第11話 旧友との再会

 程無くして俺は、首長館へと入った。

 レッドキャップの戦士たちと情報交換をしてみたかったものの、まずは当初の目的を完遂したほうが良いだろう。なんせ、問題となるコボルドについての情報なのだから。


 一先ずキースに報告すべく、エントランスにて待機する役員に取り次ぎを願う。

 簡潔に纏めた俺の話を子どもの与太話として処理することなく、役員さんが二つ返事で応じてくれた。キース信頼されてるなぁ。


 数分も立たずにキースたちがやってきた。

 近接と飛び道具兼任の物理職が3人。魔法使いが2人。

 外見は若いが、男女問わず凄腕の戦士だ。

 里でも特別強いとされる名手揃いだな、精鋭PTパーティか?


 彼らは武装済みで今にも出撃可能な出で立ちだった。

 1人だけ合成繊維スパンデックスの光沢に包まれたキースは浮き過ぎだと思う。


「父さま、それに戦士の皆さん。突然お呼び立てしてしまい申し訳――」

「――ああ、いい。構わない。それより話を聞きたい。君の口から、詳しく」


 前口上をキースに阻止された。急いでるな。

 俺は能書きは不要と判断して、先日の状況を戦士たちに告げた。


「はい。昨日の夕方に森の外周、“凱旋道”付近のキノコ群生地にて採取中、女の子――おそらく公領の子供を拉致しようとした黒いコボルトと遭遇しましたのでこれを阻止。続けてその護衛と思われる大柄の女戦士が現れ女の子の救護に回った所、新手に背後を取られて攻撃を受けたので、こちらも阻止しました。全て飛び道具ライフルを用い、白兵には至っておりません。2体共仕留めました」


「まじかよスゲぇ」

「ヒュゥ、やるゥ♪ でも黒いのって何? 知ってる?」

「レッドキャップの可愛子ちゃん拉致らちったやっちゃねぇ」

「その上、人間の女の子もさらったの? うわ、最低じゃん!」


 戦士たちから称賛の声が上がった。

 黒いコボルドって珍しいのか? でも強くはないと思うよ。

 巫女様とやらは可愛子ちゃんだったのか、レッドキャップなのに。いや流石にそれは酷か。きっと萌え擬人化ぐらい可憐な生き物なんだよ。真っ赤な髪のさ。だから、ロリコンに攫われたんだ。


 それにしてもな、エントランス中の視線が痛いよ。

 ちょっとだけ両親を遮蔽物にさせてもらおう。


「当日に報告しようとはしたものの、父さまはどういう訳か夕飯時になっても帰宅せず、仕方ないので食後に出向こうとしたら、ご機嫌ナナメな母さまに『日を改めろ』と蔦魔法でふん縛られたので報告が遅くなった次第で――」

『あはははっ』

「――いやいい、それ以上はいいから!!」


 続けて俺がさらりと言うと、キースが慌てて止めに入る。

 止めに入るか。それは失策だったぞ、アーチャー。


 両親は里では恰好良くて頼りになるキャラとして通っている為、俺やコリンがたまにコミカルな一面をリークしてやるとみんな喜ぶ。ほんの少し、イジれる要素があるだけでヒトはグッと身近な存在に感じられるのだろう。


「失礼しました。つきましては、その黒いコボルトについての見解と、その出処である生まれたての迷宮についてご説明をお願いしたいのですが……。この森の、魔女の端くれとして」


 抱いた疑問を提示し、それに釘を刺しておく。

 森を守る為に戦うのはスノーエルフだけではない。魔女も然りだ。

 魔女としての立場を開示することで、確実に情報を聞き出すことにした。

 どのみちエリーに報告すべき案件だからな。


 キースは苦い顔をしながら教えてくれた。


「……たった一昨日確認されたんだ。どのみち森の中でしか呼称しないから便宜上“狗頭の迷宮”と呼んでいるソレは、低層型の広い迷宮とこちらで推測している。まだ若いが、成長率が尋常じゃない。早いところ潰さないと困った事になるな」


 迷宮は周囲の地形から魔素を吸い取り、その規模を拡大していくらしい。この世界で定義される“現実”から剥離されたこの空間は、当然のように該当される区域を自らの情報に書き換えてしまい、環境がすり替わってしまう。

