第25話「ごゆっくり」

「何にしよっかなー」


 あたしがやってきたのは、家から自転車で15分ほどのスーパー、2階のフードコートである。

 

 右人差し指にひっかけた自転車の鍵をぐるぐるしながら、カラフルな机やソファーが点在するポップなフードコートを歩く。ハンバーガー、カレー、ステーキ、中華、ラーメン、うどん……女子高生の一人飯には十分すぎるメニューである。


「あ、新メニュー」


 そういや、フードコートに来るの久しぶりだな……思いながらハンバーガーショップで足を止め、メニューをぼんやりと見上げていたら、たたたたっと軽やかな足音が近づいてきた――と思ったら、とたんに衝撃。


 「ぎゃっ」かわいげない声が上がったばかりでなく、うっかりよろめいてしまった。


「すみません大丈夫ですか! 本当にごめんなさい。ケガはありませんか?」

 若い男性がこちらに走ってくる姿が目の端に留まったけれど、それより!


 慌てて足元を見たら、保育園の制服と思しきピンクのスモック、ツインテールの女の子が、びっくりした、という大きな目で、じーっとあたしを見ていた。


 よ、よかった、弾き飛ばさないで。よかった、泣いてない。大丈夫、だよね? 


 あたしはしゃがみこんで、女の子の頭からつま先まで何度も何度も視線を上下させながら、「ごめんね、大丈夫!?」


 女の子は、「うん」おずおずと頷いた。

 よかったあ……心底ほっとしたところへ、「大丈夫ですか!」お父さんが駆けつけた。


「ごめんなさい、ケガはありませんか?」

「あたしは全然。こちらの方こそ、すみません、ぼんやりしてて……」


 立ち上がりながらお父さんに目を向け――白Tシャツに青デニム、黒縁眼鏡の若いお父さんだな――「ん?」あれ、なんかどこかで会ったことがあるような……。


「さっ、向坂、くん!」


 慌てて女の子に目を向ける。胸には「さきさか ゆうみ」と赤いチューリップの名札が。


「吉野、さん……」


 私服姿が初めてだったので、お互い「あれ? どこかで……」という間の後、同時に驚き、固まる。


 でも、「そうだった、許さないんだった」といきなり思い出して、あたしはくるっと踵を返した。

 さあ逃げようと前のめりになったところで、思いっきり後ろに引っ張られた。またしてもよろめき、またしても「ぎゃっ」とかわいげない声が上がって、「何!?」と後ろを振り返ったら、向坂くんが、あたしの手を掴んでいた。


「待って。話がしたい」


「こ、っちには話すことなんか――」

 怖いくらい真っすぐな目を向けられたあたしは怯んでしまい、逃げ出すどころか、それだけ言うのが精いっぱいだった。


 「あお、ちゃーん」足元から場違いな、明るい大きな声。


 揃って目を落とすと、『ゆうみちゃん』があたしの後ろに向かって、大きく手を振っている。


 「ゆうちゃーん!」やっぱり大きな声。


 振り返ると、青のスモックを着た坊主頭くんが、やっぱり大きく手を振りながら、こちらにやってくる。「ちょっと待って!」手を引っ張られているのは、お母さんのようだ。


「あらー、ゆうちゃんのお兄ちゃんじゃない、こんばんは。今日はここで夕食?」

「あ、はい」


 「ふーん」意味ありげな声。


 何? 


 と思ったら、お母さんは横目で、あたしの手を見ていた。手首を掴まれている、あたしの右手を。


 「ちょっと!」慌てて振り解こうとしたけれど、むしろガッチリ掴み直された。


 ど、どうしよう! 思いがけない事態がこれでもかってくらい重なって、もうあたしは、パニックだった。


 あおちゃんのお母さんが、ゆうみちゃんの前にしゃがみ込んだ。

「ねえ、ゆうちゃん。おばさん、これから碧人とおうどん食べるんだ―。ゆうちゃんも一緒にどぉ? おいしいよー」

「食べる―っ!」

「わーい、行こっ、ゆうちゃん」

 園児二人は仲良く手をつなぎ、あっという間にうどん屋に走っていった。


「そう言うことだから――ごゆっくり」


 おばさんは清々しい笑顔を残し、「待ってー」などと言いながら、小走りで立ち去って行った。

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