第4話 お約束の魔法講座〜予習編
「え、アレ読めたの? 本当に?!」
翌日、母に“新訳魔法魔術概論Ⅰ”を用いた学習の許可を求めた所、割とあんまりな返答をされた。
もしかしたら勝手に読んではいけない系の本だったのだろうか。
言ってしまった以上は誤魔化しても仕方がない。
元々、許可を得た上で閲覧したのだからこちらに落ち度はないのだ。
もし仮に駄目なら駄目、良いなら読む。それだけだ。
判りやすくビジュアル化された教本を手放すにはあまりにも惜しいが……。
「ええ、まぁ光るのでビックリしましたが問題なく読めましたよ」
「ふふーん、そうかそうか……!」
怒られるかなと身構えたものだが、満足そうな表情で母はこくこくと頷く。
何やら企んでいるが、悪いようにはならないだろう。
「で、母さま。あの御本は“
あんなあからさまなのは初めてみました」
“魔法の書”というのは、付呪により様々な視覚効果を持たせた本である。
これ自体に“ロッド”や“スクロール”のような魔術道具としての機能はなく、単に見た目楽しいだけ娯楽本だそうだ。
その割には光る上に“効果音付きの4Dムービー機能”というトンデモな代物だったが。
「そうそう、ケイとコリンを生むちょっと前に出たばっかの新しいやつよ。
魔女にしか見ることのできない、すっごいやつ!」
「ふぇ?!」
聞き捨てならない事を聞いた気がして、体がギクリと硬直する。
魔法っ子(♂)って、果たして許されて良いものなのだろうか。
脳内では“魔女”と日本語で変換されているからおかしく聞こえているだけで、英単語的には“witch”だ。ウイッチという種族・職業なら仕方な――
――くねぇよ! かの英国産魔法学校小説でも、男と女で“witch”と“wizard”、ハッキリ書き分けられてる。
これダメなやつじゃなかろうか。
「いやいや、僕男ですよ? 何でまた、そげなものを読めるのですか」
「私に似たのよ〜、きっと! やっぱり髪とか目とか私と同じだから何となくぅ、『あ、この子間違いなく魔女として大成するわ(ガチトーン』なんて思ってたり〜!」
余程嬉しかったのか、あからさまな挙動で喜ぶ母。
これでも無邪気に『きゃっきゃ』しているが、二児の母である。
予てより〈魔女〉は子煩悩と周囲の人たちから聞いていたが……ママェ……。
「えーっと、とにかく、これ読んでも大丈夫なのですね?」
「うん!」
「慣れてきたら魔法とか練習しても良いのですね?」
「うん! 判らない事があれば、なんでも聞いてね!」
目を爛々を輝かせる、妙齢の魔女。
普段はもっと落ち着いていて、仕事の出来る魔女っぽくてかっこいいのに……。
買い出し中に魔物が出ても尽く瞬殺する強くてマジ格好いい魔法使いなのに……。
いや、母が元気なのは子としても嬉しいのだが、何とも複雑な気分だ。
「は、はい、では頑張りますね」
「うふふ〜、頑張ってね〜」
最後まで嬉しそうにしながら去っていった。
嬉しさのあまり溢れ出た魔力が、周囲の魔法植物を活性化させ、色とりどりの光と共鳴を撒き散らしている。
こりゃ今晩は肉が出るな。
◆
閑話休題。
さて、改めて許可を得たところで“新訳魔法魔術概論Ⅰ”を読み進めよう。
前回の逸話の通り、“魔法”とは《神智術》をベースに神と人間が共同で扱いやすくした“現象”そのものである。
その現象を扱う為に体系化させたものが“魔術”であり、この世界の万物に宿る“魔力”によって引き起こされるものだという。
さて、では魔法使いがその“魔術”と“魔力”を扱うにあたり最も根源的な要素となり得るのは何なのか。
それは“魔素”と呼ばれる概念だ。
“魔素”は火風水土の4つの基本属性と、闇光の2つの上位的な属性で構成される。
“魔法”によって引き起こされる現象が単一の属性のみで行われる事は滅多になく、ほぼ確実に複数の“魔素”を組合せて効率的に事象を発生させている。
尚、単一の要素を増幅させ、単体での行使を可能とする“無の要素”というものも第2紀辺りまではあったものの、過去の『ソロモン旧大陸事変』にて禁呪扱いされ、廃れてしまった模様。
(挿絵には“魔素”の種類と複合属性の相関性が示めされている)
例えば、『指先に火を灯す』といった凄く簡単そうな魔法を行使するとしよう。
魔力を扱えるのであれば、そう難しい事ではない。
料理の手伝いをするコリンは10に分けた魔力の内、3の魔力で“風の魔素”を束ねつつ、7の“火の魔素”で強引に火を灯すなんて方法を使っている。
多少やっつけ感が否めないが、意外にもこれで呆気なく火が点くのだ。
だがこれはあまりに強引過ぎる為、魔力を多く使ってしまう。
なら魔力の消費を抑える為にはどうすれば良いか。
《錬金術》を嗜む母はそれを知っていた。
空気中に存在する酸素の存在を認知していた為、“風の魔素”を利用して空気から酸素を取り分けて効率的に燃焼を引き起こす技術を知っていた。
また、火と風の複合属性である“乾”の要素によって、空気中や燃料の水分を飛ばし燃焼に適した空間を作り上げる技術も知っていた。
優れた魔法使いは、簡略かつ効率的に事象を組み合わせる事で、素早く確実に“魔法”という力を行使できるのだ。
◆
では実践だ。
俺は書棚から離れ、暖炉に向けて手をかざす。
「まずは“灯火”の呪文です。“我求厶ハ焔ノ灯――」
詠唱した途端に、手の平に魔力が急激に集まる。
“火の魔素”によるものか、妙に暖かく、じわりと汗ばむ感覚。
慣れぬ感覚に思わず詠唱を止めるが、その“魔法”は止まる様子がない。
――今、これは完全に俺の制御下にある。
そう思った俺は指先の感覚だけで“魔力”を操るイメージをする。
魔力を手繰り寄せ、収束させ、程よい形に整えて。
やはりだ、思った通りに動く。これなら詠唱なんて――
「――無くてもいける! 情け無用!