 魔物が発生して危険度もあがるが、中には珍しい採取物ブツが手に入る、などと人間からは歓迎される。あまつさえ執政者主導の下で事業化されるなんて事もある。


 だが、“常夜の森”だとそうはいかない。

 ここは神の名の下に守られるべき禁足地。

 邪神の破片による現実改変によって霊脈が乱されると、この森の生態系がおかしな事になる。そして周辺の地形に莫大な魔法災害をもたらす可能性すらある。

 この世界全体の尺度から見て、それは決して無視できる問題ではなかった。



「なるほど、そのようで。その上、外から来たヒトを攫ったとなると――」

『ぶっ潰すしか、ないでしょう!!』


 キースの言葉に賛同する俺の言葉をかぶせ、フロア全体のスノーエルフがサムズアップしてダンジョンアタックを宣言した。

 どうも彼らは迷宮に潜りたいらしい。

 たまに起きるビッグイベントだからな。ちょっと不謹慎だけど。


「――で、父さま。その黒いのは一体?」

「それはレッドキャップがよく知っている。というより、実際に遭遇したのはケイと彼らなんだろう? 私たちよりも詳しいんじゃないのか?」

「ごめんなさい。交戦こそしましたが、見つけ次第、頭潰ヘッドショットしちゃったので詳しくは……」

『スゲェ!!!』


 何か黒くて地味に早いかな、くらいしか知りません。

 『スカベンジア』では、何故か移動性能が上がる日本製自動小銃・89式小銃を腰だめに二丁構えて山岳地帯を飛び回る、“89小僧ファッキュー・ギーク”なんて渾名が付けられた日本かぶれの走り屋HENTAIどもがいたからな。アレに比べりゃ、あんなのは止まって見える。

 なので、その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやりました。チョロいもんだぜ。


 瞬殺する事に気を取られて見てなかったよテヘペロ、という俺の証言に天井を仰いだキースは、数秒静止してから提案する。


「あ〜、今からレッドキャップに改めて話を聞きに行く所だ。ケイも来なさい」

「はい、父さま」


 未だ外で待機しているレッドキャップを混じえ、俺たちは情報交換を行う事にしたのだった。



 ◆



 首長館・地下2階に位置する、戦士団の間。

 如何にも森を掘り抜いて使ってます、とでも言いたげな“常世の森”に群生する木の根っこを照明代わりにしたファンタジー空間に俺たちは集まっていた。


 なんだろう。素敵な場所だ。すっごい神秘的。


 思わず物珍しそうに目線を彷徨わせる俺とレッドキャップ一行を余所目に、キースが代表者として口を開く。


「みんな集まったな。今、この森では迷宮が発生している。

 何でもそこにレッドキャップ達の祈祷師シャーマンが囚われているとの事だ」


 間違いないな? とキースはレッドキャップ達に目線を送る。

 レッドキャップはそれに無言で賛同した。


 一方俺は、『巫女みこ』という現地語があるのに、わざわざ『祈祷師シャーマン』と言い換えるのが何だかアメリカ人らしいな、と頭の片隅でつらつらと見当違いな事を考えていた。


 そもそも何故、彼らは“常夜の森”に足を踏み入れたのだろう。

 そう思った俺は思わず口を挟む。


「父さま、発言を許可して頂けますか」

「ん、何だい?」

「どうしてレッドキャップの人たちが、どのような要件で“森”に?」


 すると、レッドキャップの1人が答える。さっき言い争ってた代表者か。

 一際体格が良いのと、装備が充実していることから隊長格だな。


「何だガキンチョ。聞いてないのか? 何でも、霊脈とかいうパワースポットの守護者は、定期的に巫女とか祈祷師とかを交換すんだよ。今回は俺たちの岩山とこの森が、って訳らしい。まぁ、よく知らねぇンだけどな!」


 言葉の節々からよく分かってない感が凄い伝わってくる。

 巫女のお付き従者っぽいレッドキャップが、こめかみを抑えて頭を振っているあたり、レッドキャップ自体が風習に疎い訳ではないらしい。


 この場にそぐわぬ、ぞんざいな物言いで俺の質問を返す隊長。

 そのせいで場の雰囲気が少し変わった。何か申し訳ない。

 そんな様子を見かねたキースはフォローした。


「あー、まぁそういう訳だよ、ケイ。その祈祷師が攫われたってわけなんだ」

「あ、はい。まぁ非常に宜しくない状況って訳ですね」


 下手したら外交問題とかになるのだろうか。

 そのような事態、絶対に避けるべきだ。

 

