第12話 ギア・アンロック

 マックとの再開からそう経たずして、俺たちは自宅へと戻る。

 スノーエルフ達には先に迷宮前に向かっていってもらい、俺達が後から合流する運びとなっていた。家に戻ったのは言うまでもなく、俺の装備を整えつつ、マックにハンドガンをくれてやる為である。

 本来は錆鉄蟹に乗って30分の道程であったが、あまりの遅さに業を煮やしたマックは俺を背負い飛ぶように森を駆けて、今に至るわけだ。

 なんでこんな速いのにコボルド逃したんだろうねぇ、などとは思ったものの、そんな内心の毒を吐き出すのは流石に酷かと思ったので口には出さなかった。

 一応、現地語で問題なかろうという取り決めをした上で、エリーとコリンとの挨拶を済ませ、一言断ってから錬金釜の前に連れていく。

 何かお友達ができたと大喜びされた。あのなママン、俺、ぼっちとちゃうで?


「魔女の家ってのはスゲえな。――で、ガンラック何処よ?」

「ん〜、ガンラックっていうかねぇ。まぁ今から出すよ。錬金釜で」


 我ながらとんでもない事を口走った気がするが、マックは特に気にした様子もなく、それに賛同する。


「へ? あぁ、何か言ってたな。“錬金術で作った凄い飛び道具”とか」

「そう、錬金釜でスカベンジアのディーラーシステムにアクセスできるんだ」

「マジで?! 俺にも使わせてくれよ!」


 当然のように食い付くが、これはエリーの私物だ。

 魔力が乱されて仕事にならなくなったら困るので、心を鬼にして断る。


「駄目。自分で釜買うか、もしくは僕が自力で買うまで待って欲しいかな」

「あー、まぁ言いたい事はわかるぜ。で、幾らすんだよソレ」

「やっすい奴で金貨20枚。因みにこれは材料費だけで金貨280枚だそうで」


 金貨1枚で約500米ドル相当の価値だ。

 つまりJPY日本円にして約1700万とプラス加工代金。

 まさに家宝とも言える存在を他人に触らせるのはアレだよね。

 俺はこれで銃作ってるけど、重要なのは魔力的な問題だからセーフらしい。


「ハーっ! 高いな。まぁいいや、取り敢えず何か出してくれよ」

「アンロック済みがガバメント、M700、M870しかない。ガバメントは取り敢えずあげるけど、他なんかいる?」

「綺麗に初期しかねぇな。アンロック出来ないのか?」

「アンロックには金貨が必要でね。その上、キャッシュにも課金購入で金貨いるんだから当面の間は我慢して欲しい」


 幾ら廃人ゲーマーだったとはいえ、商人やってた人間からすると設備投資以外では無課金でできることは基本的に努力で補うというポリシーがあった。

 ここでは、当面はアンロック済みの武器で頑張るという目標がね。

 だからアンロックはしていないし、第一買ったところで体格的に扱えない。

 バーミント・ライフルで十分に事足りたのだ。少なくとも、今までは。


 そんな事情を知らずに、このお客サマはとことん俺を困らせる。


1911ガバメント要らねぇからデザートイーグルが欲しいな。金貨幾らだ?」

「はい? えぇっと、アンロックに金貨5枚かかるよ。

 知ってるだろうけど、アンロックすると1丁付いてくるから本体代金は無し。

 弾がお馴染みの箱で25発のぉ――75キャッシュ。高っか!」


 流石は“.50 Action Express”。デザートイーグルの実質的な専用弾。高い。

 普通に“.308 Winchester”を使った半自動小銃のコマーシャル・モデルでも買って持っていけば安上がりなんじゃなかろうか。アレなら本体はともかく、威力も相応にあるし弾が安くて済む。


