一章 始まりの都、ゼネシティ

一章一話 聖剣、エクスカリバー!!


 「なるほど、そんなことが起きてたんだね」

 「いい加減にしてくれ、リーダー」


 汰空斗(たくと)はため息とともに、今日だけでもう何度目かさえわからない頭痛に襲われていた。


 「でもさ、汰空斗。流石に3人に任せっきりなのは酷だと思わないかい?」


 紫草蕾(しぐれ)は弄んでいた石をコボルドに向かって投げると、コボルドの額に命中。その一体を無力化した。


 「ああ。わかってる。頃合いを見て逃げれる時に逃げるぞ。だから彩葉(いろは)、お前もせめて立っておけ」

 「えー。また走るの? こう言っちゃ何だけどさ。この犬みたいな生き物が何匹集まっても三人の後ろには来れない気がするんけど?」


 伸ばした足を軽くバタバタする彩葉の目の前では、圧倒的物量の敵を軽々薙ぎ払う、無双ゲームのような光景が永遠と流れている。


 「この先なにがあるかわからないから戦わないに越したことはないんだよ」

 「まぁ、確かにそうだけどさー」


 気だるげに返事を返した彩葉はしぶしぶと立ち上がった。

 それは、そんな時だった。


 「聖剣、エクスカリバー!!」


 どこからともなくそんな叫び声が聞こえて紅葉(あかね)の正面から白い縦の斬撃が飛んでくる。

 その斬撃はコボルドを数十体切り捨てようと全く消滅する気配がない。


 「みんな、避けて!」


 紅葉が避け、叫んだ瞬間は既に斬撃が通り過ぎた後だ。おそらく視界にとらえられたのは紅葉くらいだろう。

 紅葉の声に振り返った汰空斗の真横に、立ち上がった彩葉の真後ろに、石を手に取ろうとしゃがみこんだ紫草蕾の目の前に、斬撃が通り過ぎた跡だけが残っていた。


 「な、何だ? 今の……?」


 驚いて動けない鉄(てつ)の視界にはもう、コボルドの姿は一体も写っていない。


 「どうやら助けが来たみたいだ。今のうちにここを離脱するぞ。走れ!」


 森に残っているコボルドに退路を断たれるその前に、六人は一斉に走り出すのだった。

 ひたすら木々が立ち並ぶ一本道を駆け抜けること、数分後。


 「私……もうむり…………疲れたぁ……」


 息を切らし、一番に歩き始めたのは彩葉。普段からほとんど運動をしていないことが容易に想像できる。


 「まぁ、ここまで来れば問題ないだろう」


 来た道を振り返る汰空斗の視界にはコボルドの姿はない。うまくまけたのだろう。


 「ねぇ汰空斗、見て。きっとあの人だよ」


 膝に両手をつける彩葉とは対照的に、紅葉はまだまだ余裕の様相。脇腹に手を当て、呼吸を整えている汰空斗を強引に振り向かせるほど、スタミナがあり余っているようだ。

 そこには白い剣を地面に刺し、仁王立ちで道のど真ん中に立っている見るからに騎士な男が一人。先ほどの声と斬撃はおそらく彼によるものだろう。


 「おう、アンタ。さっきはあんがとな」


 鉄はその男に歩み寄って声をかける。


 「なに。俺はただ仕事をしただけだ」


 軽く手を振って答えた男は、ラフでチャラついて見える鉄とは似つかず冷静だ。


 「仕事? ここに立ってるのが仕事なのか?」

 「ああ。正確にはこの世界に転生された人間が無事、この先の町にたどり着けるように計らうのが仕事だ」

 「へぇ。人助けか。随分かっこいい仕事してんじゃねぇの」


 鉄は初対面にもかかわらず男の肩に手を乗せ、パンパンと労った。


 「冷やかしはよしてくれ。これも女神様からもらったこの聖剣、エクスカリバーのおかげだ」


 男は謙虚で律儀な人間なのだろう。馴れ馴れしく肩に置かれた鉄の手に構うことなく地面に刺してある剣に視線を落とした。


 「そいつが、さっきの斬撃の正体ってわけか」

 「ああ。驚かせてすまなかったな。なんせ、その人数が固まっていると斬撃が通る隙間があそこしかなかったんだ」

 「なぁ、お前。その言い方からすると、俺たちの姿が見えていたのか? 俺からは全方位コボルドしか見えなかったんだが」


 鉄と男の会話に入って来たのは。遅れて男に歩み寄った汰空斗だ。


 「そうなか? 少なくとも彼女には見えていたと思うぞ?」