「それで、その巫女を攫ったとされる黒いコボルドとは一体?」

「あ? ああ、ニンジャっぽい犬野郎な」

「「忍者NINJA?」」 


 この異世界では聞き慣れない言葉、生前の世界ではそれはもう有名だった固有名詞に、俺とキースは顔を見合わせる。


「あー、すまん今のナシ。黒尽くめなんだよ。そりゃもう真っ黒なやつ。

 俺たちがコボルドに気ィ取られてる最中に、そいつがいきなり現れてな。

 後ろから掻っ払われて見失ったんだ。音なんてしなかったのにな」


 レッドキャップの隊長は特に顔色を変えることなく、その単語を言い換えて説明し直す。

 俺が撃ち殺したアイツも真っ黒だったから、同種なんだろうな。

 それを大人しく聞いていたお付き従者が隊長を窘める。


「マック殿、不覚をとったのを言い訳するとは関心せんぞ!」

「お前巫女の隣にいたのに分かんなかったのかよ! だとしたらバカだな!」

「何ィ、貴様ッ――」


 そのまま、レッドキャップの戦士勢と巫女の従者勢で喧喧囂囂けんけんごうごうと言い争ってしまった。

 隠密系の魔法でも展開していたのか?

 俺の時は普通に銃声とか聞こえてたっぽいし、話しかけられたりもしたんだけど。


「あーあー、よせ。つまりヤツには特殊な能力がある。それでいいんだな?」

「恐らく。護衛がいるのに簡単に攫われてしまうほどの敵が出たのでしょう」


 キースの言葉に概ね同意だ。

 決して安上がりで済まない通行料を必要とする“凱旋道”からやって来て、従者もいる少女。おそらく貴族か大商人の娘。それがいくら強い従者であっても、ぶらり2人旅というのも体面的に不自然な話だし、おそらく大人数の付き人がいたはずだ。

 そして、その多くの目を綺麗に掻い潜れるだけの能力を持つ敵がいる。

 レッドキャップも不覚を取ってしまったのだろう。

 


「そういうこと! どうも面倒くせぇ力持ってやがる。旦那も気をつけろよ!」

「わかった。それ以上の事は実際に潜ってみないとわからない。明らかに情報不足だし、時間をかけようにも人質がいたんじゃ早いとこ助けなければならん。スノーエルフとレッドキャップ合同で迷宮に突入するが、それで構わないな?」


『おうっ!』


 キースの掛け声に全員が賛同する。言い合ってても仕方ないからな。

 一先ずこの情報をエリーに伝えるべきだ。

 魔女としてこの話し合いに参加したのであれば、俺は上司に相当する彼女に報告する義務がある。たまにエリーの使い魔に張り付かれて盗聴・監視されている事はあるものの、今のところそれを自力で見破る術を俺は持たない。ある意味、例のコボルドよりもこっちのほうが脅威だよね。


 俺が踵を返したところでスノーエルフの戦士から声がかかる。


「おっと、ケイ。君も来ないか?」

「僕もですか? 母さまに報告を済ませてから合流します」


 そういって、躱してみた。

 だって今の手持ちだけで迷宮潜るのダンジョンアタックは流石に厳しすぎるもん。


 M700と銅弾バーンズ5発。ソフトポイントが5発。あと、ナイフ。

 迷宮に何体いて、何体受け持つかは知らないが、ちょっとこれは少ない。

 FPSで例えるなら、絶賛戦闘中の味方の御前で“アイ・ニード・アモー!”のラジオチャットを連打して怒られるのが関の山だ。是非にとも予備で1箱、背嚢に忍ばせておきたい。


 無詠唱術者サイレント・キャスター御用達の短杖タクトも携帯してるが、使用できる魔術が各属性の初級・ドルイド初級・強化系中級・回復系初級。魔力量キャパシティは潤沢でも、出力は微妙で殺傷可能に実用するには詠唱込みで“溜め”が必要。

