第6話 エリーのアルケミーレッスン

 進路相談から数週間がたった。

 ようやく仕事から開放され暇になったエリーは、いつもの三割増しで張り切っていた。

 先祖代々続く一子相伝の技を継承する大事な儀式だ。無理も無い。


 ごめんなさい、今の嘘です。


 聞いた話によると、実のところウチは初代から数えて現在三世代目に到達したばかりの新参もいいところだし、別に一子相伝でも何でもない。何だったらたまにウチにやってくる薬草取りのエルフっ子だって、母の手ほどきを軽く受けているくらいだ。

 所により、本当に百代以上続く由緒正しき魔女の系譜は存在するし、秘伝の技をかけ子弟同士で徒党を組んでの戦争沙汰を起こす一族もある。聞くだけなら『キタコレファンタジー!』とは思えるが、もし自分たちがとなると歓迎できる話題ではないかな。

 余所は余所、ウチはウチだ。そして我が家が一番である。


 ぽけー、と椅子で待機する俺たちを尻目に、エリーは着々と準備を進める。

 いかにも『マジックアイテム作るやで』と語り掛けてきそうな重厚な木机に、これまた本格的な機材と薬草類の切れ端や水溶液を並べていった。どうやら錬金術といっても、ビーカーやフラスコ、スポイト・試験管といった現代科学的な器具も利用するらしい。というより存在するらしい。ポーションが手軽に入手できるとあって、それらを生産する為のガラス製品の製造技術は発達しているようだ。〈収納〉を使えば持ち運びにも困らないからな。

 こうして恙無く準備を終えたエリーは、イエイっ! と言わんばかりのポーズを決めて授業開始の掛け声を上げた。


「教本よーし、試薬よーし! ……昨日今日だから道具はお古を使い回すけど。

 さてさて二人とも、準備はいいかしら?」

「「はいっ」」

「よろしいっ! まず始めに錬金術の道具を説明するわ」


 テンション高めに錬金術の道具を紹介するエリー。

 コリンは目を輝かせて道具そのものに目を奪われていた様子だったが、俺からしたら実に『科学実験の器具』であり目新しいものは何もない。

 母は道具の使い方というよりは、寧ろ薬品の取り扱いに関して注意しろと厳命してきた。目測を誤ると瘴気に当てられて死ぬらしい。

 実に科学実験らしい言い分だが、その言い回しや固有名詞に聞き慣れないモノが散見する為、現代日本の一般教養に当て嵌めるのは危険だろう。寧ろ未知の危険物を取り扱う気分で取り組まなければならないので、一層のこと気を引き締めざるおえない。


「――という訳です。調合ではその一匙分が命取りになるので気を付けましょう」

「はーい」


 エリーは匙をピンと立てて道具の使い方――というよりは、薬物調合の心構えのレクチャーを締めくくる。

 実にもっともだ。俺が神妙に頷いていると、横で集中力を切らしたコリンがボソリと呟く。


「お母さんたまにボンッ! ってするもんね」

「そこっ、余計な茶々いれない!」

「はい……」

「ケイも笑わないっ!」

「はい」


 指摘され、思わず口を抑える。

 エリーはとても頼りになる才女ではあるが、妙にコミカルな面が多い。凄い母親を持つというのに、それを素直に尊敬できないのはなんだか複雑な気分になるな。

 こんな調子で、イマイチ勉強の身が入らない問答を一頻り終えたあとで、エリーが仕切り直しを試みた。


「こほんっ。さて、これら器具は、素材の不純物を取り除いたり、特定の成分を抽出したり、ちょっとだけ混ぜてみたりする為のものです。これらによって得た素材を“中間素材”と呼びます」

「中間素材……?」

「料理でいう皮むきやダシを取る、といった下拵えみたいなものですね」

「その例えでだいたい合ってるわ。というよりその作業自体『下拵え』ってみんないうもの。こうして作り終えた中間素材を錬金成果物にするのが――」


 言葉に少しタメを入れながら、つかつかと部屋の奥に鎮座する巨大な鉄塊に歩み寄る。この時点でコリンは目を輝かせてその続きを待っていた。


「――この錬金釜っ! やり方は簡単! 中間素材を放り込んで混ぜるだけ!」

「おおーーっ!」


 妙に大げさな身振りで今回の主役を紹介するエリー。

 この妖しい彫刻と宝石が拵えられた巨大な釜こそが、この世界における錬金術の主役であり、ある意味では現代サブカルチャーの世界にどっぷり肩まで浸かった俺にとっても酷く見覚えのある代物であった。

