第3話 お約束の魔法講座〜歴史編

 買い出しから数日が経ったある日の事。

 “常夜の森”は相も変わらず薄暗く、鬱蒼とした霧を森の仲間たちが静かに彩る。

 既に魔法の薫陶を受けている姉のコリンは、一足先に“爆炎球:Blast Fire”の呪文を試したところ、母が職務と趣味の兼任で大切にしているハーブ畑の一部を薙ぎ払ってしまい、こっ酷く叱られて尻を叩かれている。

 実にいつも通り、平和な日常だ。


 一方俺は姉渾身のケツドラムをBGMに、事前に母の許可の下、書棚の本で一般教養を身に着けながら暇を潰していたところ、興味深いものを見つけた。


「おおっ、“新訳魔法魔術概論Ⅰ”!」


 実にもっともらしい本である。

 薄緑のドラゴンレザー仕立ての表皮に、六法全書並の分厚さを誇る巨大な本。

 いかにも「魔法教えちゃるよ」と語り掛けてきそうな雰囲気を醸し出している。


 この世界に生まれて苦節三年、やっと見つけた、それっぽい本!

 異世界転生のお約束(?)、“何故か都合良く自宅や拠点にある魔法の教科書”だ!

 いや、ウチは魔女の家だから、あっても何もおかしくはないけれどね。

 とにかく、これで俺もド派手な魔法で無双できるんじゃなかろうか。

 体力十分、魔力十分、精神力は……まぁ、大丈夫。

 オールオッケー。お膳立ては十分だ。テンション上がるなぁ!


「んふふー、とりあえずぅ、読んでみましょうか! うふふふ――ん?」

 

 高揚しつつ本を開くと、何故か手の平の魔力が微妙に吸い取られる感覚がした。

 事前に母から教わっていたが、魔導書というのは“情報”という財産の秘匿の為に、呪いや魔法毒を仕掛ける事があるらしい。

 ――まさか呪われた?


「うみゃ?! マジか! マジですか!? 何かしくじったかな!?」


 それらを留意した上で一応は注意して扱った筈だが、目測を誤ったのだろうか。

 後の祭りだろうが、急いで魔導書から手を放し、距離を取る。

 すると俺の魔力を吸い取った魔導書の頁が幽かに光りだした。


(何だ何だ?! 怖ぇぇよバカ!!)


 呪われて身体に気味の悪い紋章でも浮かぶのだろうか。

 悪魔でも出てくるのだろうか。

 攻撃呪文でもぶっ放してくるのだろうか。

 まさか魔女っ子モノにありがちな触手なんて事は……、アッー!


 魔導書の明らかな変化に盛大に臆した俺は、母が大事にしていたペット兼観葉植物のレッサートレントを盾にして身構える。

 こいつはイイ奴だな、瞬時に状況を理解して葉っぱで俺を庇ってくれたよ。

 今度、錬金術でも習ったら肥料を作ってあげよう。


「…………あれ?」

 

