第9話 父と、零点規正と、初猟と

 程なくして、俺達はリビングに集合した。

 二度ある事は三度ある。日本の慣用句を地で行く状況だ。


 いつものようにテーブルの定位置に付き、いつものように、全員が議論の主題となる物品を無言で見つめている。

 暗黙の了解というか、もうこれはウチのお約束なのだろう。あまり歓迎すべきではないが。


 今回、テーブルに鎮座するのは、またもや俺が錬成した成果物。

 『レミントン・モデル700・SPS・バーミント』。

 それが、鑑定系スキルを持つ両親、勿論この世界に持ち込んだ本人である俺だけが知る事のできる、このアイテムの正体だ。


「あのさケイ。これ、何?」


 コリンが口を開く。

 その瞬間、困惑している様子だった両親が一斉にこちらに目を向ける。

 実物がここにある上に、とうにその用途も看破されている。言い訳はできまい。


「はい、白状します。これは武器ですね。僕の錬金術のMODで作れます。

 “弾丸バレット”と呼ばれる――こちらですね、223レミントン。このような金属片を高速で飛ばし、獲物を仕留める事のできる飛び道具。弓に対するクロスボウと同じように、このライフルは火薬を使った吹き矢に機械的な加工を施したものと思ってください」


 もとよりこの世界では未知の道具だ。根本的な構造から噛み砕いて説明する。

 鑑定眼を持ってしても、当人から説明を聞いても、尚も信じられないといったエリーが口を挟む。


「これがケイの錬金術……。あなた一体、何と戦うつもりなの?」

「このライフル――飛び道具は小動物を狩るための代物です。狙いどころが良ければ猪や小鹿だって倒せますが、基本的には野兎やキツネを相手する為にあるんですね。“バーミント”の名が示すとおり」

「ツノウサギやグレーターボア倒せるの?!」

「無理ですっ! アレは無理ですっ! せめて人間の生活圏基準でお願いします!」


 思わず地球上の生き物で例えてしまったが、この世界の生き物は些か強力だ。

 神々に保護された霊脈の生き物であるなら尚更である。

 実際に目撃した事のあるのはツノウサギだが、アレなんて兎のくせにポニーくらいの大きさを持つのだ。デカい上に“ふるもっふ”だから何処に急所あるかなんて見当も付かないしな……。うん、223Remにーにーさん・れむで倒せそうにないな。野生だと凶暴で肉食だから、仕留めきれなかった時が怖いし。


 本当にコレで生き物Mob狩れるのかなぁ。

 頭の中で“.223 remington”が通用しそうな相手を思い浮かべ、イメージトレーニングに入ろうとしたところで、キースは尋ねる。


「今度は小物狩り用の飛び道具バーミント・ライフルときたか。ケイの錬金術は不思議だな。

 前のマヨネーズでも同じ事を聞いたが、一体何を使ったらこんなモノができた?」

「いや武器とマヨネーズを一緒くたにされても困るのですが……」

「ふふふ。確かにその通りだ」

「えっとですね――金貨」

「ほう、金貨」

「どうやらこのMODは、お金を使って火器を創り出す能力みたいです」


 この世界には『スカベンジア』のように火器なんて落ちていない。

 拾って備蓄して、必要に迫ったら随時使用するという無課金プレイは不可能だ。

 従って予備の火器を手にするにはキャッシュで買うしかないし、必要に迫って新たなカテゴリの火器を手にするにはシステム的にアンロックをする必要があるだろう。

 装備のシステム・アンロックは、ある一定の期間で更新される“ミッション”や限定イベントの報酬、オンライン配信サービスから発行されるシーズンパスなどによって少しずつ開放されていく。殆どの場合、有効期限付きで。


 どうしても待ちきれない人向けの最終手段として、決して安くはないリアルマネーを使用した無期限アンロックの制度があり、この世界ではコチラを利用するしかあるまい。ついでにいえば『スカベンジア』由来の取得物がない現状、ゲーム内通貨のキャッシュも課金購入が不可欠であり、アンロック済み銃の追加購入や各種備品を揃える為にも、根本的にはリアルマネーを必要とした。


 企業サーバーからオンラインで提供されるサービスを享受できない以上、どうあっても無課金でアンロックできない現実。

 その問題を現地通貨による決済で強引に対応しようとしたのか。


 世知辛いな、ファンタジー。

 俺はその努力を無駄にはしないよ……。なけるぜ。


「お金か……。これにいったい幾らかかったんだ?」

「ふぇ?!」

「お金いるんだろう?」


 これタダで貰えましたって言うべきだろうか……。

 試供品とか言って誤魔化すか?

