プロローグ最終話


 「あ、起きた」

 「おはよう。汰空斗(たくと)。気分はどうだい?」


 起き上がった汰空斗の両側に、彩葉(いろは)と紫草蕾(しぐれ)が顔を覗かせていた。


 「あ……ああ。割と最悪だ。寝起き一発目がお前らなんだから」


 嫌みを口ずさみながら両手を伸ばし、大きく欠伸をした。

 意味のない罵声は挨拶のようなもの。二人もそれは重々承知で、もはや心配する素振りすらない。


 「こっちも目覚めたぜ」


 後ろから聞こえるのは鉄(てつ)の声。タイミングを考慮するに、紅葉が目覚めたんだろう。振り返らなくてもわかる。


 「大丈夫か? 紅葉(あかね)」


 唯一心配そうな顔をしている姫燐(きりん)だが、対象は紅葉のみ。先に目覚めたはずの汰空斗には軽く視線を逸らす手間さえ費やすことはなかった。

 他方心配されてる本人、紅葉はというと起きてからしきりに周りを見渡しては首を傾げていた。


 「あ、あれ? おじさんは? どこ行っちゃったんだろ?」

 「おじさん? 何言ってんだ? お前はずっとここで寝てただろうが」

 「そうなの?」


 紅葉がいくら周りを見渡そうと先ほどまでいた場所とは似ても似つかない。

 天気は雲ひとつない晴天で、時間帯は黄昏。目の前に続く長い一本道以外に道はなく、その左右は両方森になっている。この道を進めと言わんばかりだ。


 「なぁ、鉄(てつ)。それは俺もか?」

 「何言ってんだ? 当たり前だろ。な?」


 鉄が周りに同意を求めると他3人は頷いた。


 「うーん。ねぇ、汰空斗。汰空斗は覚えてよね?」


 先ほどまでのことは夢だったのか。自分だけがおかしいのだろうか。状況の整理がつかない紅葉は不安な様子で汰空斗を見つめている。


 「ああ。もちろんだ。ってことはなるほど。確かに俺が鉄たちの立場なら絶対にこんなこと信じない」

 「あ? 信じるって何をだよ?」

 「えっとね。何ていうか、夢? の中ですっごく大きいおじさんに会ってきたの」

 「おじさんじゃなくて全知全能の神、ゼウスな」

 「あのさ。汰空斗、さっきから何言ってんの? 頭でも打った?」


 こんな話、さらさら信じてもらえるわけがないのは想像の範疇(はんちゅう)。そう考えると、彩葉の冷たい視線も合理的な反応であり頷ける。


 「そうなるのは至極当然だ。でも、一つ言わせろ。何で俺だけなんだ?」

 「紅葉は元からそういうところあるからね。けど、汰空斗がそれだと僕ら結構危なくなるわけだし」

 「そ、それなら、まぁ。しょうがないか」


 遠回しに紅葉を貶しているのか、自分が褒められているのかは曖昧なところだが、異様な説得力がその言葉に詰まっていて納得せざるを得ない。汰空斗はなんとも言えない表情を浮かべた。


 「で、一体どんな話をして来たんだ? まさか会って終わりっていうわけはねぇーよな?」

 「鉄。お前、信じるのか?」

 「当たり前だろ。てか、全員信じてるよ」

 「残念だけど、別に私は汰空斗を信じたんじゃないから。紅葉のことを信じたんだからね」


 ふん。っと視線をそらし紅葉を見る彩葉。


 「別にお前のツンデレなんて見たかねーよ」

 「つ、ツンデレなんかじゃないやい!」


 頬が赤く染まるほど、彩葉の否定は全力だった。


 「はいよ。だがこんな話を信じるなんてお前ら、相当非合理的だぞ?」

 「信じて欲しくないなら信じるつもりはないのだが?」

 「あれ? きりちゃんも信じてくれてたんだ。なんか意外だね」

 「そうか? まぁ、一応言っておくが私が信じたのも紅葉だからな」

 「んなことわかってるよ」


 汰空斗が姫燐にツッコミを入れないのは、姫燐からツンデレの要素をこれっぽっちとして感じられない口調だったからだろう。


 「で、まぁ、簡潔に内容をまとめると、特に変わった能力も武器も与えず、ただ単に異世界に転移させてやったよ。っていう話だ」

 「え? ちょっと待ってよ! ライトノベルの異世界ものって言ったら、何かしらの最強能力が備わってるのが普通じゃないの!?」

 「だから、俺たちにはそんなの必要ないだろってことな」

 「ち、がーう! 必要、必要じゃないじゃなくて異能を使ってみたかったの!」


 彩葉は汰空斗に触れないギリギリのラインまで近づいて、論点のずれた怒鳴り声を上げる。


 「お前の都合なんて知るか! てか近いわ!」


 汰空斗は彩葉の両肩を掴みぐっと押し除けた。


 「信用は嬉しい限りだけど、少し苛酷じゃないかい? 前の世界ではそうじゃなかったかもしれないけど、ここじゃあもう、僕らはただの一般人だよね?」


 合意の上とは言え、地位も名誉も財産も。そのすべてを元の世界において来てここまでやって来たのだ。にもかかわらずなんの恩恵も得られず転生させられては、ただの無力六人組というわけだ。