 勿論、ボディアーマーをブチ抜ける性能なのだから緊急時のサブアームにするのも悪くないけど、普通その道のプロがサブアーム使うまで撃ち損じる事はしないだろう。

 だから法執行機関にとってのサブアームは『被害者の財産を過剰に傷付けず』『尚かつ人を無力化できる程の威力と性能があり』『取り回ししやすく』『出来るだけ装弾数も多く』『必要時に消音性能が得られやすい』ものを好む。これらにマッチするのが有名どころで“9×19mm Parabellum”や“.45ACP”などが猛威を奮い、少数派ではファイブ・セブンでお馴染みの“FN 5.7×28mm”なんてものもある。

 一方のデザートイーグルの場合、ヘルメットごと脳天をブチ抜き、挙げ句の果てには壁にまで穴を開け、更に別室で待機している別隊員や人質を傷付けかねないのだ。何せバトルライフル並みの威力があるからね。そんな珍事が起ころうものならメディアにバッシングされること請け合いだろう。

 

 つまりデザートイーグルは趣味の世界だ。でっかいピストルはアメリカ人シューターのステータス、実用を求めても狩猟時における緊急用みたいな位置付け。

 マックはそんな趣味方面にどっぷりな、生粋のデザートイーグル信者な訳だが。

 勿論、俺もこう言うの大好きだし、生前の『スカベンジア』では2丁程、好きにカスタマイズしてアジトに飾ってある程だ。S&W社のM500や、トーラス社のレイジングブル、この辺りも実に好きだ。

 だからコイツは躊躇いも無く金貨袋を放ってくる。


「そんなもんよ。ほれ、金貨7枚だ。全財産。頼むぜ武器商人!」

「いやいや、大丈夫なの?」

「俺レッドキャップだし。野宿でも大丈夫ッ!」


 “常夜の森”でそんな事したら寝てる最中に地面に引きずり込まれんぞ。

 ゲーム時代でも似たような系統のやり取りしたなぁ、と酷く既視感を覚えるその会話。何かもう仕方ないので俺が折れる事にした。


「……5枚でいいよ。換えMagも5本あれば足りるな? 弾も付けてサービスだ」

「ヒュゥ! ありがてぇ! 最高のダチを持ったぜ!」


 コイツマジ調子良いな。

 そうだな、ついでだから実験に付き合ってもらおう。

 異世界でもショットガンは強いのか? という名目で。

 『スカベンジア』では室内戦最強だった。貫通力は並みのライフル実包以下だが、被弾するとB級アクション映画が如く吹っ飛ばされてしまう。しかも目眩までするから反撃しづらいのだ。

 もし仮に至近距離で12ゲージの3.2/1スリー・ハーフインチ強装マグナムOOダブルオーバックショットでも喰らおうものなら某野菜王子みたいに壁に叩きつけられるし。一思いに殺せっての。……熊殺しのコレ喰らって生きてる時点で現実では超人確定だが。


「ついでにM870も持ってきなー。マグナムシェルでいいよね? スカベンジアクオリティなら強いと思う」

「マジ? ショットガンもくれんの? ケイは使わねぇのかよ?」

「ガバメント置いてくんでしょ? それ・・とボルトアクションで頑張るよ」

「ハハッ! WW1スタイルまだやってんのかよ!」

「M700が出来たのは戦後だけどね。いつもどうり凸砂でいくよ」


 魔術使えば普通に反動耐えられそうだし、内心では錬金釜を用いてM700の使用弾薬の変更もやりたかったのだが、零点規正ゼロインしている暇がないのでやめておいた。

 “.308 Winchester”なら“7.62×51mm NATO”弾相当の威力が得られる。ここまでくると害獣駆除用バーミントの定義から外れそうだが、俺の『M700・SPS・バーミント』がサポートしている実包にこちらがある為、一考に入れてはいた。

 だが“.223 Remington”自体が、言わずとしれた拳銃用強装弾・44マグナムに近い初活力がある訳だし、装弾数も5発と猟銃にしては多めだ。下手に口径を変えて弾数を減らしたら、それこそその1発が命取りになるかもしれない。


 小口径で貫通力のあるライフルと、大口径でパンチのあるピストル。

 リロード無しで5発と7発か。あまり前に出るべきでは無いが、なかなか忙しい戦闘になりそうだ。


 そういっているうちに釜が煮えたようだ。使用後間もないのか、元々温かかったからだろう。

 いつものように《スカベンジア/ディーラーシステム》を起動した俺は、いつものように砕けた営業トークでマックに確認を取る。


「じゃあやるよー。DEとショットガンに何か手を入れるかい?