 いやゲーム的な意味では実際そうなんだけど、出したの錬金釜だしなぁ。

 いくら何でも不自然だよな、サービス良すぎるよな。

 思い出せ、M700を追加で買うと何キャッシュ? 思い出した。

 えーっと、それを現地レートで変換してっと。

 よし、足りる。成果物売った時の小遣い半年分全部で足りる!

 アタッチメントは魔力ってことにしよう。


「――約金貨1枚と大銀貨6枚、後は魔力で代用しました」

「ふむ、それだけあれば確かに買えそうだな。『約』はさておき」


 何か確信したようなキースの目。あかん、計算したのバレたわ……。

 そんな父の言い回しに、疑問を覚えたコリンが口を挟む。


「買う? それ売ってるやつなの? 見たことないけど」

「いいえ違うわコリン。MODは材料の他にお金を消費する不思議な力なの。

 ケイは魔力とお金だけでコレ作ったのよね?

 そういうのを『買う』と表現する事もあるわ」


 素材の他にお金か。まんまゲームの合成屋システムのようだ。

 錬金釜はそのための端末なのだろうか。


「――もしそれが本当に『買う』だったのなら気が楽なんですけどねぇ」


 そう言わずにはいられない。

 錬金術で銃をイチから創り出すなんて、滅茶苦茶にも程がある。

 もしこれが地球から、こちらの貨幣と引き換えに購入してくるとかだったら、まだ説明はできよう。

 ……絶対向こうで大騒ぎになるだろうが。このM700と備品類の召喚には銅貨の1枚だって使用していないし、仮に何らかの等価交換が成立したとしても未照会で銃がこちらにやってきている。被害にあったガンディーラーさんたちのライセンスが一瞬で消し飛ぶか、少なくとも警察を巻き込んで大捜索が始まるだろう。


「素材と一緒に跡形もなくなるからな。不安に思うのも無理はないか」

「父さまもMODに心当たりがあるので?」

「ああ、ある。なんせ私も使えるからな」

「ええええぇ……」


 マジかよキース。MOD使えるのママンじゃないのか。

 知ってたなら何か言ってよ……。追い出される心配だってしたのに。


「あーすまん。言うに言えなかったんだ。……流石にマヨネーズがMODって有り得ないだろう? いや探せばあるのか? 少なくとも私は作れない」


 俺のMODでも作れません。スパムやレーションなら出せるよ。

 にしても、同じMOD使いである俺とキース。

 この一家と、地味に浸透し始めてるスノーエルフの里でマヨネーズを最初から知っていたのも俺とキースだ。


 まさかキース、お前……。


「問おう、そなたはいかなる英霊か」

「アーチャーのサーヴァ――いや、違うぞ? 違うからな?」


 本人は否定しているが、俺が抱いた疑惑は見事に的中していたのだった。



 ◇



 翌日、俺とキースは森を出て、人気のない草原へと向かった。


 別に危険因子として消されたり、死合うだとかそういう物騒な意味ではない。

 かといって親子水入らずでピクニックに出かけている訳でもない。


 お互いがMOD使いである事を確信した前日のあの時、俺達は同郷の好で盛り上がってしまった為、置いてけぼりのエリーとコリンがすっかりヘソを曲げたのだ。

 そのせいかキースは急遽予定を変更。ライフルスコープの零点規正ゼロインが未遂に終わった息子の手伝いを名乗りでて今に至る。おかげで道中は物凄く安全だった。


 キースは俺から預かった銃を収納から取り出すと、俺に手渡しながら語りかける。


「ケイは昔から子供らしくないというか、妙に賢かったもんなぁ。

 大人でもそんな言葉遣いはしないぞ?

 ところで、本当は何歳なんだ?」


 出発前に今度こそ金貨を入れ、課金して買ってきた|サンドバッグ(保持用の枕)に銃を設置しながら答える。


「転生後を抜いて24です。まぁ、何というかごめんなさい」

「親に謝るもんじゃないさ。私は67で死んだ。ちょっち早いが、老衰だろうな。

 それにしても気の毒に、君は随分と早く亡くなったんだな。うん、100ヤードだ」


 キースは俺を慰めつつも、距離計レンジファインダーを起動し、ブルズアイとの距離を測る。

 こちらの周辺機器やグッズの類も『スカベンジア』由来のモノだ。目に見えるGUIも、敵の居ないセイフティなシューティングレンジなどという気の利いた施設もない本作品だが、コレも全てリアル志向の賜物。撃つだけではない、ガジェットを活用するという楽しみも含まれている。

