第5話 進路相談

 勝手知ったる我が家のリビング。

 今度こそ適正な“種火”の魔法をもって灯火された暖炉の音をバックに、俺達家族四人は勢揃いでテーブルを囲んでいる。

 それぞれ何かしら言いたい様子ではあったが、まず先に口を開いたのは一家の大黒柱。白タイツアーチャーで俺のパパン、キースだ。


「さて、ケイ。今の魔法は、一体何かな?」

「“種火”です」

「お、おう……」


 一問一答。聞かれたことに間髪入れず答える。

 そんな問答に姉・コリンが異議を唱える。


「嘘だッ! 私の“火矢:Fire bolt”よりも威力あったもん!」

「そうなのですか? 何となく無詠唱で放ったので加減が効かなくって……」


 人差し指をちょんちょんしながら、首を傾げ、にぱーと笑う。

 我ながらキメェ!? でもエルフだからイケる! まだ若いからイケる!

 そんな俺の自己嫌悪を秘めた心の叫びなど意に介さず母と姉が叫ぶ。


「な?! むえい――」

「無詠唱?!」


 目を剥いた姉の声を掻き消すように、歓喜の声を上げる母・エリー。

 思わずして全身から魔力を迸らせたのか、エリーの感情に呼応するかのように観葉植物が唄いだす。エリーは咳払いしながら静かに着席した。


「うーん、無詠唱とはそんなに難しいものなのでしょうか。

 慣例的にマズイものだったりするのであれば今後は留意して控えますが」


 エリーの様子から見て無詠唱自体は問題なさそうだが、敢えて予防線を張る。


「そう身構えなくても大丈夫よ、ケイ。無詠唱はそこまで高等な技術という訳でもないし、寧ろ魔法使いとしては歓迎されるものだわ。でも――」

「でも?」

「慣れない内にいきなり〜、は危ないと思うから、詠唱込みで確り練習してからね」


 俺と同じ見解で何よりだ。とりあえず我々の業界では問題ないらしい。


「はい、母さま。先程の暴発で充分、理解しましたので、今後は気をつけます。

 それと床を汚してしまい、本当にごめんなさい」

「よろしい」


 という訳でエリーママンの件はクリア。

 魔法は用量用法を守って正しく使いましょう。


「ぐぬぬ、ケイってばいつの間にそんな凄そうなの覚えたのよ……」

「でも姉さま。無詠唱は、元の基準を知らないと物凄い魔力吸われて予想以上の威力が出るようです。やり方とコツは後で教えますが、危ないので母さまの正式の指導あるまでは無闇に使わない方が良さそうです」


 恨めしそうな目でこちらを見やるコリンに、無難な解答で躱す。

 それでも諦めきれない様子で食い下がってきた。


「む、そうやって有耶無耶にする気?」

「ふむ。ところで姉さん。最近覚えた“爆炎球:Blast fire”の景気はどうですか?」

「ぐぅ?! ……ふふふ、まぁまぁかなァ」


 心に火矢を打ち込まれ、何処ぞのハーブ畑のように燃え尽きた様子のコリン。

 前日のケツドラムを思い出したのだろう。仕方ないね。


「さて父さま。お話の続きを」

「お、おう。いやなに、咎めようという訳ではないから、そう身構えなくていい」

「はい」


 口ではそう言いつつも、お互いに佇まいを矯正する父と俺。

 さて、どう出る?


「それで、ケイは魔法使いと戦士。どの道に進みたい?