 あ、光学サイト系は高いから駄目だからね」


 使えるサイト買うだけでガバメント1丁分は楽に消し飛ぶからな。

 それは是が非でもやめてもらいたかった。


「ん? 蓄光式フロントサイトとラバーグリップかな。ショットガンは素でいいから、弾とポーチ類を貰えるか? スラッグとOOダブルオーバックを箱で」

「元々、弾は箱単位で受け付けるつもりから問題ないよ」

「ハハハ何だよ! バラは駄目ってか。ケイの店は随分と不便になったモンだ」

「あいにくだけど、異世界での経営はあまりよろしくいってないんだ」


 『スカベンジア』では、親の言葉よりも多く交わした営業トーク。

 気軽に野次を飛ばすお客を背に、ガンテーブルに向かって銃を弄る俺。

 今やってるのはそれの灼き直しだ。錬金釜なのがちょっと笑えるな。

 俺は懐かしい気持ちになりながら釜を操作する。


 ん? プレゼント欄に何かある。


「あっ!」

「どうした?」

「初回ログインからの期間ボーナス貰えてた!」

「ほう! ランダムのやつな! 何貰った?!」

「スペツナズ・ナイフとフラッシュライト。銃もキタ! ……けどブローニング・シトリ?」

「あー、俺の親父が持ってたやつだ。O/Uオーバー&アンダーのショットガン」

「上下2連かぁ。ブローニング、こんなのも作ったのね。使う?」

「要らね、あとそれ日本のミロク製の銃だぞ。ケイ使えよ」

「へぇ。でも僕もいいや。何か“Privilege”とかいう高そうな奴だし」


 なんてやり取りもあったが、それでも着々と準備を進めていった。



 ◆


 カチャカチャと無言で手を動かす俺たち。

 マガジンに弾を込め、これをマガジンポーチに挿しておく。


 迷彩服を纏い、タクティカル・ブーツを履き、防弾ベストを装着。

 肘と膝の関節部にプロテクターを付けて、緊急回避に備える。

 フェイスガード、プロテクション・アイウェア、防弾ヘルメット、Bluetoothカム付きイヤーパッドを続けて装備して頭部をガッチリガード。

 雪中迷彩と市街地迷彩、それぞれ色は対応させてある。

 白と、黒。そんな異色の戦士らがタッグを組んだ。


 ベルトを装着、ポーチを吊り下げ、各種ポケットに実包を挿す。

 念の為に買っておいた手榴弾とフラッシュバンを2つずつ携帯する。

 やがてそれが落ち着くと、その1つのマガジンを銃に装着。


 しゃっ、かちゃ。という金属音が、2人分。


 たった今、ガバメントとデザートイーグルに7発の弾薬が装填された。

 セーフティが掛かっていることを確認し、ホルスターに収納。

 まだ薬室に弾を込めたりはしない。

 カッコいいけど、危ないからな。万が一に備えるのがデキる男な訳だ。


 続けざまにカーボン・プロテクション・グローブを華麗に装着。

 同時に頷いて、ドアに向かって振り向く。

 

 そしてマックはおもむろにM870のフォアエンドを引いた。


 ガシャン!! とショットシェルが薬室に放り込まれる。


 その音を合図に、同時にM700とM870を肩に下げる。

 やっぱコイツやりやがったよ、暴発あぶねぇだろうが。

 俺だってライフルに弾込めてねぇぞ!