 にしても全金属製吊り下げ式3連ブルズアイに値段で負ける距離計レンジファインダーか。今まで気にしてなかったが、意外と高いんだなコイツ。


「死因はデリバリーピザのドローンです。笑えますよね。あ、ちゃんと水平ですか?」

「ぶっ、いやいや、笑い事じゃ――ははっ、いやぁ水平水平。ドローンも怖いねぇ」


 勿論だが、銃から発射された弾丸は風と重力の影響をモロに受ける。よって弾道性能に大きく左右されるのは角度であり、射手と目標が水平でないと正しくスコープの調整ができない。

 超長距離射撃であるなら気温も視野にいれるべきだが、本銃の最大射程とするのは装着されたスコープのミルドット目一杯の600ヤード先――では無く、ある程度“.223 remington”の実用的な威力が保証された一つ上の500ヤードまでだ。これ以上は流石にこの世界の生き物に通用しない気がする。


「いやぁ、痛かったです。――うーん、レティクルが……ディオプター調整します」


 スコープにおけるディオプターとは、自分の目と、照準レティクルBDC弾着指標の表示に対するピントであり、これを合わせないと折角の表示が見えない。スコープを使うならやるべき事項だ。


「どうぞ。ところで君はどこに住んでいた? どこの国だい?」

「……日本ですねぇ。田舎から出て、東京に。よし合ったぞぉ。……父さまは?」

「日本か! 私はアメリカさ。海兵隊員だった。日本にだって行ったぞ?」

「おおっカッコいい。退役軍人ってやつですか。あ、構え問題ないですか?」

「問題ないさ。本格的だな、撃ったことがあるのかい?」


 今、俺が行っているのは伏せ撃ち。

 普段、ゲームでゼロインする時はベンチレスト射撃よろしく台とライフルレストを利用した委託射撃で行うのだが、今回は青々とした平原。流石にそれを求めるのは我儘というものだろう。

 よってサンドバッグとバイポッドを利用した略式で行う。


「DVRゲームでは何度も。実銃は……ごめんなさい、ピストルしかないです」

「ええい謝るな。ハンターでもないんだからそんなもんだろう」

「ライフル実射はこれが初めてですね。ゲームの経験が生きました」


 凄い怒られそうな台詞だが、こうとしか言いようがない。

 少なくとも『スカベンジア』はヘタなサバゲーより参考になるのだから。


「スカベンジアだっけ。当然他にもあるんだろう? アサルトライフルとか」

「アンロックしないと無理です。今出せるのはM700これとガバメントとM870ですね。スカベンジアの初期武器です。残り2つ使います?」

「たまに撃たせてくれれば満足さ。取っておきなさい。

 M700はバーミントしかないのかい?」

「口径選べますよ? 338LAPなんてどうでしょう。あ、ボアサイター下さい」

「ぶっ、そんな物騒なモノじゃなくてもいいさ。楽しみだけど。はいどうぞ」


 俺が取り付けたのはレーザー・ボアサイター。

 銃口からまっすぐレーザー光を照射する事で射撃前でも大まかな弾着が判るようになり、スコープ調整に一役買ってくれるスグレモノだ。現在地が真っ昼間の草原につき、おおよそ一般人では目に見えない程であったが、そこはエルフ補正で何とかなった。マグネット式を持ってくればよかったと後悔する。


「大きくなったらラプアマグナム撃ってやりますよダディ、照準します」

「ハンニバル・モデル・ライフルいってみようか、照準どうぞー」

「557T‐REXでしたっけ? アラブの人が吹っ飛ぶ。スカベンジアでは勿論ありますよそれ。有名ですから、高いけど」

「あるんだっ!」


 その名も“.577 Tyrannosaur”。それを使用するのは、末端部位でも当てれば即死という“A-Square Hannibal model rifle”だ。何でもクジラだろうが一撃で仕留める、デンジャー・ゲーム御用達の――むしろお前がデンジャーなライフル。寧ろ施条ライフル砲。知っている。よく知っているとも。流行ったからな。こいつのアンロックが報酬として提供されたイベントの後は、撃って撃たれての世紀末だったんだ。