 数分ぐらい警戒したが、何も起こらなかった。

 頁が光り、文字が仄かに浮かんだだけだ。

 たったそれだけだ。もしそれだけなのだとしたら――


「――まさか暗がりで読みやすくする為だけの機構……、とか?」


 母は薄暗い部屋で明かりも付けずに本を読む事がある。

 あの時は〈魔女〉が持つ《暗視》のスキルの力なのだろうと納得したのだ。

 魔女の住処というのは大概薄暗く、必要以上に明かりをつけない。

 その上で妖しげな実験や研究を日夜行う。ならば本くらい読めるだろうと。


 しかし、もし仮に、先程の魔力吸引が「持ち主の魔力に反応し、文字を浮かび上がらせる」という便利機能だとしたら。

 ……何て事も無い、マジックアイテムじゃないか。


「び、びっくりしたぁ」


 魔法関連のモノはとにかく吃驚させられる。

 前世にはないものだから対応に困るのだ。


 気を取り直してもう一度、魔術書を開いてみる。

 再び魔力が吸い取られる感覚、掌にぐっと魔力が集まる感じが微妙にむず痒い。

 この本の“必要MP”自体は然程でもないらしく、ほんの少し魔力を吸い上げただけで、すぐに稼働状態に移行した。


「お、おお、何か凄い!」


 写本された手書きの文字の一つ一つが僅かに浮かび、わかりやすくビジュアル化された挿絵が呪文の挙動を事細かに描写するように動き出す。

 火の魔法なら“熱気”、水や氷の魔法なら“冷気”を錯覚させるなどの幻覚まで付いていて、現代における4D映画のような、おおよそ本とは思えぬほど臨場感を感じる。

 まるで某英国作家のファンタジー小説のような光景だ。


 見てて中々――いや、かなり面白いのだが眺めていても埒が明かない。

 年齢的には絵本がてら楽しんで読んでいても良いのだろうが、やはり“大人としての主観”もあって、魔法の書を玩具にするには何かこう……抵抗感があった。

 次から次へと挿絵を見つけて目を保養したい気持ちを抑え、もう一度、最初からこの“新訳魔法魔術概論”なる本を読み解いていく。


 最初は魔法という歴史的なものから始まるらしい。



 ◆



 まず“魔法”というものは、“創造神”が、人の世を作ったとされる“創世の神子”へ創成の技なる《神智術》を教えたのが起源となる。



◎第一紀『人の業』


 “創成の神子”は《神智術》を用いて多くの人間を導いた。

 防壁を築き、魔獣を打ち払い、人々の生活の為に水を引き、火を灯した。

 沢山の知恵を生み出し、神の勅命を守り、人々の為に尽力した。


 国々の王は、そんな神子の力を独占しようと考えた。

 わざわざ開拓に出なくても、巫女の力をもって他国の領土を奪う事にしたのだ。

 当然ながら“創成の神子”は人同士が争う事を良しとせず、反対した。

 神子は人を導き、守る為の存在だからだ。殺す為ではない。


 しかし神子達は各国で散り散りになって閉じ込められてしまう。

 ただのヒトでは神子を傷付ける事はできなかったが、拘束はできた。

 長い幽閉に耐えかねた神子が、ついに《神智術》を教えてしまった。

 その《神智術》をデチューンし、常人でも扱えるようにしたのが“魔術”である。


 “魔法”とはすなわち根源の創世術である《神智術》の力そのものであり、

 “魔術”というのは人の知恵によって体系化された“魔法”を扱う技術である。


 さて、“魔術”を手にした人々が次に起こしたのは、人同士の戦いだ。

 光、火、風、水、土、闇、無の“魔術”を得意とする7文明がそれぞれ戦争を起こす。



◎第二紀『激突!成敗戦争! 〜魔法キャスター陣営vs神の軍勢』


 “大魔法戦争”と呼ばれる人為的な大災害だ。

 7文明のそれぞれが得意とする“魔術”で、人々を無差別に巻き込んだ。

 国々の地形を変える程の災厄を巻き起こし、多くの命が失われたのだ。

 戦いに狂った人々は、幼子という“贄”を使って禁忌的な魔術の行使を行う。


 これに“創成の神子”達がブチ切れ、自力で拘束を解いて暴れた。

 住処の森が燃やされた“妖精の女王”もブチ切れ、妖精を率いて飛び出した。

 魔族の祖である“真祖ニコ”もブチ切れて、眷属を引き連れ飛び出した。

 神もブチ切れて異界から英雄を召喚。話を聞いた“英雄マリア”もブチ切れていた。

 神の怒りを買った人間に対し、全ての天使がブチ切れた。

 軍需による開拓で住処を奪われたりしていた“魔獣”も密かにキレていた。

 当然、戦禍で死んだ霊魂や先祖もブチ切れた。

 こうして調子付いた人間を懲罰する為の“ワイルドハント”が結成された。


 この世界に住まう超常的な存在を同時に怒らせた7つの魔法文明。

 彼らは一時的に手を組み、何とかそれを退けようとした。

 7文明対7派閥。何とかイケるだろうと思っていた。

 無理だった、一ヶ月で全軍が無力化された。

 如何なる魔法でも“ワイルドハント”は一兵卒も欠けず、

 如何なる要塞も“ワイルドハント”の前には一撃で溶かされ、

 如何なる早馬を使っても“ワイルドハント”からは逃れられない。

 そして誰一人、不眠不休で戦う。


 勝てる訳がなかった。


 自軍の斥候よりも早く到来する神軍魔軍に勝てるはずもなかった。

 成す術も無く全ての戦闘能力が狩られた。

 “大魔法戦争”の集結である。


 戦後処理として《神智術》と“魔術”を記したものは全て焚書された。

 戦争が行われた大陸は放棄され、戻る事の一切を禁じられた。

 ヒトは新天地となる大陸へ移された。

 神の監修の下、新たな魔術体系が作り出され、新たな文明が始まる。


 