 だがちょっと待ってほしい。


「えっと錬金釜の使い方、素材を放り込んで混ぜるだけ、でいいんですか?」

「うん」

「何か特殊な工程は?」

「うん? 魔力を込めて、完成するまで混ぜるの」

「さしあたって危険な箇所といいますが、気をつける点はないんですか?」

「煮込むだけあって、溶媒とか熱いから気を付けてね」

「爆発は?」

「しません!!」

「ごめんなさい。……その溶媒と各種素材の相性だとかそういうのは?」

「溶媒は術師の魔力そのものを取り込んだ水です。だから種族的にダメなやつだと拒絶されるけど、私たちだと基本的にそういうのは無いかなぁ」


 つまり、下拵えだけ済ませてしまえば、混ぜてしまうだけで錬金術が成立するらしい。思えばエリーが稀に起こす小さなミスも、中間素材の作成でしかなったことがない。釜の中は完全にセーフティな空間なのだろう。

 水ってことは、それに触れたら爆発する物質は控えたほうがいいのか? 有名どころで幾つか見当はつくが、そもそもソレの作り方なんて分からないからな。合ってないようなモノと考えよう。

 思ったよりお手軽すぎて拍子抜けしている俺にコリンが肩に手を置く。 


「つまりさ、ケイは慎重過ぎるんだよ」

「もっとなんかこう、特殊な才能が必要かと思ってました」


 素材の願いを聞き取って形にするだとか、そういうやつ。


「才能に関しては問題ないわ。錬金に使う素材は、同じ錬金術士による採取と加工でないと使えないの。ほら、あなたたち、お庭のハーブとかよく採ってきてくれるでしょ? 上質な中間素材にできる分、それだけの才能があるのよ。問題なく触媒に自分の魔力を込められるハズだわ」


 どうも錬金術士以外の人間が錬金素材の採取をすると、中の魔力が抜け出してしまい錬金素材としての価値を失ってしまう。誰でもなれると思われがちな冒険者も、錬金術士の適性の有無で活動の方向性が大きく変わる。場合によっては火力担当である魔法使いよりも保護されるべき対象になるのだ。


 にしても錬金術の才能、そこなのか……。

 普通に家庭菜園からお野菜を採ってくる感覚でやってたわ。


「どうやら僕の考えすぎだったようですね」

「いいのよ。錬金術士を目指す人は、まずそこから考えるのが普通なんだって。

 私なんて何も知らず錬金道具を遊び道具にしてたわ」


 ママンがアメリカの銃オタクガンナッツみたいな事言い出した。


「へぇー! そうなんだー」

「姉さん、それは比喩表現です。真に受けて実際に遊びださないように」

「あはは、しないってば」


 不穏な気配を発したコリンに釘を指しつつ、目線でエリーに話しの続きを促す。

 どうやら本当に遊び道具にしていたらしくバツの悪そうな顔をしていたエリーだったが、すぐさま軌道修正にとりかかる。


「とにかく、今日は錬金釜をあなたたちにマスターしてもらおうかと思いますっ!」

「おおっ!」

「今日一日でマスターですか?」

「うん。下拵えは危ないけど、錬金釜は混ぜるだけだし」

「そうでした」


 そんな事をいいつつも、エリーは釜に火をいれていた。

 火をつけるだけから自分達にやらせた方がいいのではないかと思ったが、“爆炎球”の使い手と“種火”の申し子がいるんじゃ母としても怖かろう。妙に牽制する動きの母親を前に、俺達はバツの悪そうに目を逸らしつつ本格的な錬金術実習が始まった。



 ◆


 四半刻さんじゅっぷん程が過ぎ、ようやく窯からふつふつと音が出始める。

 何せ大の大人がすっぽりと入れるようなこの大きな釜は、十分に水温を上げる工程だけでも時間がかかる。やろうと思えば入浴だってできてしまうような容量を誇るだろう。まあ実際にやったら釜の持ち主に大目玉を食らうか、そのまま煮られるかだが。


「さて釜はっと、煮えたかな? コリン、来なさい」

「よーし、頑張るぞぉ!」


 先行はもちろん姉であるコリン。

 本人はいたって張り切っているが、今からやる作業は材料を入れて混ぜるだけである。それをわざわざ口に出して指摘するような野暮な人間がこの場にいないのはよかった。

 それとなくピックアップされた中間素材を手に、エリーは解説を始める。


「コリンに作ってもらうのは“応急手当ファーストエイド”のお薬ね。

 これは清潔な水と治癒の要素を持つ素材さえあれば簡単に作れちゃうお薬よ。

 効能は弱い治癒促進と浄化。お金が無い人でも身近であれるお薬だから、どこにいっても通用する便利なお薬よ」

「しゅわしゅわのやつだ!」


 コリンの注釈で大体わかるが、こちらは振り掛けるタイプの薬である。患部で泡を吹いて砂を取り除く仕組みになっているようだ。勿論ポーションらしく回復効果と消毒を兼ねた魔法効果も備えており、ものの数秒で皮一枚程度の傷が癒える。深い傷を負った場合でも使えるが塩を溶かした炭酸水のような強い刺激があるので、別途ポーションを用意した方がいい。見た目はワインのような紅色をしている。