 でも、決まったな。やらかさないのであれば全面的に許そう。


 俺たちが名も無きドッグ・ブリーダー。

 向かう先は“狗頭の迷宮”。

 今から躾のなってないワンちゃんをお仕置きしにいく。

 


「――カンッペキだな!」

「何かコレ、懐かしい気分になるねぇ」


 装備を整えた俺達は口々に感想を述べる。

 今の俺達の装備を纏めるならば、こうなる。


 ◆


【ケイ】

“レミントン・M700・SPS・バーミント”

 口径:“.223 Remington”≒“5.56×45mm NATO”弾、互換性アリ。

装弾数:5発(内蔵式弾倉)

 外見:シンセティック製ストック(マットブラック)。

付属品:“.223 1-4×24mm Optics”ライフルスコープ(黒)

   :“30mmスコープマウントセット”

   :“ブルーテッド・エクステンド・パワーバレル(黒)”

   :“ジュエル・トリガー(シルバー)”

   :“ライフル・ストックポーチ(グレー)”

   :“スリング”

 

“コルト・M1911”

 口径:“.45ACP”

装弾数:7発(+薬室1発)

 外見:スチール製フレーム

付属品:“蓄光式フロントサイト(赤)”

   :“サプレッサー用カスタムバレル(ステンレス)”

   :“サプレッサー(カーボンフィニッシュ)

   :“ラバーグリップ(ダークグレー)”


“スペツナズ・ナイフ”

“エリー特製の魔導タクト”

 材質:“常夜の森”のドライアドが近所のお裾分けとして持ってきた謎の木材。

 外見:振ると緑の鱗粉みたいなのが飛ぶ木の枝っぽい何か。

 属性:土と水特化。何か知らんけどドルイド魔法がヌルヌル発動する。


【マック】

“レミントン・M870”

 口径:12ゲージ

装弾長:3.2/1《スリー・ハーフ》インチ

装弾数:4発(+薬室1発)

 外見:スチール製銃身。木製ストック。

付属品:“ストックポーチ(黒いフェルト)”

    “スリング”


“IMI・デザートイーグル”

 口径:“.50 Action Express”

装弾数:7発(+薬室1発)

 外見:ステンレス製フレーム

付属品:“蓄光式フロントサイト(緑)”

   :“ラバーグリップ(ダークグレー)”


“ミリタリー・マチェット(黒)”

“正当な骨砕きのハンドアックス”

 材質:ミスリルらしい

 外見:デカい自然金属を削って叩いて整形したみたいな見た目。

 概要:現地語からだとクソ翻訳感が出てしまう不思議な名称の斧。

   :相手からの明確な敵意と悪意に反応して攻撃の重さが変わる。



 ◆


 こんな所か。


 ライフルとショットガンの弾は未開封を1箱ずつ背嚢に入れておいた。

 ポーチ類やマガジンに入れた弾も含めて使い切ることは無いだろう。


 それにしてもだ。何かとんでもなく予算オーバーになってしまった。

 長期戦を見越した弾数を勘定に入れてなかった俺が悪いんだが。


「あのさマック」

「ん?」

「巫女、絶対助けようか」

「おう、どした?」

「……僕も、お金が無くなりましたよ」


 俺の2年間の貯蓄がもうスッカラカンである。

 服やプロテクターまでサービスするんじゃなかったぜ。


「はははっ、何かわりぃな。何だったらコボぶっ潰してギルドに突き出すなりして賞金でもかっぱらうか?」

「いいね! そんでDEのカスタムするマックから金巻き上げて一石二鳥だ」

「おーやっべ、俺、幾ら稼いでも足りねぇかもしれん」


 そんな雑談を交わしながら、俺たちはキース達と合流を開始する。


 人生初めてのダンジョン・アタック。

 そして本物の人質救出戦。


 思い思いの心境をいだき、俺達は出発した。

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