 そんな軽口を言いつつ、俺はスコープから飛び出たノブを操作して、スコープの照準と、銃口から飛び出すレーザー光を一致させる。

 これで大まかな照準は終わりだ。ここから仕上げに入る。


「さて、ようやく撃ちますか」


 佇まいを直し、弾を装填すべく手を伸ばす。

 右見て、左見て、アレ? キース見て口を開く。


「あ……っ! 父さまっ、弾、弾っ! アイ・ニード・アモー!」

「――ハッ!? ごめんよケイ」


 うっかり。本当にしまらない。

 数秒遅れてキースが取り出したのは銅弾。

 “.223 Remington”だと20発入りの箱で25キャッシュ。

 アメリカンプライスなのだろうか、何だかリーズナブルだ。


 こちらはバーンズ弾頭とも呼ばれる全銅製のモノであり、通常、猟銃で扱われるソフトポイント弾に比べ貫通力があり、鉛に比べ硬いので展開時における攻撃力も高い優れモノだ。やや弾頭重量が軽いので攻撃力が低く見られがちだが、『貫通しつつ展開する』事で高い殺傷力を発揮するように作られている。それがバーンズ弾頭の狙いである。

 比較的柔らかく体格の小さな小動物相手だと、不必要に破壊せず貫通するので、撃ち分ける必要もない。鉛とは違い、もし野鳥が食べても中毒に陥らないのもセールス・ポイントだ。


 弾着時の打撃力が求められそうな獲物以外はこちらを使用する事に決めた。

 よって、銅弾でゼロインを開始する。


 俺は、ストックポーチの予備弾薬ポケット全てに、この銅弾を差し込む。


 そしてボルトを開ける。

 エジェクションポートから弾薬を1発だけ込め、ボルトを閉め直す。

 ガシャン、カ・シャン、ガシャコンという機械音が耳に気持ちいい。


 そして残りの弾は箱にしまう。

 準備完了。


「撃ちます」

「どうぞー」


 照準をブルズアイ中央部に合わせ、俺はトリガーを引いた。


 ダッ! という音と共に着弾。

 金属製ブルズアイ特有のかぁん、と小気味の良い音が同時に響く。


 委託したおかげで反動はあまり無い。銃身がほんの少し揺すられる程度だ。

 シュゥゥゥゥンと、弾丸が大気を切り裂いたのであろう音が俺の鼓膜を撫でた。


 反動の余韻に浸っている暇はない。


 照準が大きくズレないように、なるべくそっとした動作で排莢を済ませ、エジェクションポートからもう1発弾薬を装填。芝生の上に落ちた薬莢の微かな擦れ音が何と甘美なことか。

 とにかく発射準備が整った。


「もう撃つのかい?」

「『コールド・バレル・ゼロ』ですか? まぁ、そこまで精度は求めませんので」

「なるほど」

「僕、ゲームでは凸砂ですんで。突っ込んで近中距離で撃ちまくりますよ」

「おいっ!」

「何でしたらアイアンで頑張りますよ?」

「やめなさい!」

「えへへ」


 コールド・バレル・ゼロ――発射後の弾道性能は、銃本体の銃身の温度によっても影響される。これは外気と銃身内の気圧差や、銃身そのものが熱によって微かに形状を変えているからである。よって、特殊部隊などのスナイパー隊員のゼロイン作業はこれらの要素を視野に入れ、1つ発砲する毎に数分の時間を挟む事によって銃身の温度を常温に維持。発砲熱の影響が少ない常温の銃身を基準に零点を合わせる。こうする事で初弾の弾道性能に特化した零点規正を行い、『ワンショット・ワンキル』が求められるアンチテロの現場で活躍するのだ。