 つまり子供としては破格でも、魔法使いとしての戦力は微妙。

 エリーみたいに“蔓の拘束”を連射できれば大活躍だろうけど、今のところ連続で発動できるのは“草結いグラスノット”ぐらいだ。単発なら蔓や蔦シリーズの“蔓の投げ網”なども問題なく放つ事が可能だが、室内での使用には触媒が必要となる。具体的にいえば、エリーが使っていた『例の種』などに相当されるものが必要だ。


 なので補給も兼ねて、一旦帰ります。

 サブアームとして自動拳銃――ガバメントも解禁しよう。

 室内戦なら連射出来て取り回しもしやすいオート・ピストルが必要だ。

 ガバメントなら威力不足ってのも起こりにくいだろうし。


 俺が行くこと前提に話が進むスノーエルフ陣の会話に、レッドキャップ隊長は口を挟んだ。


「え、そのガキンチョも行くの?」

「恐らく。実際、中に入るかは未定ですが」


 無難な回答をして一先ずの追求をこれまた躱す。

 武器ライフル見せて無駄な時間取りたくないからな。


 そんな内心を知ってか知らずか、スノーエルフの戦士たちは口々に俺をプッシュし始めた。


「ケイは強いぞ。何だって、錬金術で作った凄い飛び道具を持ってるんだ」

「俺たちで守ってやれば、ケイ1人だけで何匹でも倒すぞ」

「ライフルだっけ。あれ凄いよな。コボルドなんてイチコロだよ」

「――やめないか!!」


 キースは慌てて制止に入るも、時既に遅し。

 その地球にて浸透した固有名詞に、今度はレッドキャップ隊長が目を剥いた。


「ライフルだって? ケイだっけか、お前ライフル持ってんの?」


 またもや俺とキースが目を交差させる。

 ニンジャしかり、コイツは転生・転移をしてるっぽいな。

 もう、仕方ないか。

 溜息交じりで英語で話し掛けてみる事にした。えーっと、久々の英語だなぁ。


「“そう。持ってるよ。レミントン・モデル700、聞き覚えはあるかい?”」

「“レミントーン♪ ハッハーー! 勿論知ってるぜ、俺、アメリカ人だしな。何だお前、英語も喋れんのかよ。イセカイ・テンセイか?”」


 小躍りしながら出自を明かすレッドキャップ隊長。

 どうやら“異世界転生”のジャンルをそのまま“イセカイ・テンセイ”で覚えてしまったらしい彼であった。なんか日本人としては笑いを禁じ得ないな。


「“そうとも。あー、私は日本人で、テンセイしてここにいる。同郷の好だ。今からハンドガンを取りに行くけど、君もどうかな。コルト・ガバメント、気にいるはずさ”」

「“1911か! 何で日本人ジャップがチャカ持ってんのか知らねぇけど、犬のクソッタレ共に45(口径)ぶち込めるなら俺はついていくぜ!”」


 コイツ英語でも口が汚いな。寧ろ悪化したぞ。

 でもな、妙に聞き覚えのあるなぁ。


「“元・ガンディーラーだからね。ゲームで武器を売っていて、それが私のパワーになった。君はどんな能力をもっているんだい?”」

「“ガンディーラーのケイ!! お前か! 俺だよマック、プレデター・マック! スカベンジアで武器掘りにいっただろ?”」


 プレデター・マック。俺の店によく武器を卸しに来てくれるお得意様で、デザートイーグルやそのカスタムパーツ、“.50 Action Express”を買い漁る熱心なデザートイーグル・ファンである。こいつのせいで客引きになりうるDEデザートイーグルが品薄状態になった苦い記憶が……。

 “プレデター”ってのは、武器採集する時は必ず野良プレイヤーをキルして良質な装備を手に入れる好戦的プレイヤーの俗称である。フィールドに落ちてる死体やゴミ漁りを主な専業とするサバイバル派の“スカベンジャー”とは違うとの事だ。

 確か半年前に消えた筈だが……。


「“きみは、ゆくえふめいになっていたマックじゃないか!”」

「“はっはは、メガマ○Xかよ。懐かしいな。やっぱケイだわ、久しぶり!”」

「“ああ、久しぶり。見ないうちに随分とイカしたフェイスペイントしてるね”」

「“そういうお前はエルフかよ! 髪も長いし男の娘トラップみたいだな!”」


 パパン、こいつ友達だったわ。

 そんな俺の視線を受けたキースは、ただただ困惑した表情を見せるのであった。

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