 スノーエルフは常に、“2つに1つ”だ。いずれ選択しなければならない」


 父曰く、スノーエルフという種族は訓練次第で、役割ロールに特化した身体特性を獲得できる能力を持つそうだ。戦士ならオーガにも劣らぬ不屈で力強い体に、魔法使いならハイエルフに追随する膨大な魔力の貯蔵量と出力を獲得できるそうな。

 ゲーム的にいってしまえば、スノーエルフとは戦士型と魔法使い型でステータスの成長方針が大きく異なるピーキーな種族という事である。なかなかロマンがあるじゃないか。

 そのターニングポイントとなるのが、人間でいう第二次性徴期あたりらしい。

 だか俺はまだ3歳、コリンでさえ5歳。ハーフエルフである俺とコリンは人間より若干成長が遅れるので、全くもって当分先の話である。


「うーん、保留で。何となくまだ早すぎる気がします」

「む、しかしだな――」

「魔法を練習するのは、剣を振り回し弓を引ける程、身体が強くないからなんです。

 いずれ大きくなれば、父さまから手解きを受けようかと思っていたのですが」

「そうか、ならいいんだ」


 いいんだパパン。

 というかウチの家族チョロ過ぎじゃないだろうか。

 逆に心配になってきた。


「その時はよろしくお願いします。父さまが再三言うように、身体が出来上がるまでは剣の修行はできません。つきましては座学に徹するにあたり、野草学を始めとした錬金術の基礎を母さまから教えて欲しいのですが……」

「勿論いいわ。むしろウェルカムよ!」

「ふむ、薬師も悪くない道だ。ケイらしいといえば、らしいといえる」


 元気よく身を乗り出しながらサムズアップするエリーに、訳知り顔で同意するキース。いつの間にかコリンも復活し――


「あ、私も錬金術やりたいっ!」

「うんうん、コリンもいらっしゃい」

「私とエリーの子だからな。きっと薬師や錬金術師でも大成するだろう」


 何だか全面的に奨励される方向性で話が進んでいた。


 いやあの、別にアレだからね!?

 俺も暗がりでローブを纏い、ほくそ笑みながら、ねるねるしてテーレッテレーしたいだけだからね?!


 真面目な話、この世界では剣士にしても魔法使いにしても、すべからず戦闘職の界隈では、戦闘後のアフターケアに近場の野草を利用するというのは恒常的に行われている。

 何せ、そこらの草花でさえ何かしら魔法的な効能を持つのだ。予備知識込みで適当に千切ぶちってバリムシャするだけで、ロールプレイングゲームでお馴染みの『やくそう』に匹敵する回復効果が望める。軽い切り傷や打撲程度ならばPOT魔法薬要らずだ。

 これを利用しない手はないだろう。いやマジで。


「はい、薬師を専業にするかは今のところ決めていませんが、野草学の心得はこの先どんな道を進むにあたっても無駄にはならないと思います。命あっての物種ですからね」

「道理だね。私も野草で命を繋いだ経験が何度かある。魔獣は強く狡猾だ。

 遠出をするにあたり、常に万全を保つ手段という意味でも有益だろう」


 パパンがいうと説得力あるな。

 俺はただ、『戦闘後は常にHP・MPをマックスにしておかないと死ぬ症候群』に冒されているだけなので何だか居た堪れない気分になる。ゲーム脳でごめんなさい。


「そっか。確かに戦いで勝つにしても負けるにしても、怪我したら次が困るもんね」

「そうだぞコリン。腕っぷしだけが戦士の才能とは限らないからな」

「外傷は勿論のこと、毒持ちとか出てこられたら困りますからね」

「確かにアレは厄介だ。過去に何人もの同胞が毒にやられた事があってな――」

「「うわぁ」」


 唐突に議論が勃発していく。

 父は現役の戦士であるし、俺は万年厨二病でゲーマー、コリンは女の子ではあるがスノーエルフ自体が国民皆兵状態の戦闘民族だ。よって我が家の団欒で一番白熱する話題が、この戦術議論である。ただ一人を覗いて。


「む〜、ケイ、キース君お父さんに似て戦闘バカになっちゃ駄目よ?」

「せ、戦闘バカァ?!」

「「あはははっ」」


 母のボヤキに素っ頓狂な声を上げる父。

 そんな両親の様子に腹を抱え笑う子供達。

 一時はどうなることやらとは身構えたものの、家族の団欒は実にいつもどうり。平和的に続いたのだった。

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