 汰空斗は男を見て話しているが、男は後ろにいる紅葉を見て話している。


 「紅葉のことか? 紅葉お前、見えてたのか?」

 「え? うん、まぁ。時々だけど犬? みたいなのの間から見えてたよ」

 「それを早く言え」

 「あはは。ごめんね。つい戦いに夢中になっちゃって」


 笑って誤魔化そうとする紅葉だが顔が完全に引きつって苦笑いになっている。


 「それでだが、お前達はなにを授かってこの世界に来たんだ? さっきの状況でさえ何かしているようには見えなかったんだが」

 「あ、ああ。俺達か? 俺達はだな……」


 捻くれている汰空斗は、たとえ助けてくれた恩人でも正直にすべてを話したりはしない。男が成人君主のような人間であろうとも、何も授かっていないなんて言おうものなら、こちらの無力を晒す愚行に過ぎないからだ。

 顔を不格好に引きつらせて、誤魔化すため脳をフル回転させているのはそのため。こちらの情報を与えず相手の情報を探る、その活路を見出そうとしているのだ。

 が、


 「なにも貰ってないよ」


 紅葉にはそれが返答に困ったように見えたのだろう。汰空斗の代わりに、嘘偽りのない答えを返してあげるのだった。


 「なに? それは本当か?」

 「──おい! ちょっと来い!」


 男が驚いた顔で二人を見る中、汰空斗は紅葉を連れて男から少しばかり距離をとる。後ろに聞かれないよう、細心の注意を払いながら告げる。


 「なに考えてんだよ?」

 「ん? だってなんにも貰ってないじゃん?」


 汰空斗は強めの口調にもかかわらず、何が言いたいのかわからない紅葉はいつも通り。


 「貰ってないからこそだろ? 相手を信用し過ぎだ」

 「うーん……そうかなぁ。でも、助けてもらったわけだし。嘘は良くないかなぁって思って」


 紅葉は腕を組み、珍しく考えているようだった。

 深く考えずとも正しいのは紅葉なのだろう。ただ、正しすぎるのも問題だ。今日までに何度も言い聞かせたが、どうやら紅葉には理解できないようだ。


 「はぁ……もういい。わかったよ。けど、もう余計なことは言うな。わかったな?」

 「はーい。わかった」


 軽く返事を返した紅葉は振り返り、騎士の男の元へと帰ろうと歩き出す。

 しかし、


 「本当にわかったな?」


 汰空斗が紅葉の腕を掴み、念には念を入れて問い直す。


 「大丈夫だってば。心配しすぎだよ」

 「むしろそれが心配なんだよ……」


 それと言うのは紅葉の、ニコッと笑った根拠のない自信のことだ。そうは言いつつも、これ以上はするだけ無駄だ。紅葉の腕から手を離した。

 話し終えると二人は、何事もなかったかのように男の前に戻っって来る。


 「聞きなおすが、本当になにも貰ってないのか? それが本当ならこの世界を生きて行くには少し厳しい気がするんだが。なんなら俺が街まで護衛しようか?」


 二人の様子は明らかに怪しかったが男はそれでも間に受けたようで、騎士道精神に溢れる提案をしてくれる。


 「いや、大丈夫だ」

 「本当か? まぁ、ならいいのだが……」


 そうは言いつつも男は心配な様子で汰空斗を見つめていた。


 「ま、まぁなにはともあれ、さっきは本当に助かった。ありがとな。なーに。俺たちのことは心配しなくていい。何とかやって行くさ。それより、最後に一つ聞きたい。町まではあとどれくらいだ?」

 「まぁ、十分くらいだな」

 「そうか。わかった。ありがとな。じゃあ、またいつか会おう」


 何かから逃げるような足早で男の真横を通り過ぎた。それに伴ってとてつもない違和感を残しつつもその場を後にする他五人。

 男がそんな彼らの背中に首をかしげるのも無理はないだろう。


 「俺の家はお前らが向かっている町の近くにある。何か困ったら助けになってやろう」

 「ああ。助かる」


 後ろからかかるどこまでも真摯で、紳士な声に手を振りながら、姿が見え始めた町へと進んでいく汰空斗達。

 その背中を照らしていた夕焼けは既に音もなく沈み始めていた。

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