「一発勝負でも、イギリスのライフル競技でもないんですから、ハンティングにおける実用重視でいきましょう。1〜3発くらい?」

「鈍臭い獲物なんてそうそういないから1発を目指そうよ」

「1発ですか。脳撃ちブレーン・ショット以外でHP削り切れるかなぁ」

「ハンティング・ゲームじゃあるまいし、ここ現実に近いから心臓でも首でも充分致命傷だからな?」


 海兵隊員でもああいうゲームやるのね。

 まぁ、リアル志向っぽいからカジュアルなFPSより楽しいのかな。


「22口径ショートでも?」

「ごめん、アレは無理だわ。リスのこみかみに押し当てて撃っても厳しいな」


 えぇ、海兵隊員にそこまで言わしめる“.22 Short”さん……。

 リスなんて空気銃やスリングショットでイケるのだからジョークだと思おう。


「えー、では撃ちます」

「どうぞ?」


 ダディのインストラクト付きで射撃を楽しむ昼下がり。

 まさかそんなアメリカンなフリーダムライフを日本生まれの俺が送るなんてな。

 異世界すげぇ。いや異世界でも無ぇよ、あってたまるか。

 そんなの欧米圏ぐらいなものだよ。地球のな。


 俺は生前から慣れた手付きでボルトを開放する。

 エジェクションポートから弾薬が緊急排莢される。

 続けてストックポーチに差し込んだ予備弾薬に手を伸ばした所で、過ちに気付く。

 とさり、と弾薬が芝生に落ちる。


「……今のナシで」

「何やってるの? ハッハハッ、ねぇ何やってるの?」


 撃つときは黙って撃ちましょう。


 取り敢えず落ちた弾薬は拭き取って隔離。

 今度こそ再装填を済ませ、照準を合わせる。

 狙いは先程のブルズアイ。本当はゼロイン専用の目標もあるのだが、そういう気分だったので金属製ブルズアイにした。音が気持ちいいからね。


 静かに、トリガーを引く。闇夜に霜が降るが如く。

 刹那に発砲音と着弾音。音速に迫る弾丸が衝撃波で草原を微かに揺らす。


「ナイスショット」

「どうもっ」


 排莢を済ませ、もう一度装填。ストックポーチのポケットがまた1つ空いた。

 照準を合わせ、一息。もう1発。

 再装填、照準、もう1発。

 もう1発。


 5発撃った所で、改めて着弾箇所を点検する。


「うむ、やや左下に寄っているようだ。バラつきはほぼ無い。慣れてるな」

「ありがとうございます。3クリック、アップ。左に……4クリック?」

「4――でもいいが、5クリックで試してみないか?」

「わかりました。左に5クリックでやりましょう」


 自分で設定した弾着目標に対して幾つか発砲し、その正確性を見てスコープの角度を調整する。スコープから見える視線と、銃身から延びる射線は当然、別の始点から始まっている訳で、そこから遠距離を狙撃するにあたっては目標の距離を設定、そこから視線と弾道を対応させる必要がある。


 その作業がゼロインだ。

 ここでは100ヤード先のブルズアイの中心部にレティクルを合わせて狙撃する事で、その視線と弾道のズレを修正。100ヤード先ならスコープのど真ん中で当てられるように設定する。

 このスコープは“.223 Remington”に最適化された、100ヤード単位で期待される弾道が示されたミルドットが存在し、ゼロインを済ませる事で容易に各距離に応じた照準を行う事ができるようになる。先程も述べたが、最大600ヤードまで対応。極力、500ヤード以内で運用するが。


 キースの指示に従いスコープを調整する。

 普段からヤード・ポンド法に触れているのと、やはりその道のプロだけあって微角調整の計算が早い。ほんと、頼りになるわ。


 それを終えたら弾薬を取り出し、ポーチに差し込む。

 何せ全箱合わせて100発もあるのだ。……流石に全部撃つ気はないが。


「調整終わりました。撃ちます」

「どうぞ」


 キースの同意に合わせて発砲する。

 発砲、発砲、発砲――。

 5発撃ち切ったら微調節。これを満足のいく結果になるまで続ける。

 100ヤードは満足のいく結果になった。


 射手と目標が水平になるよう距離を変えて、同じように調整を行う。

 200、300。弾丸の降下量が顕著になる400、500。

 念を入れて600ヤードも。

 最初の100ヤードでほぼ正確に調整出来てたらしく、後の距離は予てより設定していたワンセット――5発だけで済んだ。

 キースってば慎重なんだなぁ……。命かけてただけあるよ。


 いや、俺達が命を投げ捨ててリスポーン前提でしていただけだ。

 ゲームとリアルでは命の価値が全く違う。

 言うまでもなくわかるだろうに、キースから感じるその“命の重さ”は、俺が抱くそれとは全くもって格が違う。


 当初はM700が持つその洗練されたメカニズムを楽しむように射撃をしていた俺であったが、キースの指導の下でゼロインが終える時には、より洗練に、正確に、簡潔に、ライフルを操れるようになっていた。


 ◇


 各種備品を片付け終えた俺たち親子は、先程から離れた場所にある草原の丘にレジャーマットを敷いて休息を取る。

 まるでピクニックだな。昼寝でもして帰るか。


「お疲れ様、ケイ。どうだい、コイツを使ってみて」

「いい銃です、とても。父さまのおかげか、銃が体の一部のように馴染むようです」


 もうね、射撃の効率が尋常じゃないくらい上がった。

 ボルトアクションをここまで扱えると気持ちいいのな。

 