◎第三紀『“泥濘の創造神”と“結晶の邪神”』


 新文明を謳歌する人々。

 束の間の平和の中、生活や芸術に関する娯楽の魔法がヒトの風俗を潤している。

 晩年のマリアの教えと第二紀の反省を生かし、子供を慈しみ育む時代。

 幼年から教育機関に通わせるという概念もここからであり、学力が向上した。

 創世の第一紀前期に匹敵する華やかな時代であったとされる。


 そんな中、無の文明の王で唯一生存した“ソロモン”が旧大陸で暗躍する。

 ソロモンは無命の大地でただ一人、“星界の邪神”という恐ろしい存在の召喚を成就する為、何年もの間研究を続けていた。


 ソロモンの子であり旧実験体であった“真祖ニコ”は、その兆候を事前に察知。

 旧友である“妖精の女王”を引き連れ旧大陸へと帰還。

 彼らはソロモンの捜索に成功したは良いが、時間的に儀式の妨害には失敗する。


 ソロモンを喰らい召喚魔法陣から出てきたのは山ほどある大きさの結晶体。

 無数に触手が蠢いており、様々な大魔法を乱発射する異界の神。

 〈大いなる一〉、“邪神”と呼ばれる存在であった。


 彼らは急いで撤退し、“ワイルドハント”の面々を再招集し、戦いを挑む。

 “邪神”との戦いは苛烈を極めた。

 触れれば結晶化の呪いがかかり、離れれば大魔法の雨あられ。

 大質量の触手は切っても潰してもキリがなく、戦力が消耗していく。

 一人、また一人と傷付き、“ワイルドハント”の戦況は悪くなっていった。


 その時、この世界を創造した神“泥濘の創造神”が重い腰をあげる。

 創造神はまず、傷付いた“ワイルドハント”の面々を癒やし、武器を与えた。

 新大陸に住む勇気ある若者に力を授け、更に武器を与えた。

 別世界の若者を事故に見せかけ殺害し、転生させ、力を与えて武器を与えた。

 トドメとばかりに真正面からぶん殴り、“邪神”のコアにヒビを入れた。


 数万人の英雄達に囲まれ、尚も“泥濘の創造神”に殴られ続ける“邪神”。

 一人一人が一発ずつ拳を入れ、最後に自慢の翅の一部を結晶化されて根に持っている“妖精の女王”が、助走をたっぷり効かせたガチ殴り。ついに“邪神”が砕け散る。


 そのあまりの衝撃に結晶体が世界全土に散らばり、この頃からダンジョンコアからなる“異界迷宮”や“魔晶石”などの魔法資源が取れるようになる。


 こうして〈大いなる一〉との激戦を終えた。

 ここまでが第三紀魔法文明。

 第四紀となるこの時代、魔法は更なる発展を遂げるだろう――



 ◆



「何これ面白い……」


 思いの外ぶっ飛んだ内容だった。

 俺が思う“よくあるファンタジー人類史”を思い返してみる。


・無の世界に“神”が現れ、人の文明を育て、いつの日か去る時が来てしまう。

・“神”のいない人々の統治が成り立たず、戦争をしてしまう。

・すると“魔王”の存在が人を脅かし、劣勢に立たされた人は団結して“神”に祈る。

・“神”がその声を聞き入れ、神の力を得た“勇者”が“魔王を倒す。

・どっかで超魔法文明みたいなのが出てくる。現代並みに便利だったけどすぐ滅ぶ。

・また“魔王”が復活する→やばかったけど何とかなる

・前の時代のヤバいアーティファクトが探せばある、中世っぽい時代←イマココ!


 こんな所だろうか。

 だが俺の今いる世界の情勢がおかしすぎるのだ。


・恩を仇で返し、一瞬でやられる旧魔法文明の人。

・大人しく幽閉されていた癖に自力で伝説の魔法金属製の拘束を引きちぎる神子。

・沸点が低すぎる上に戦闘狂いな上位存在たち。

・何故か召喚されて無双し始める、どうやらイギリス人女性のマリアさん。

・唐突に現れるコズミックホラーな邪神。

・突然明かされる黒幕と“真祖”の語るも涙な歪な親子関係。

・神によって自白された“異世界転生”の闇事情。

・あまりに破壊的な“創造神”の活躍。

・せっかく武器を貰ったのに拳で解決する脳筋な勇者たち。

・萌えヒロインポジションの“妖精の女王”がフィジカル面で最強だった。

・しかもそのせいでダンジョンなる危険な存在が生まれた。


 こんなの俺が想像していたファンタジーと違う。

 普通はもっと人間と神の絆を描いたりするものだ。

 神は直前まででしゃばらないし、“真祖”とか“魔獣”とか確実に敵役だろう。


 だがこの世界の場合、だいたい人外が勝手に出向いて勝手に終わらせている。

 これでは世界の偉い人にとっては面白くない案件なのではとは思ったが、魔導書という4Dアニメな映像を見ながらだと案外そうでもない。

 むしろ臨場感もあるし、“ワイルドハント”のみんながかっこいいし、ツッコミどころ満載で楽しく見れた。


「ンフー、大満足です」


 娯楽に飢えた俺としては実にいい収穫だった。

 定期的に読み返すのもいいかもしれない。

 思わず時間を忘れ、日が暮れるまで読み耽っていたようだ。


 あれ? 俺何のためにこの本を――


「ケーイー? 何処いったのー? ご飯できたよー?」


 ……どうやら魔術の練習は明日になりそうだった。

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