 もう一度いうが、こちらは振り掛けるタイプなので、経口摂取には適さない。飲めなくもないが、強い薬草の風味と炭酸が消化器官を刺激し、酷い異物感によってむしろ体調が悪化する。“回復”のポーションではなく、“ファーストエイド”の名を与えられたのはその為だ。……本当に酷いものだった。


「そう、しゅわしゅわのやつ。今回は普通にお庭で採ってきたアロエと、煮沸した井戸水を使います。アロエは便利よ、回復用途なら皮ごとイケるわ。千切ってポンよ」


 いちいち馴染みのあるモノが出てくるからポーカーフェイスの維持に困る。

 どうやら異世界でも、お婆ちゃんの知恵袋アロエでんせつは通用するらしい。


 エリーから材料を受け取ったコリンは、テンパってるのか窯の前で何やら怪しい動きを一頻りしている。

 やがて落ち着くと景気良くそれを投げ入れた。多少雑に入れても、内容物が飛沫する心配は無さそうだ。


「姉さま?」

「大丈夫よコリン。錬金釜に従いなさい」


 何処の星間戦争の騎士みたいなことを言い出した。

 やっぱり才能必要なんじゃないの?!


 治癒の要素によって満たされた錬金溶媒の中で、材料となるアロエが青白く発光し、ほんの少し半固形状になって溶け出した。錬金術の不思議現象その一である。


「おや、アロエのようすが……?」

「さぁコリン、混ぜてみなさい」

「う、うん」


 下らないこと言ったら無視された。

 母に促され、ヘラのついた棒でせっせとかき混ぜるコリン。

 内容物は水とアロエなのに随分と抵抗が強いらしく、ぐっと力みながら万遍なく混ざるようにかき混ぜると、溶媒全体に広がった材料の魔分発光体が収束していき、一つの物体を作り出す。

 錬金術の溶媒そのものは錬金成果物に含まれない。これは術者の魔力と各種材料の接触する面積を確保する為の代物なので、溶媒は殆どの場合無くならない。しかも成果物は直接取り出せる。錬金術の不思議現象その二である。 


「いよっし、できたー」


 そういってコリンはトングのような金具を使用し、いかにも魔法薬っぽい細工が施されたガラス瓶に収められたそれを元気よく掲げた。

 そう、これが錬金術最大の不思議現象。何故か容器ごと出てくる錬金成果物。もちろん、ガラスなんてカケラも入れていない。

 これを目撃する度にキースも何か言いたげな苦い顔をするので、この世界でもこればっかりは流石に特異な現象なのだろう。


「うん、バッチリね。品質も問題なさそうだし」

「やった!」


 エリーからのお墨付きを貰い、小さく喜ぶコリン。

 コリン特製の“ファーストエイド”のポーション。それは見ていて気持ちの良い魔力の奔流が瓶の中で漂っている。これは効きそうだ。ゲームでいうとアイテム名に『+3』とか付いてそう。

 張り切っている分、寧ろ一般的な店売り品よりも完成度が高い。自分基準で忘れがちだが、コリンはまだ5歳である。その上初めての錬成で、これだけのものを作り出せるのは称賛すべきである。

 コリンは感覚派でドジなところの多いアニメ主人公型の魔女っ子だが、本気を出すとこうなるのか。いいじゃないかそれで。『お転婆な姉』から『デキる姉』へ評価を上方修正、俺の中のコリン株が急上昇している。



「これは……っ。流石ですお姉様っ!」

「うへへぇ、やったよケイぃ!」


 褒められてもどかしいのか、くりんくりんと悶えている。

 我が姉ながら非常に可愛いけど、瓶持ったままは危ないからやめなさい。

 トレントさんが気が気じゃない様子で心配してるから。

 コリンはいつだってコリンであった。


「これは僕も気合を入れるべきですね。母さま、参考までに尋ねたいのですが成果物の品質を決定付ける要因とは何でしょう。」

「そうね。モノによって異なるけど、相応に魔力量を求められたり、特殊な魔力の込め方を要求される事があるわ。それらをいかに忠実にイメージするかによって、完成度が変わる事もある。品質を決定付けるといえばそこね」

「なるほど。姉さまは、母さまの手作業をよく観察しているからこそ、正確にイメージ出来たのですね」

「その上、魔力も充分っ! コリンは腕のいい薬師になれるわ!」

「やめてよ〜」


 感覚派の強みを十分に発揮したのだろう。

 俺は特別、理論派という訳でもないが、現代日本出身ゆえの先入観がある。

 サブカルチャー文化から得た前提知識で大体のポーションの効果は理解できるし、生まれ育った実家の影響で田舎のお婆ちゃん御用達の山菜キノコ程度の知識ならある。

 これが吉と出るか凶と出るかはわからないが、最善は尽くす。


「じゃあケイ。次はあなたの番よ」

「はい母さま。よろしくおねがいします」


 初の錬金術、俺は本気を出そう。

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