 「紫草蕾の言いたいこともわかるけど、大丈夫だよ。なんかね、一人2回まで死んでも生き返してくれるんだって」


 紅葉がなんの気なくしたこの発言で四人の顔色が青ざめる。


 「おい汰空斗! 全然大丈夫じゃないだろ!? っそれ、この世界じゃ普通に死ぬってことだよな? 何で止めなかったんだよ!?」


 急に血相が変わった鉄は、汰空斗の体を激しく揺さぶりながら叫び出す。返答しようにも、平均的な男子高校生の力量ではアスリートを凌駕する鉄の腕力を前になす術がない。

 数秒後、されるがままの状況からやっとの思いで解放されると、目を回しながらも反論する。


 「止めるも何も、俺達が選ばれた理由がそれなんだ。どうにもなんねぇよ」

 「ねぇ、汰空斗。私、嫌な予感してきたんだけどさ。もしかして、他にも転生してる人が普通にいて、その人たちにはちゃんと能力が授けられてる。なんて、まさかないよね?」


 ニッコリっと作り笑いを浮かべながら完璧なフラグを立てる、一級フラグ建築士の彩葉。


 「まぁ、なかったら2度もよみ返してくれたりはしないだ──」

 「ちょっと待って! それ明らかにおかしいって! 私達ついてなさ過ぎるよ!」


 ばっちりフラグを回収した彩葉の顔は一瞬で蒼白に変わった。もう呑気な言葉を並べている余裕はなく、本気で身の危険を感じている。


 「大丈夫。六人いればなんとかなるって。それよりさ、ずっとこんなところにいるのもなんだし、そろそろ進も? ね?」


 紅葉は少しだけ勢いをつけて立ち上がり、五人それぞれの瞳を見つめる。

 紅葉が前向きに言葉を並べると、不思議と全員がそんな風に思えてしまう。頼りがいがある。そんなリーダーでは決してないが、それと信頼できないは必ずしも繋がっているわけではない。現にここまで五人を引っ張って来たのは紅葉であり、全員がそれを分かっているのだ。

