第26話「そんな理由」
「何食べる?」
「……」
「じゃ、あそこで」
向坂くんが指さしたのは全国チェーンのイタリアンである。
新作ハンバーガーを食べようと思ってたけど、向坂くんを前にハンバーガーはないか。あのお店久しぶりだし、メニュー多いし、まあ、いいか。
――というか、一緒に食べるのは確定なわけ?
チラッと右手を見る。
やっぱり向坂くんはガッチリと手首を掴んだままだ。
行列に並ぶ間も、注文するときにも、放してくれなかった。クラスのコいないよね……あたしはビクビク辺りを見回し、顔を伏せる。髪を下ろしてきて、本当によかった。
出来上がりを知らせるポケベルをもらい、「あっちに行こう」と、あんまり人のいない端っこの席に向かった。
向かい合わせに座っても、テーブルの上でまだ手を放してくれない。
こうまで続くと、さすがにドキドキとかビクビクは通り過ぎた。あたしは小さくため息をつき、「いつまでこうしてるの?」
「話を聞いてくれるまで」
まあ、そういうことですよね。
右上の明るすぎる照明を見つめることしばし、あたしはようやく心を決める。目線を正面に据えた。「分かった、聞く」
そしたらおずおずと、テーブルの上で手が解かれた。慌てて手を引いて、膝の上に乗せる。目を落とすと、右手首にうっすらと手形がついていた。
「……」
話を聞いて欲しい、といったくせに、向坂くんは何も言わない。顔を伏せて、テーブルに置いたままの自分の左手を見ている。
照明は眩しいくらいで、カラフルな三角形や四角形が散らばってるテーブルとソファー。夕食にはまだ少し早いけれども、席はそこそこ埋まっていて、子供たちの元気な声(たまに叫び声)が聞こえる明るく楽しい雰囲気の中で、彼は違和感ありまくりだった。
パステルピンクのソファーにうなだれたように座る姿が、かわいそうに思えてしまって――いやいや、騙されたのはあたしだし、という心の声は、あっというまに押し流された。
「さっきの女の子――妹、さん?」なるべく自然な声で訊いてみた。
「あ、結海。うん、そう」声に、ほっとした感じが滲み出ている。なんだか安心し――ちょっとだけ罪悪感。
「結海ちゃん、って言うんだ。だからゆうちゃん――」
――待って。
ハッと気づく。
この間の電話、言ってなかった?
『すぐ迎えに行くからね、ゆうちゃん』って。
「この間の電話……」目を向けると、向坂くんは小さく頷き、
「そう、相手は結海。――親父が保育園に迎えに行くことになってたんだけど、トラブルで会社に戻らなくちゃいけなくなったから、今すぐ代わり行ってほしいって連絡入って。慌てて保育園に電話して、泣いてる結海を電話口で宥めてたトコを見られた」
「なんで……。言ってくれなかったの」
「話そうと思ったけど、聞いてくれなかったじゃん」
声にちょっと怒りの要素が滲んでいて、いたたまれない気持ちになる。つまり、あたしの早とちり&勘違いってことですよね。それは、その通りです。
「それは……。ごめんなさい」
「いや、それは……。まあ、俺が隠してたのも、悪かったし……」
そうだよ!
「どうして、言ってくれなかったの。別に、スマホ厳禁の活動じゃないよね? あたしだって持ってるの、知ってるでしょ」
「そうだけど。だって、あんだけ、スマホは無粋って言ってて、持たないとまで豪語したのに、やっぱ持つことになったって、言いにくくて」
そんな理由!?
「でも、妹さんを迎えにいくから必要になったんでしょ? だったら当然じゃん。そういうの、教えてくれれば……」
あんなにダッシュで帰ったり、授業中まで爆睡してたりしたのって今にして思えば「そういうことだったのかな」って思うけど。
知ってたら、あたしだって何かできることあったかもしれないし。
「……吉野さんに、気を使わせたくなかった」
ナニソレ。
半ば強引に誘われて、だけど色々協力して倶楽部を盛り上げてきたつもりだったのに、今さらそれ?
席を蹴って立ち上がりたくなった。
だけど夕食時が近づいてきて、周りの席は埋まり始めている。ぐっとこらえた。
「ふーん。信用ないんだ、あたし」
声に感情がのらないようにこらえたつもりだが、向坂くんには伝わったらしい。慌てて身を乗り出してきて、「いや、そういうことじゃなくて!」
いきなりテーブルから大きい音が鳴りだし、お互いビクッとする。
すごい勢いで暴れるポケベルを、「これ、どうやって止めるの?」「確か横のボタンを……」「止まらないんだけど」二人であわあわと触り、やっとのことで静かになった。
「取りに、行こうか」
「そうだね」
あたしたちは顔を見合わせて、揃って立ち上がった。
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