“魔法”という最高の玩具を前にテンションが上がった俺は、何故かドイツ語読みで気合を入れ直して全力で魔法をブチ込んだ。
指先から勢いを付けて飛び出した“灯火”が尾を引きながら暖炉に放り込まれ、辺りに火花を撒き散らしながら、ぱぁん、という音を立てて景気良く着火した。
些か、勢いが付きすぎた。
「熱っ?!」
無詠唱の上に魔力の込め過ぎで威力過剰となった“種火”。
それは暖炉の中を怒涛のような火花で埋め尽くした。
行き場を無くして室内へと流れ出た奔流をマトモに受けた俺は、衣服の一部を焼き焦がす羽目になった。
「やーっちまいましたねぇ……」
着弾した時の音で既に惨事を予想した俺は上手いこと顔を庇った為に大事は無かったものの、暖炉の入り口から50センチ程の床板が焦げ、煤で汚れてしまった。
こんなの“灯火”じゃない。
いや、悪いのは俺だ。
そもそも先程のアレは“灯火”に費す魔力量ではない。
原因といえば無詠唱で行った事だ。
くどいようだが、そもそも魔法は、神と神子のみが扱える《神智術》が元だ。
偉大が故に扱いが難しいそれを、人類は“詠唱”という手段によって魔法の行使を可能している。
「――なら、“詠唱”という制御構造を放棄すれば暴走するのは当たり前ですよねぇ……」
室内に充満する焦げた臭いを、母から貰った水で希釈した消臭薬が入った霧吹きで中和しながら反省点を洗い出す。
やはり初っ端から無詠唱はやり過ぎた。
せっかくの異世界転生、やはり魔法の無詠唱は外せないと思ってしまったのだ。
そして、今まで〈収納〉すら使えなかったのに、“灯火”という呪文に明らかな手応えを感じた事に対し舞い上がり過ぎた。
「と、とりあえず、床を汚してしまった件を母さまに……」
やらかした以上、報告は必要だ。
相手に見つかってからだと対応が格段に難しくなる。隠蔽工作なんて以ての外だ。
やましい気持ちなどないのだから、返って事を荒立てるだけだ。
故に先手を打つ。
あらかた片付けを終え、外に出たはずの母を探しに行く為に、簡単な戸締まりをしようとした俺であったが――
「母さまに、伝え……」
「「「……」」」
「か、母さま? それに姉さんと父さままで……」
先手を打たれていた。
家族勢揃いで窓からこちらを覗いていた。
誰もが『こいつマジか』って顔をしていた。
「ケイ、ちょっと話をしようか」
窓を開けるなりそう言い放ったのは、父“キース”。
ファンタジーとは思えぬ純白のタイツに、所々金属パーツで補強された謎服に身を包んだ、『新種のケルト神話系英霊かっ?!』と言いたくなるような男。スノーエルフの氏族で五本の指に入る程の戦士である。エルフらしく弓が得意らしい。
愛する息子に優しく話しかけようと務めるが、目は全然笑っていない。
男の子は戦士として育てたいと再三言ってますからね。
お茶の間で僕も同意しました。はい。
その息子が今、嬉々として魔法ぶっ放してたら複雑な心境ですよね。
「あ、父さま、丁度良いところに」
『パパン見てた? 僕魔法撃てたよ』とばかりにいっそ微笑んでみる。
その言葉を受けた父は明らかに狼狽した表情をしていた。
(やっちまったなぁ……)
俺も先人に倣って実力を隠すべきだったと今更になって後悔したのだった。
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