 リーダーとなることに何かしらの才能が必要と言うのならば、それがまさに、その才能そのものなのだろう。


 「……まぁ、だな。過ぎたことはしょうがねぇ。進むか」


 地に手をついて、鉄が立ち上がる。


 「そうは言ってもどこへ向かうんだい? 僕らこの世界についてまだ何も知らないよ?」


 紫草蕾は立ち上がると、汰空斗と彩葉に手を差し伸べる。


 「とりあえず、休めるところが欲しいな。ゼウス話ではこの世界にも国と言う概念があるらしい。なら、どっかに町か村もあるだろう。とりあえず、そこを目指すか」

 「そうね。異世界に来たらまずは町よね」


 二人はその手をとって、終わりが見えない一本道の先を見つめた。


 「私も賛成だ。町なら情報収集もできるだろう」


 立ち上がった姫燐はショートパンツについた砂埃をぱんぱんと払う。


 「よし! んじゃそうするか」


 鉄が先陣を切って歩き出すと、その後ろをぞろぞろと歩き出すのだが、紅葉は足より先に口を動かすのだった。


 「ねぇ、汰空斗。ところでなんだけど、お腹すいた」

 「我慢しろ。ゼウスのことだ。町はこの道のすぐ先にでもあるんだろう」

 「無理だよ。まず、お腹減って歩けないし」


 と言いつつもしっかりと後ろについてきているのはどういうことなのだろうか。

 汰空斗がそう思っても口にしないのは、紅葉のことだから本当についてこなくなりそうだからだ。


 「さっき進もうって言ったのお前だよな?」

 「だってお腹減ったんだもん」

 「あのなぁ……」


 つい先ほどなんとなく、なんとかなりそうと思った自分を全力で殴りたいと思った汰空斗だった。


 「あ、ねぇ、見て汰空斗」


 右側の森の少し奥。紅葉は山盛りに積まれている色とりどりの果実を発見する。それがすべての始まりだった。


 「やめとけ。食えるかどうかも怪しいし、仮に食えたとしても、まず間違いなく誰かの持ち物だ。今無駄ないざこざは起こしたくない」


 紅葉には目もくれず、歩きながら説得していた。


 「汰空斗さ。もう少し会話相手を見て話したほうがいいよ。相手が紅葉なら特にね」

 「ん? どういう意味だ」


 彩葉の忠告に振り返る汰空斗。しかし、そこに紅葉の姿はない。

 嫌な予感がして先ほどの果実の山に目を向けると、案の定その山はすでに半減している。言うまでもなく紅葉の仕業だ。


 「おい! なんで止めなかった!?」

 「そんなの無理だよ。ほんと一瞬だったもん」

 「それに、紅葉って基本的には汰空斗の言うことしか聞かないしね」

 「俺の言うことも聞いてねぇじゃねぇか! つかあんなんでよくリーダーやってんなあいつ」


 次から次へと果実を手にとっては口の中へと放り込む紅葉の姿を見て、心底不快溜息をついた。


 「そんなことよりあれを見ろ、汰空斗。どうやらあの果実は彼らのもののようだ」


 そんな汰空斗に休む暇など少しもなく、今度は姫燐が話しかける。

 姫燐が視線を向ける先には腰に刃物を携帯し、両手いっぱいに果実を抱えて歩いているコボルドの姿があった。


 「勘弁してくれよ……」


 汰空斗は思わず頭を抱えた。それと同時に、紅葉に気づいたコボルドが遠吠えをあげた。


 「はぁ。食べた、食べた。お腹いっぱい。よし、それじゃあ行──」

 「走れ!」


 汰空斗が叫ぶ。


 「え? どうしたの?」


 コボルド達の汗と涙の結晶をほんの数秒で平らげた紅葉は、コボルドのレクイエムを聞いていなかったようだ。何が起こったかわかっていない紅葉は、一人置いてきぼりをくらう。


 「ちょっと、汰空斗。紅葉が!」


 汰空斗の真横を走りながら、一瞬だけ紅葉に視線を向けているのは彩葉。


 「あいつの心配なんてするだけ無駄だ。それより、彩葉。お前も死にたくなかったら全力で走れ!」


 ほんの数秒、出遅れただけでも紅葉とは結構な距離が開いた──はずだったのだが、気つけば紅葉はすぐに全員に追いついている。


 「ねぇ、汰空斗。どうして急に走り出したの?」

 「敵襲だ。敵の数は不明」

 「へぇ。よく気づいたね。でも、なんで戦わないの?」

 「だから、敵の数がわからないんだ! 大勢でこられたら囲まれて終わりだろ!」


 汰空斗は相手が刃物を持っているからとは決して言わない。紅葉のことだ、そんなこと気にも留めないのはわかりきっているのだ。


 「なるほど。私達六人しかいないもんね」

 「刃物持ちの相手と渡り合えるのは3人しかいねぇよ!」

 「汰空斗、話してる暇があるなら周り見なよ! 前から数体じゃなくて、数十体は来てるよ!」


 彩葉が視界にとらえたのは前だが、もはや全方位を数十の軍勢で囲まれてしまっている。


 「まじかよ。コボルドってそんなに群れでいるもんなのか?」

 「そんなの知らねぇよ! それより、汰空斗。どうすんだ?」

 「どうするも何も、もう戦うしかないだろ!」

 「やっとか。その指示を待ってたぜ! 久々に腕がなるなぁ! おい!」


 走りながら腕を伸ばしたり回したりと軽くストレッチをする鉄はやる気満々だ。


 「まぁ、やむを得ないか」

 「鉄と姫燐は俺を中心に後ろ半円の敵を頼む。紅葉は前方すべてを任せた」


 走りながら指示を終えた汰空斗は立ち止まる。


 「やったね! 久々の組み手だよ。最近は誰も相手してくれなくなってたからすごく楽しみ」


 汰空斗の真横を駆け抜けていった紅葉は、別にそういう意味で言ったわけではないだろうが、前方のコボルド達を少なからず可哀想に思ってしまった。


 「なんだ〜。結局戦うなら、別に走らなくても良かったんじゃん。はぁーもう。疲れたぁ」


 鉄と姫燐の背後に回った彩葉は、すかさず地面に腰を下ろして休み始める。


 「彩葉って見かけによらず結構運動苦手だよね」

 「そうなのさ。こう見えてガチガチのインドア派だからねぇ」


 遅れて二人の後ろに着いた紫草蕾は彩葉に話しかけながら、そこらへんで適当な小石を集めだした。


 「お前ら余裕だな」


 汰空斗がそんな二人を見て素直に凄いと感じるのには大して不思議もないだろう。


 「おい、汰空斗。この状況を打開する策はないのか? このままじゃいつか崩れるぞ」


 鉄はコボルドを投げ飛ばすと振り向くことなく告げた。


 「んなこと言われても、この場所でこの状況じゃなにもできねぇよ。全員無力化してくれ」


 周りを見れば木しかなく、しかも全方位囲まれまともに動けないのだ。この状況を打開する方法などもはやそれしかあるまい。


 「それもそうだろうな。もとより私はお前に期待などしていないが!」

 「俺の唯一の存在価値を否定するな!」


 で、今に至る。

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