ=クライン。なぜかドイツ風である。
その父の名前はアンゼルム=ルーファス =フォン=クライン。クライン家はなんと侯爵家らしい。やはりお姫様であった。
コンコン、とノックの音が部屋に響く。
「だれ?」
リーゼはドアをノックした主に対して誰何した。
「ソフィです、お嬢様」
ドアの向こうから声が聞こえる。ソフィはリーゼ付きのメイドの一人、ではなくリーゼの教育係をしているメイドだ。普段は優しいのだが礼法に関して厳しく今もリーゼがどのようなドレスを選ぶかの実践を兼ねたテストの最中なのだ。
「はいって」
ガチャリ、と音を立てて部屋に入ってくるソフィ。スレンダーな外見で少し尖った耳を持っている女性だ。年齢は詳しくわからないが五十歳以上だと思う。少なくともリーゼのお母さんよりは年を取っていると思う。外見を見る限りではわからないが、その言動やリーゼ父やリーゼ母と話しているのを聞く限りではそれなりの年を取っていると思う。
ソフィの後ろにはメイドが二人立っている。
「どう?」
部屋に入ってきたソフィに、リーゼは少し俯きながら自身の選んだドレスについて評価を聞く。
リーゼの選んだドレスは濃い紫色のプリンセスドレス。腰下が、わっさーと広がっているドレスだ。
「色に関してはご自身でお選びになったのですか?」
「うん」
ソフィはリーゼに何故そのドレスを選んだかを聞き、所々で忠言をする。その結果、ドレス自体は変わらないかったものの、アクセサリーをいくつか着け替えていた。
「では、これで行きましょう」
ソフィがそう言って後ろに控えていたメイドにリーゼを連れて行かせた。その後ろにもう一人のメイド。最後に残ったソフィは、俺に向かって語り掛ける。
「お嬢様の様子はどうでしたか?」
ソフィはエルフの血を持っている。そのため、精霊との会話ができるらしい。これは自我のある精霊であれば度の精霊ともできるようで俺との会話もできるみたいだ。
『ちゃんと選んでたよ』
俺はテーブルの上で横たえていた体を持ち上げてソフィを見る。このクライン家の屋敷で俺と話せるのはソフィとあと一人だけだ。その二人も俺と話せること自体は内緒にしてくれているのでこうして二人だけの時しか話せないのだ。その二人には時間を見つけて、一般的な精霊について教えてもらっている。植え付けられた知識との齟齬は今のところ見つかっていない。現に、下級精霊は基本的に話すことができないので俺が話した時は驚いていた。知識曰く、一般的な下級精霊は自我を持っていてもそれをアウトプットできるような力を持っていないのだそうだ。
「そうですか。付いて行かなくていいのですか?」
ソフィは部屋を出てドアを閉めようとしている。俺は首を横に振った。それを見たソフィはドアを閉めた。
室内に一人の俺。
魔道人形が一人で部屋の片づけをしている。衣裳部屋の中は無音に支配されていた。
俺は部屋にあったテーブルに体を再び寝かせて目を閉じた。
精霊として新たな生?を受けてから一年。特に精霊としての力を使っていない。それでもリーゼの魔力を貰っているので俺の力自体は確実に増えている。これから先、リーゼは何かしらの事件に巻き込まれていくだろう。あの日、召喚に応じる前に聞いた神様の声。
俺は来る日〈・〉に向けて、今だけは至福の時を過ごす――ことは出来なかった。
ガチャリ。
大きな音を響かせながら開かれるドア。
そこから現れたのはここ一年で俺が一番見ていた顔だった。
「いた! コンコン! なにしてるの! きょうはわたくしのたんじょうびパーティーだよ。いこっ!」
ドアのそばで満面の笑みを浮かべているリーゼ。それを俺はテーブルの上に伏せながら見つめた。今こうしてこの子とまったりしていられることもまた至福なのではないか? 俺はそう思い直して体を起こした。
こうしてリーゼの誕生日パーティーに参加した俺。そのパーティーでもいろいろとあるのだが。それはまた今度話すことにしよう。
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