「ふむ、ケイは狙いはうまいが、銃の扱いはぶきっちょだからな」

「ぐっ……」

「まだ、そう言ってくれるんですね」

「元より親子くらい差があるんだから気にするな」


 ひたむきな慈愛の目を向けられると、何か涙腺にくるものがある。

 キースはふと視線を外すと、唐突にライフルを取り出して1つ提案した。


「ケイ。――あれを、撃ってみてくれないか?」


 ふむ、キースの指差す方向に――あぁ、いた。あれね。

 俺は銃を受け取ると、間髪入れずにその指差す方向へ待機姿勢。

 キースから弾を1発だけ受け取り、エジェクションポートに込める。

 どっかりと座り、片膝を立てて銃を保持し、自らを委託物とした座射体勢。

 自分でもびっくりするくらい一瞬で、目標にサイティングが完了した。


 コイツで決める。1発だけで。


 絶対にあてるんだ。


 引き金を引いた。

 ほんの一瞬の発砲音と共に飛翔した弾丸。

 それは387ヤード先、やや下降した地点に位置する獲物に襲い掛かる。


 音の到達と弾着とではどっちが速いか。

 その差はほんの小さなものであり、聴覚による回避は不可能だ。

 元より白昼、マズルフラッシュにも奴は気付けない。


 狙いを外しさえしなければ、仕留められる。

 だから絶対にあてる。

 そうしなければならない。


 ――だから、あたった。俺の“HTP Copperバーンズ弾頭”が。


 弾丸に貫かれた獲物は、その衝撃に身体を浮かせて、どさりと落下。

 毛皮から千切れ飛んだ僅かな柔毛は、風に流される。

 銃声と共に流される。毛も、血も、草も、土も。

 弾丸によって巻き上げられたソレらが全てが、発砲の余韻となる。


 ソレはピクリとも動かなかった。


 倒した。先の1発で、仕留めきった。


 モノ言わぬ俺に、キースが代わって口を開く。


「ナイスショット。やったな」


 感情が、こみ上げた。


「やった、やりましたよ! えへへ、やりました!!」


 銃を中程からむんずと掴み、意気揚々と仕留めた獲物に駆け出した俺。

 走って、飛んで、強引に魔力で舞い上がり、レイ・フル。すとん、決まった。


 今の俺は、どんな気持ちなんだろう。

 言葉にできないこの気持ちは何なのだろう。


「なんだか凄く、とっても嬉しい気分ですっ!」


 そうだ。そうだよケイ、、。よく言ってくれた。

 だって滅茶苦茶嬉しい。わくわくする。

 なぁそうだろ? こいつは俺たち、、、で仕留めたんだ。

 誇っていいんだよ。喜ぼうぜ。


 2人分の認識を以て、こんな嬉しいと思えた事はない。


「父さま、僕もっとライフル頑張りますっ! もっと色々、教えてくださいね!」

「はははっ、いいともさ!」


 仕留めた獲物を、極初級のドルイド魔法で縛り上げ、父に向かって掲げる。

 すげぇ、本当に1発、綺麗に穴が空いてる。22口径凄い!!


「さ、今日はもう帰ろう。これを皆に見せるんだ」

「姉さんが何て言うでしょうか……」

「晩御飯がもう一品増えるだぞ? それに肉だから喜ぶさ」

「それもそうですね」



 この日、俺は生まれて初めて猟に成功した。

 仕留めた獲物は野兎だ。この世界ではありふれたウサギ。

 ペット用と比較して、ややデカいかな。丸々とした重量級のフォルムをしている。

 キウイフルーツにウサギの耳を付けたみたいな。それが50cm程ある。


 これバーミントやスモール・ゲームを通り越して、猪狩りのミドル・ゲームに相当しそうであるが、“.223 Remington”でも問題なく仕留める事ができた。元より、サポートはされているけれどね。


 とにかく、俺はこの日を忘れない。

 俺は初めて、この世界に生きているという実感が持てた。

 変わらず迎え入れてくれる家族がいる。 

 暖炉を囲み、シチューを食べながら。

 その1匙1匙に、俺はかけがえの無いモノを得ている。


 異界からやってきた俺。

 この世界に生きるケイ。


 そんな俺たちに与えられた《スカベンジア/ディーラーシステム》。

 それをどんなふうに使っていくか。


 それは考えるまでもないことなく、既に決まっているようなものであった。

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